2010年03月18日

津野町、地域文化の宝庫

昨日は、津野町で「新しい地域コミュニティーで今・未来をつなぐ!」(情報通信も利用した魅力ある津野町を目指して)と題した講演会が開催された。





この講演会は、総務省の事業である「地域ICT利活用モデル事業」の成果報告および活用方法に関しての住民説明会でもあった。


その中で、私は「地域コミュニティの再生」と題して、1時間10分、講演させていただいた。

多くの方々が、地域コミュニティづくりの方法(コミュニケーション力を如何に高めるか)について、熱心に聞いてくださった。


津野町
http://www.town.kochi-tsuno.lg.jp/

http://sakamoto.moeruhito.com/e829.html

http://www.soumu.go.jp/soutsu/shikoku/press/2007press/200704/2007042702_1c.html

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/2001/kaso/pdf/kasokon20_07_02_s3-1.pdf#search=%27%E5%9C%B0%E5%9F%9F%EF%BC%A9%EF%BC%A3%EF%BC%B4%20%E6%B4%A5%E9%87%8E%E7%94%BA%27


津野町は、お茶でも有名である。




四万十川源流



講演会終了後、宿泊予定の民宿「天山」に移動した。

http://www.shokokai.or.jp/39/3940710006/index.htm




民宿「天山」には、沢山の雛人形が飾られていた(展示されていた)。












津野町は、神楽でも有名であり、この地域は古くからの伝統文化を大切にしている。
http://www.mantentosa.com/sightseeing/tunocho/see/kabuki_kagura/index.html

http://www.attaka.or.jp/sightseeing/purpose_0902.html

雛人形も、その一環である。


民宿「天山」も、明治の家と云われているが、140年以上も経っている民家である(移築したものらしい)。

この雛人形は、140年前のものだそうである。








坂本龍馬は、脱藩のときに、この民家の2階で腹ごしらえをしてから、峠をこえ、梼原方面に向かったとのことである。





ここで、夕刻から少しだけ、読書をしていた。





昨夜は、役場近くの料理やさんで、梼原町の皆さんと夜遅くまでお酒を酌み交わした(そろそろ脱藩か?)。


そして、天山に戻り、朝まで一人で静かに眠ることができた(やはり、畳の上の蒲団は気持ちが良い)。


管理人さんは、夜は自宅に戻るので、泊まっているのは一人だけである。


今朝も、午前4時過ぎにお風呂にはいり(目が覚めたのは、午前1時過ぎだったが)、本日期日の原稿を書いていた(今朝は、非常に寒い朝だった=霜が降りていたとのことである。暖房なしで原稿を考えていた)。


天山を午前8時に出発して、久しぶりに、須崎市の久通を訪問し、横浪半島をドライブして、午前11時頃大学に戻りついた。

久通





久通では、狭い道路の改良工事が行われており、10分通行の50分通行止めという状況で、結局、50分近く車を停めて、車の中でも原稿を書いていた(しかし、絶景であった)。






横浪半島





今日は、午後6時から8時まで、大学で会議である(高大連携について、県立高校との意見交換会がある)。

今夜も、自宅に戻るのは午後9時になるが、やっと執筆も終わり、今夜から久しぶりに哲学できそうである。

今日、土佐学協会・年報の執筆依頼がきたが、やっと今度の3連休は休養できそうである。



  

Posted by 坂本世津夫 at 17:36Comments(2)TrackBack(0)