2007年09月29日

ジョイフルコンサート

ちょうど一週間前の土曜日、第二回目のジョイフルコンサートを開催した。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful2007/index.html

日本の打楽器シーンをリードする吉原すみれさんの凄い音楽感性とリズムに、コンサートに参加した296名の観客は魅了された。まさに、打楽器のイメージをくつがえすようなコンサートだった。

パーカッションって楽しい、深い、面白い。


コンサート風景



交流会の風景



このジョイフルコンサートシリーズコーチは、単にコンサートを楽しむだけではなく、高知の音楽を志す子供達をコーチすることが目的でもある。コンサート前日には、リハーサルが無料で公開されている。

昨年は、平日の開催であったので、399席のチケット(3回とおして1万円)は完売させることができたが、今年は土曜日の開催となったため、チケットを完売させることができなかった。不思議なものである、土曜日にはなかなか観客が集まらない。初回が、土曜日の昼間の開催ということもあり、仕事をしている人々はチケット購入をためらったためだと思う(通しチケットということも影響しているようである)。そして、休日には高知を離れる人も多いようである。そのような人々が、昨年はチケットを購入してくれていたのである。

ジョイフルコンサートは、3年間を通じて、色々な仕組みを試す、またベストな仕組みを作りあげる為の、正に実証実験である。

今年は、あと一回、12月にコンサートがあるが、最終年度(3年間の実験)の来年は、また新たな仕組みでコンサートを企画する予定である。これで、ほぼ全てのパターンが実証できる。その後は、具体的にベストなコンサートの仕組みを作りたいと考えているが、まだまだ未定である。


このジョイフルコンサートは、丁度2年前、私と同じ時期に高知大学にこられた、元東京都交響楽団主席オーボエ奏者の脇岡総一先生が来たからこそ実現したとりくみで、やはり何事も人材であると感じる。


ジョイフルコンサートでは、企画は脇岡先生にお願いし(企画は脇岡先生だからこそできるのであるが)、私は会計から広報、コンサートの運営などを行っている。コンサート本番も、そしてコンサートが終了したあとの交流会も、裏方に徹して、参加者に如何に満足をいただけるかを常に考えて行動している。したがって、素晴らしいコンサートも、私自身は聴くことができない。コンサート中は、ずっと受付にいるからである。しかし、コンサートが終わり、観客が帰られる時の満足した笑顔をみると、「素晴らしかったんだな」、と感激する。

「いらっしゃいませ」から、「ありがとうございました」まで、心を込めてコンサートを運営している。



2年間をとおして、色々な仕組みをつくりあげたし、色々なノウハウの蓄積もできた。マンネリ化、自己満足はいけないが、400人規模のコンサートも、数人のスタッフで十分にできると実感することができた。やはり、気持ちが通じ合えるスタッフがいることが何よりである。そして、脇岡先生の心遣い。高知県立美術館のスタッフ、そして高知大学の学生たち、その他、多くのスタッフに助けられ、素晴らしいコンサートが実現している。感謝、感謝。

高知県立美術館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/



さて、来年は私自身の芸術・文化活動も、そろそろ始めようかと考えている。

今年4月には、思いがけず、神戸で写真展(個展)を開くことができたが、来年1月には3週間かけて、高知で写真展を開催しようと準備を進めている。ヨーロッパの風景など、40点ほどの写真を準備し、そして来年1月13日(日)には、写真の風景にちなんだ古典のギター曲(リュート曲など)を、演奏しようと考えている。いま、ギターも練習を始めている。アルハンブラ宮殿の想い出や、イタリア古代の舞曲、シチリアーノなど、ギターとリュートの曲である。


場所は、田舎(南国市)のギャラリー、アートスペイス「さわと」さんである。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktsuz/yokoku27.htm


