2007年02月04日
宇宙と調和する
先月28日、桂浜にある坂本龍馬記念館の隣の桂浜荘にて「清らかに、やるせなく」と題して、オカリナと月琴・出会いのデュエット-が開催された。
北海道帯広市出身で小田原市在住のオカリナ奏者本谷美加子さんと、東京在住で東京芸大音楽部卒のハープ奏者木村典子さんのデュエットである。
http://micacohonya.sakura.ne.jp/prof/
当日は、坂本龍馬記念館に14年間資料として展示・保管されてきた「月琴」が楽器として演奏された。この月琴は、坂本龍馬の奥さんであったお龍さんが弾いていた月琴と同時期のもので、もう百年以上昔の楽器である。
楽器というものは不思議なもので、弾かなければ音がでなくなる(音を忘れる)が、弾いてやると再び生き返るものである。特に、人の体温が伝わることで、楽器(音)が生き返ってくるから不思議である。楽器には、人間の体温が必要である。
月琴の弦は4本あるが、2本は同じ音階(復弦)になっている。したがって、2音階しかない。2本の弦は同じ音階になっているが、弦の長さに5mmほど違いがあり、その関係か、音色は中国的な幽玄の音色となる。そもそも、この月琴は中国から輸入された楽器である。
楽器を演奏する時には、まず音叉をつかって音程を合わす必要がある(ピアノだと調律)。
この作業をせずに楽器を練習しても、音感は良くならないし上達しないと感じる。
なぜなら、宇宙の音と共鳴しないからである。
宇宙に対して不協和音を出していては、演奏ものらないし、音感もよくならない。
演奏を聴く人の琴線にも響かない。音程は何よりも重要である。
昔々、ギリシャ神話の中にアポロンが弾いている竪琴がある。
今だと、形状はハープに近い楽器であるが、名前はキターラ(Kithara)またはリラ(Lyra)という。
キターラという名前は、ギターにもシュタールにも繋がるものがあると感じる。
また、リラはリュート(ギターの原型になる古楽器)にも繋がる名前である。
アポロンは、ミューズの神を率いているが、ミューズは今ではミュージックである。
古代、音楽には重要な意味があったと感じる。
言葉のない時代、音楽とか絵画は重要であった。
古代から音を理解する、音を聞き分ける、ということは非常に重要なことだったと思う。
また、和音の出る楽器は、情操教育にとっても非常に重要だと思う。
ピアノ、ギターなど。
古代は、キターラである。
笛や太鼓もあっただろうが、調和という意味では。
いくつもの音を同時に聞き分けられることは、何人もの話しを聞き分けられることにも通じる。
聖徳太子ではないが。
古代から国を治める者に必要な素養(教養)として、弦楽器などを演奏する能力があったようである。
一つには宇宙との調和、一つには人々の話を聞き分けることができる力(能力)。
音階を最初に「研究」したのはピタゴラスかもしれない。
彼は、不思議な人物である。全知とは言わないが、色々なことを知っていたようである。
前世の記憶が、何代も前から残っていたと言われている。
そして、ピタゴラスは豆が苦手だったようであるが、思うに、タンパク質アレルギーではなかったかと。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/42267_18786.html
ピタゴラス音階
http://www004.upp.so-net.ne.jp/s_honma/music/music.htm
ギリシャ神話と竪琴
http://www.jttk.zaq.ne.jp/heimat/harp.htm
耳には聞こえないかも知れないが、宇宙には音程(音)がある。
そしてリズムがある。
会話にも、この音程とリズムが重要であると感じる。
たまには、音叉で音程を確認してみてはと思う。
40年近く、ギター(6弦と10弦)とルネッサンス・リュートを弾いていて、右手、左手の指を全て自分の意志で自由に動かすことができるようになった。メロディー(音の流れ)も、複数の流れを同時に、それぞれ別々の流れとして感じられる(聞き分けられる)ようになった。
全ての音には、音程と長さがある。
音程も重要であるが、長さも重要である。
特に、音を一定の長さで消す(ピタッと消す)ことは重要である。
音を出すことよりも、音符の長さで消すことの方が難しい。
本谷美加子さんのオカリナを聴いていて、すごく宇宙的だと感じる。
ぴーんと張った一本の線のように延びる音、歪みのない音、不協和音のない音、完全に人間の持つ音叉に響いてくる。無理がなく、無駄がない音。
今日は、久しぶりにリュートでも演奏してみよう。
8コース、15弦の、ルネッサンス・リュートである。
今日は立春、51回目の誕生日。
リュート


月琴



司会をしているのは、坂本龍馬記念館の学芸を担当している前田由紀枝さんです。
前田さんは、音楽に文学に芸術に、素晴らしい感性をもった方ですが、以前、前田さんから J.R.ヒメーネス作の「プラテーロとわたし」の原書(スペイン語)をいただいたことがあります。
「PLATERO Y YO」
「プラテーロとわたし」のような、牧歌的なエッセーを共同で執筆したいのですが、まだ実現していません。
お互いに、忙しすぎて。
何れ、、、。
コンスエグラの風車の中で、リュートを弾くのも良いかな?

