2009年06月13日

調律、何事も基本が重要なのか。

何事にも、学ぶには「師」についた方が良い(つかせた方が良い)。

しかし、この事に気づいたのは、50才頃になってからである。

子どものころ習っていた「書道」以外は、師(先生)について学んだことがない。

5才頃から始めた書道も、小学校4年でやめてしまった。親から強制される訳でもなく、自分から習い始めた書道であるが、5段までいって、次から特待生(授業料免除)になるという昇段試験で、なぜかやる気をなくしてしまった。他に、興味ができたからでもある。

ギターなど。

それ以来、全て、独学である(経済学も)。

音楽にしても、学問にしても、やはり師についた方が良いのであろう。

やはり、基本的なこと(お作法)を教わらなければ、ある域を超えることができない。
セザンヌ(絵画)やゲーテ(文学)でも、そのようなことが言われていたのではないかと。
アンデルセンも、まわりの人々から言われていた。勉強しろと。


大学院なども、その為にあるのだろうと感じる(作法・博)。


ギターを独学でやっていて、調音(調律)の重要性が分かったのも最近のことである。

いつも音叉で音程を合わせなければ、多分、どのような楽器でも上達しないと感じる。

理由は、宇宙の音(周波数)に対して、不協和音を出していたのでは、気分良く練習ができないからである。


最近、10弦ギターも、リュートも、やっと完璧な調弦(調律)ができるようになった。

音が、一本の線になって、どこまでも延びていくのを感じる。
宇宙と共鳴しているのを感じる。

この音(音律)を最初に研究していたのが、ピュタゴラスであるのだが、やはり、とうとうここに行き着いてしまったのか、。

ピュタゴラス音律
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9%E9%9F%B3%E9%9A%8E

ピュタゴラス音階
http://www.moge.org/okabe/temp/scale/node11.html


アポローンが竪琴を弾いている理由も良く分かる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%83%B3
http://jyu-bako.vis.ne.jp/HOSI/Conste/Lyr.html


まさに、宇宙(神々)との対話である。


今朝、午前5時から庭でリュートを弾いていると、鳥たちも一緒に鳴き出した。

音が、宇宙に吸収されていく。



このリュートを買って、もうすぐ30年なる。

ピュタゴラスは、5と関係が深い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%BA%A6%E5%9C%8F

3年前、徳島県の上勝町で買ってきた、竹の壁飾り。








昨日、東京から戻ると、我が家の守り主であるヘビが、へんなところで脱皮していた。

こんな所に、脱がなくてもいいのに。
(もっと綺麗なところで脱げば良いのに)

もう何十年もいるヘビ(色白)であるが、時々、皮だけおいてある。


Posted by 坂本世津夫 at 06:11│Comments(0)TrackBack(0)

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