10弦ギターとルネッサンス・リュート



アルハンブラ宮殿にある獅子の噴水



バルセロナにある、サグラダファミリア



シチリア、シラクーザ(シュラクサイ)の街角。走れメロスや、アルキメデスで有名なところ。



シチリア、パレルモにある教会



バチカン美術館のステンドグラス



ツェルマットからゴルナーグラート駅(標高3089m)まで一気に登れば、4000メートル級の山々が連なるスイスアルプスが一望できる



スイス、インターラーケンにあるブリエンツ湖



フィレンツェ、アルノ河にかかるヴェッキオ橋から撮影



マルタ島、バレッタの船着き場



スペインはアンダルシア、ロンダ派の闘牛で有名な、ロンダ
  

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2007年09月29日

色彩豊かな秋

我が家の付近は、一年の中で、今から(秋)が一番綺麗な季節となる。

トンボや蝶なども、唐辛子色、黄金色になり、綺麗である。


花々と、動物が、色を競っているようである。

トンボ達には、20Cmの至近距離から、色々な角度から撮影させていただいているが、写真を撮りおわるまでは、ずっとポーズをとってくれている。

「トンボ君、綺麗やね。動かず、我慢してね」というと、眼をコクンと動かして、挨拶してくれる。

可愛い、虫達である。



























  

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2007年09月29日

燃える人シンポジウム

9月27日(木)、東京は永田町にある全国町村会館において、地域産業おこしに燃える人第2期選定記念地域産業おこしに燃える人の会シンポジウム in Tokyo 「今、日本の地域再生に必要な人材としくみづくり」 が開催された。








昨年、島根県海士町で開催された同窓会以来、久しぶりに会える「燃える人の同窓会」でもあり、また今回は新たに36名の燃える仲間達が加わって、本当に素晴らしい、燃えるような一日となった。

当日は、幹事会、総会、そして素晴らしい内容のシンポジウム、交流会と、ご準備いただいたスタッフの皆様は、心より感謝する次第である。感謝、感謝。


そして、全国から集まった燃える人の皆様とお会いできて、日頃くじけそうになっている心に、また火がともった気分である。心の火の燃料補給ができた一日であった。そろそろ1年に一度ではなく、二度は燃料補給しないと、ともしびが持たないかなと感じるこの頃である。しかし、燃え尽きたくはないので、静かに細々と燃やし続けることが一番かな、とも考えている。

第2期のメンバーが加わり、燃える人も69名になり、これからの日本の地域再生、地域産業おこしが面白くなりそうである。これだけのメンバーがネットワークすれば、素晴らしい日本になるだろうな。


四国も、愛媛県双海町の若松進一さん(夕日でまちおこし)、徳島県上勝町の横石知二さん(今まではタヌキしかできなかった荒技、葉っぱをお金に変えた=葉っぱビジネス)、高知県黒潮町の畦地和也さん(砂浜美術館など地域おこし)が加わり、高知県馬路村の東谷望史さん(全国的に知られた、ごっくん馬路村=ゆずの村)とも一緒に、私も、四国や高知の活性化に取り組んでいきたいと考えている。

現在は、地域の生涯学習を通じて、地域おこし、人材育成に取り組むと同時に、総務省四国総合通信局やAPPLICと一緒に、ブロードバンド環境整備、デジタルデバイド(地域間格差)の解消に取り組んでいるが、これからは、もっともっと具体的な、色々な仕組みづくりをしていきたいと考えている。


27日は、島根県の福間敏さんから、「タマを撃て」「鉄砲を撃て」と、アドバイスをいただいたが、本当に、準備して構えているだけ(考えているだけ)では何ともならない。具体的な「タマ」を作って、撃ち込まなければ地域は活性化しないだろう。色々なタマ(アイデア)を作って、高知の村を元気にしていきたいと考えている(三原村や大川村など)。福間さんのアドバイスは、いつも本当にありがたい。


帰りに見た、赤坂見附の夜景




さて、28日(昨日)の朝は、ブロードバンド環境(光)のある浅草のホテルで静かに思索して、11時50分の飛行機で高知に戻ってきた。いつもは、飛行機も最後尾の窓際の席をとってもらうのだが、昨日は団体の客が乗りこんでいて、窓際の席がとれなかった。20名ほどの団体客が、飛行機の中でお弁当を広げて食べていた。機内サービスのコーヒーなど、飲み物を飲んだ後、搭乗員が紙コップの回収に来たが、ゴミ袋はお弁当の空き箱ですぐに満杯となり、スタッフは何度も通路を往復していた。そして、高知龍馬空港に到着して、飛行機を出るなり、「おーー、蒸し暑い」「初めて四国に足を下ろした」「流石、南国」と歓声を上げていた。座席には、北海道の新聞が置かれていたので、そうか、北海道からの観光客か、、。感謝、感謝、北海道に感謝。