http://pws.prserv.net/jpinet.okeiji/2001spa-cons.htm
北海道帯広市出身で小田原市在住のオカリナ奏者本谷美加子さんと、東京在住で東京芸大音楽部卒のハープ奏者木村典子さんのデュエットである。
http://micacohonya.sakura.ne.jp/prof/
当日は、坂本龍馬記念館に14年間資料として展示・保管されてきた「月琴」が楽器として演奏された。この月琴は、坂本龍馬の奥さんであったお龍さんが弾いていた月琴と同時期のもので、もう百年以上昔の楽器である。
楽器というものは不思議なもので、弾かなければ音がでなくなる(音を忘れる)が、弾いてやると再び生き返るものである。特に、人の体温が伝わることで、楽器(音)が生き返ってくるから不思議である。楽器には、人間の体温が必要である。
月琴の弦は4本あるが、2本は同じ音階(復弦)になっている。したがって、2音階しかない。2本の弦は同じ音階になっているが、弦の長さに5mmほど違いがあり、その関係か、音色は中国的な幽玄の音色となる。そもそも、この月琴は中国から輸入された楽器である。
楽器を演奏する時には、まず音叉をつかって音程を合わす必要がある(ピアノだと調律)。
この作業をせずに楽器を練習しても、音感は良くならないし上達しないと感じる。
なぜなら、宇宙の音と共鳴しないからである。
宇宙に対して不協和音を出していては、演奏ものらないし、音感もよくならない。
演奏を聴く人の琴線にも響かない。音程は何よりも重要である。
昔々、ギリシャ神話の中にアポロンが弾いている竪琴がある。
今だと、形状はハープに近い楽器であるが、名前はキターラ(Kithara)またはリラ(Lyra)という。
キターラという名前は、ギターにもシュタールにも繋がるものがあると感じる。
また、リラはリュート(ギターの原型になる古楽器)にも繋がる名前である。
アポロンは、ミューズの神を率いているが、ミューズは今ではミュージックである。
古代、音楽には重要な意味があったと感じる。
言葉のない時代、音楽とか絵画は重要であった。
古代から音を理解する、音を聞き分ける、ということは非常に重要なことだったと思う。
また、和音の出る楽器は、情操教育にとっても非常に重要だと思う。
ピアノ、ギターなど。
古代は、キターラである。
笛や太鼓もあっただろうが、調和という意味では。
いくつもの音を同時に聞き分けられることは、何人もの話しを聞き分けられることにも通じる。
聖徳太子ではないが。
古代から国を治める者に必要な素養(教養)として、弦楽器などを演奏する能力があったようである。
一つには宇宙との調和、一つには人々の話を聞き分けることができる力(能力)。
音階を最初に「研究」したのはピタゴラスかもしれない。
彼は、不思議な人物である。全知とは言わないが、色々なことを知っていたようである。
前世の記憶が、何代も前から残っていたと言われている。
そして、ピタゴラスは豆が苦手だったようであるが、思うに、タンパク質アレルギーではなかったかと。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/42267_18786.html
ピタゴラス音階
http://www004.upp.so-net.ne.jp/s_honma/music/music.htm
ギリシャ神話と竪琴
http://www.jttk.zaq.ne.jp/heimat/harp.htm
耳には聞こえないかも知れないが、宇宙には音程(音)がある。
そしてリズムがある。
会話にも、この音程とリズムが重要であると感じる。
たまには、音叉で音程を確認してみてはと思う。
40年近く、ギター(6弦と10弦)とルネッサンス・リュートを弾いていて、右手、左手の指を全て自分の意志で自由に動かすことができるようになった。メロディー(音の流れ)も、複数の流れを同時に、それぞれ別々の流れとして感じられる(聞き分けられる)ようになった。
全ての音には、音程と長さがある。
音程も重要であるが、長さも重要である。
特に、音を一定の長さで消す(ピタッと消す)ことは重要である。
音を出すことよりも、音符の長さで消すことの方が難しい。
本谷美加子さんのオカリナを聴いていて、すごく宇宙的だと感じる。
ぴーんと張った一本の線のように延びる音、歪みのない音、不協和音のない音、完全に人間の持つ音叉に響いてくる。無理がなく、無駄がない音。
今日は、久しぶりにリュートでも演奏してみよう。
8コース、15弦の、ルネッサンス・リュートである。
今日は立春、51回目の誕生日。
リュート


月琴



司会をしているのは、坂本龍馬記念館の学芸を担当している前田由紀枝さんです。
前田さんは、音楽に文学に芸術に、素晴らしい感性をもった方ですが、以前、前田さんから J.R.ヒメーネス作の「プラテーロとわたし」の原書(スペイン語)をいただいたことがあります。
「PLATERO Y YO」
「プラテーロとわたし」のような、牧歌的なエッセーを共同で執筆したいのですが、まだ実現していません。
お互いに、忙しすぎて。
何れ、、、。
コンスエグラの風車の中で、リュートを弾くのも良いかな?

http://pws.prserv.net/jpinet.okeiji/2001spa-cons.htm
Posted by 坂本世津夫 at 07:35│Comments(0)│TrackBack(0)
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