浅草は、心が落ち着く場所である。「どぜう」もある。




昨夜は、午後6時45分から、高知県大豊町で、高知大学の出前公開講座を開催した。高知龍馬空港から我が家に戻り、3時間ほど資料整理などをしたあと、午後5時前から、我が家から高松の方向に35Kmほど走った、四国の山間部にある大豊町で、初めての出前公開講座が開催された。今週から5回(5週間)連続の講座であるが、地域に出向いての講義は講師(大学教員)の意識も変わるし、地域の大学に対する見方も変わるので、やはり地域に出向くことが一番だと考えている。これから、どんどん大学を地域に引っ張り出したいと考えている。大豊町も、現在、情報通信環境の整備を進めており、碁石茶などの地域産品を如何に販売していこうかと考えている。

昨夜の公開講座風景



http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2007/07sizen.html



さて、今日(土曜日)は久しぶりにゆっくりとできるので、これから、私自身が将来入るであろう墓地の草ひきをしながら、汗を流すと同時に、思索したいと考えている。最近はメタボが流行で、取りすぎたカロリーを燃焼させる為にわざわざトレーニングジムに通う人もいるが、折角の燃料(エネルギー)を、ただ燃やすだけではもったいない。もっと、何か、世の中に役立つことをしながら燃やしてくれればと思うのだが。ジムに行ったり、サウナに行ったりしなくても、汗は流せるのである。そして、やはり汗を流すには、やはり掃除が一番である。

雑草も、本当は生き物であるのでひっこ抜きたくはないのだが、もうすぐ沢山の種をつけて、一斉に風で胞子を飛ばしてしまう。ご近所のご先祖様(お墓)から苦情がくるかも知れない。我が墓地も、前の墓地から沢山の雑草の種を飛ばされて、今は草ぼうぼうの状態である。前のお墓は、淋しそうに、謝ってくれているのだが、だれも手入れにのないようで、かわいそうである。


さて、将来お世話になるご近所さまにご迷惑をかけないように、今日は、我が墓地の草をひいてこよう思う。これも、未来との交流である。何事も、未来のことを考えて、今から、ご先祖様たちと仲良くしておかなければ。



明日(日曜日)は「こうちNPO地域社会づくりファンド」の中間報告会が開催される。年間500万円の資金で、15団体ほどのNPO活動を支援している。もう8年間も支援してきており、高知のNPOは非常に育ってきている。100団体近くの活動を支援してきた。

2年前からは、ハード整備事業として、80%補助、1件あたりMax200万円の支援も行っている(資金は1千万円ほどある)。
http://www.shikokubank.co.jp/koken/npo.html


ファンドは、公益信託でるが、当初から運営委員をやっている。そして、3年ほど前からは運営委員長をやっている。中間報告会は、各団体の活動状況を聞くと同時に、単に資金での支援だけでなく、知恵(アイデア)やネットワークの支援(人的支援)ができないかということで、毎年、年度の中間時点で行っている。また、NPOにとっても、自分達の活動をアピールできる格好の場にもなるし、プレゼンテーション力(説明責任)もアップすることができるのではないかと考えている。

このファンドを運営してきて、NPOファンドは非常に機能しており、意義があると感じている。NPOにとっても、何よりも必要ものは、やはり「心の火」だと感じる。私たちの役割は、苦境の中で頑張って活動している人々に、心の火の燃料補給をおこなうことだと思う。その意味で、中間報告会は重要なのである。



さて、そろそろ墓地の草ひきにでかけるか。
おっと、お天気が。  

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2007年09月09日

森の未来に出会う旅

昨日で、「森の未来に出会う旅」が終了した。
http://www.mori-mirai.com/

一週間の学習で、18名の素晴らしい若者たちが、森について学び、建築について学んで、また全国に散らばっていった。素晴らしい学生達だった。これを企画した高知の学生たちも、本当に素晴らしい人材となった。

中山間で、このような取り組みが出来るとは、思いもよらなかった。
学生達のパワーは素晴らしい。

この若者たちがいる限り、森の未来は明るいと思う。













みんな、元気に帰っていった。




今朝は、部落の防災訓練もあったが、午後は久しぶりに、静かに読書をしている。

ヒルティ著『眠られぬ夜のために』 第一部 9月9日

九月九日
 賢明な人たちはかえって、人間軽蔑という限りなく憂うつな、自分の魂をひどく損なう感情にとらわれやすいが、それを救ってくれるのは、ただあわれみの心だけである。しかし、このあわれみの心はいわば第六感のようなもので、根本的にはただ厳しい苦難を通じてより善い人びとの心に生じる感情であって--みずから犠牲を払わず、他人の助けにもならない弱々しい同情などとはちがうのである。もちろん世間には、自分の苦しみのために他人に対して一層冷酷に、無情になってしまう人たちもいる。彼らの考えによれば、他人も自分と同じようにもっと苦しむべきだというのである。

 避けられるかぎり、どんな生きものをも、なるだけ苦しめないように、本気に心がけねばならない。この方が、われわれが現実に行なっている慈善行為よりも、むしろ価値がある。





先週の木曜日、梶ヶ森まで行ってきた。標高1400メートルである。
http://www.kochi-shokokai.jp/otoyo/sisetu/sisetu-c.htm
http://www.town.otoyo.kochi.jp/kanko/kanko03.php





そろそろ、本格的な秋になるかな?  

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2007年09月05日

生きものたちとの対話

朝起きると、電線に鳥たちがとまっている。

「おはよう!」 と、鳥たちに声をかける。

トンボや、虫たちにも、声をかける。

草木や花々にも声をかける。

害虫にも、声をかける。


みんな共存している。

色々なものに声をかけていると、みな生き生きとしてくる。

害虫も攻撃してこない。


庭で写真をとっていると、虫たちは誇らしげに身体を見せてくれる。

写真を撮り終わるまで、じっとして動かない。

















横で、バクがみている。
とうとう、座敷犬になってしまった。

  

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2007年09月05日

人材を育てる

「人材」は、如何に育つのか。

もう2千年以上も前、ローマ最高の弁論家、弁論の達人と言われたキケローは『弁論家について』という本の中で、こんなことを言っている。「弁論家」を創るのに、ある種の実践的規則、言い換えれば方法論やテキスト、マニュアルなどがあり、それをもって弁論家が創れるというなら、世の中には弁論家でない人間などいないはずである。しかし、現実には、素晴らしい弁論家は、そうは簡単にはいない。ここで言う「弁論家を創る」とは、「人材を育てる」という意味に置き換えることができるが、要は、方法論やテキスト、マニュアルだけでは人材を育てることはできない。その有益性は充分に有るわけであるが、それだけでは人材は育たないということである。


人材には何が必要なのか。それは、物事を「判断できる基準」だと言っている。キケローの言葉を続けると、「学術」である教育によって何かを発見するに至るということでもなく、それは生まれながらの「天性」によって達成するもの、「研鑽」によって達成するもの、「実践」によって達成するもの、それが「正しいものである」と確信したり、間違ったものであると理解したりするのは、それと比較して、判断ができる基準が何であるかを我々が学んだときに初めて可能となる、と言っている。つまり、人は判断できる「基準」を学んだときに、判断基準を会得したときに、人材となるということである。判断できる基準、そして判断力を高めるには、より多くの知識が必要であるし、実践的な規則、テキスト、マニュアルも有効であることには変わりないが、判断できる基準を「自分自身に持つ」ことが一番重要なのである。これが人材になる基本である。この判断できる基準を示してやることが、人材育成ではないかと考えている。


教科書、マニュアルなどは、人材を育てるための一つの道具にすぎない。人材を育てるには教育も重要であるが、それ以前に、学ぶ者自身の自覚と自己研鑽、実践、要はリアルな経験=体験が必要である。それをもって、正しい判断基準を自分自身の中に創ることである。

体験という意味では、最近ではコンピュータを使ったバーチャルな体験もできるが、やはり重要なものはリアルな、現実の体験、経験である。そして、その経験によって、知識を正しく組み合わせて論理判断することが重要である。また、人材には、生まれ持った能力、天性も影響するかもしれない。ただ、人材を育てるには、その人の持つ「判断力」を鍛えてあげることで、人が人材として育つ手助けは充分にできるのではないかと考えている。


判断力は、どうしたら鍛えることができるのだろうか?
それは、判断力を既にもった人が、正しい判断力を指導してあげることである。単に知識を覚えさせただけではダメで、覚えた知識を組合せ、論理的な思考・考察を行い、物事を正しく判断する能力を身につけさせてあげることが、人材育成のポイントとなる。人材として育つための思考訓練を手助けしてあげることである。


思考すること、考えることについては、ドイツの哲学者であるショーペンハウエルが、次のように言っている。思考するためには、第1に、心にかかるいかなる問いをも率直に問い出す勇気をもつこと、第2に、自明の理、当たり前、常識、と思われるすべてのことを、あらためてはっきりと意識し、そうすることによってそれを問題としてつかみなおすこと、第3に、本格的に思考するためには、精神の余裕、要は心の余裕をもっていなくてはならい。頭の中がニュートラルでなくてはならないと。

これは、考える能力を高める上で非常に重要なことである。特に、当たり前のこと、自明の理をあらためて問題としてつかみ直すことは重要である。「そんなことは常識でしょう!」と言われた場合、その常識自体がおかしいのではないかと考えたたことはあるだろうか。是非、考えてみてほしい。これは思考のトレーニングになる。そこで、何か新たな発見があるかも知れない。。多分、あると思う。


考えている学生達



森の未来に出会う旅
http://www.mori-mirai.com/  

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2007年09月03日

夏から秋へ

最近、またブログも休止状態になっています。
「夏ばて」ではありませんが、毎日、色々な取り組みを展開していて、ゆっくりと考える時間がなく、ブログもついついお休み状態になっています。

この数週間、哲学研究も休止状態です(瞑想=うたた寝はしていますが)。


現在、四国(高知)のブロードバンド環境整備(総務省と一緒に)、高知県の産業活性化、中山間の活性化、村のブランド化、人材育成など、色々と取り組んでいます。


四万十市で開催した、コンテンツ連携に関する会議


地域のコンテンツをデジタル化しようとしています。


総務省四国総合通信局
http://www.shikoku-bt.go.jp/bmap/index.html
http://www.shikoku-bt.go.jp/con-shikoku/index.html
高知県に3地域(馬路村、大川村、三原村)ある、ブロードバンドゼロ地域の解消と、コンテンツ連携(ICT利活用)の取り組みを進めています。




高知県は、「日本一の田舎」を目指して、これから地域づくりを活発化させます。
「高知県経済活性化の方向性と活性化策に関する提言」(土佐経済同友会)
http://www.tosa-te.ne.jp/~tosadoyu/pdf/2007-teigen.pdf




高知大学生国際・地域連携センター 生涯学習部門のWebもご覧ください。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/index.html
Webの更新から、何から何まで、大変です。
教員スタッフは一人だけですので、管理業務も多く、一日中、パソコンをたたいているような状況です。


昨日まで、「黒潮の恵みを科学する」と題した企画展示も行っておりました。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/kuroshio2007/index.html

会場風景(多くの子供達が来てくださいました)






また、昨日から、「森の未来に出会う旅」と題して、
四国のど真ん中である本山町(早明浦ダムの隣り=嶺北)で、1週間の学習会を開催しています。
全国から18名の学生達が集まっています。
http://www.mori-mirai.com/









今年も、イタリアでギター教授をしている、友人の長岡克己さんが高知に帰ってきて、演奏会が開催されました。長岡さんは、作曲や編曲、そして演奏活動など、素晴らしいものを残しています。
先日、新しいCDを作られましたが(イタリアで)、素晴らしいCDです(KAZEというCDです)。
http://www.armelin.it/CollanaPDM/077.htm

CDのジャケット







長岡さんから、KUMO(雲)という楽譜をいただきましたので、今、練習しています。
来年は、私をテーマとした曲を作曲してくださるようです。

また、来年こそ、一緒にコンサートを行いたいと思います。





先日、四万十市でコンテンツ連携の会議で行った時、スナックに古い田村ギター(クラシックギター)を準備してくれていて、そこで『アルハンブラ宮殿の想い出』を5回も演奏してしまいました。
やっと心の壁が吹っ切れて、音楽というものを演奏できるようになった気がします。今までは、楽譜を演奏してましたが。


これから、クラシックギターで本格的に演奏したいと考えています。



さて、今日も嶺北へ。
http://www.inforyoma.or.jp/reihoku/welcome.html





夏から秋へ
  

Posted by 坂本世津夫 at 07:14Comments(0)TrackBack(0)