2007年01月15日

便利性は、人間を老化させる。

子どもの頃から自分だけの空間(居間)をつくるのが好きだった(巣小屋など)。そして、床も壁も天井も、すべて木でできている家が好きである。木は、南方の木ではなく、北欧の木(モミの木など)の方が暖かみを感じる。

ラップランドにて、写真家のマーティン・ケルスさん、中村脩さん、サボテン商人の長田清一さんとモミの木の家で。


マーティン・ケルス さん
http://www.martinkers-foto.nl/Engels/index.htm

中村 脩 さん
http://www.hanga-cobo.jp/eya/eya12.htm
http://www.the-niigata.com/degiken/pps_museum/card/postcard/ppc50.html

長田 清一 さん
http://www.ntv.co.jp/engei/hana/saboten/saboten.html
http://homepage3.nifty.com/sabo-sabo/nenu/book.htm





我が家のコテージは、四万十のヒノキでできている。床も、壁も、ウッドデッキもすべてである。ヒノキは、杉とくらべて赤く(黒く)ならないので、いつまでも部屋の中は明るい。ちなみに、コテージは、家よりもウッドデッキの方が値段が高かった。理由は、板ではなく、角材を使用しているからである。


子どもの頃から木の香りがする床の上で寝るのが好きだった。2002年に、ラップランドへオーロラを見に行った時から、さらに床の上で寝るのが好きになった。天井裏の小さな空間に、床の上にマットを敷いて、寝袋で寝たのが最高の想い出である。初日は、寒くて、どうしようもなかったことを覚えている。全てが凍っている。部屋の中でも、気温はマイナス10度以下である。ミネラルウォーターのボトルも、完全に凍りついている。ボトルは、身体に抱いて寝ることによって水を飲むことができた。




防寒着を着たまま、寝袋に入り眠るのだが、こうなると自分の力で体温をだして暖かくする以外には暖かくなる方法はない。しかし、人間には不思議な力があるもので、限界になると生きるために自然に力(体温)がでるものである。

マイナス25度の世界、原野にぽつんと建っているサウナ小屋でサウナに入った。サウナ小屋には煙突が2本立っている。サウナを温める(石を焼く)釜戸と、もう一つ、汗を流すために水を沸かす釜戸のためである。




ここは、あと50Km北に行けばバレンツ海(北極海)という場所である。
M030 PAKANAJOKI(Sevettijarvi)
http://www.villipohjola.com/item.asp?Section=987&Item=1145


初めてのサウナで、こともあろうに、汗を流すための湯を沸かす釜戸の方に、水を掛けてしまった。
汗を流そうとしてかぶった水が、釜戸に入ってしまったのである。釜戸は、サウナ小屋の外ではなく、中にあるのである。外はマイナス25度以下の世界、マキをくべるためにいちいち外に出ることはできない。

原野には当然、水はない。全てが凍り付いている。雪や氷を大きな風呂桶のようなものに入れて、溶かしてお湯を作るのであるが、これが半分も溶けないうちに、釜戸に水を掛けてしまったわけである。

サウナで汗をかいても、流すお湯はない。汗をかいたまま、サウナ小屋の外に飛び出す。素足であるので、20秒ともたないが、汗は一瞬にしてパウダーとなり、身体が真っ白になる。それをバスタオルではたき落とせば、何とかなるものである。それでも、やはり水はかぶりたいので、とうとう、半分とけた水をかぶってしまった。まだ半分氷の状態である。不思議と、身体も極限を感知し凄まじい勢いで身体は熱くなり、見る見る身体は真っ赤っかになってしまった。身体から湯気がもくもくと上がる。

この経験で、どのような寒さにも耐えられるようになってしまった。
今では、冷水を沸かすとまではいかないが、体温で温めることができる。温泉にいっても、冷水風呂に連続して数分は浸かることができる。身体は冷たくはならない。


フィンランドでは、サウナに入って、そのまま、隣りにある湖に飛び込むことがある。不思議と、湖は凍っていないところがある。意外と水温が高いのである。しかし、これは、慣れないと心臓麻痺になる。


日本は暖かいので、真冬でも床の上にそのままで寝ている。
最初は、背中や腰が冷えるが、そのうち体温で暖かくなる。一度、暖まった床には保温力がある。
また、真っ直ぐな床の上だと、背骨も真っ直ぐになる。健康には非常に良い。ベッドだと、背骨が曲がってしまって老化が早いと感じる。

そして、ヒノキの香りで安眠ができる。

我が家のコテージの中



人間の細胞は、蒲団の中で寝ていると、余計な温度を持ちすぎて老化を早めるが、寒いと冬眠状態となり、老化を防ぐことができるのではないかと思う。何ごとも、自分でつくりだし、何かに頼ることはしないことである。真冬でも、夏用の寝袋をかぶって寝ているが、これで充分である。寝袋には入らずに、かぶって寝ている。足の部分は、すっぽりと入って、大きな靴下の中にはいっているようで、寒くなることはない(爪先)。


ということで、ほとんど毎日、コテージの床で、寝袋に入って寝ている。

この数年間、まるで風邪をひいたことがない。病気もない。

昨年、登山(山歩き)をしたが、2ヶ月が経過し、足のすねも非常に強くなった。
筋肉も、すねの潤滑油もできたようである。


便利性は、人間を老化させる。


ラップランドの人々



  

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2007年01月14日

適切な判断

人生においても、ビジネスにおいても、どのようなことにおいても重要なものは「判断力」である。


交通安全運動の期間、道路の交差点に黄色い旗をもった小学校の先生が、児童の登校の安全のために立っている。子供達は一列に、隊列を組んで登校している。

そろそろ信号が黄色に変わろうとしている。
黄色い旗をもった先生が、「信号が変わるから、早く走って来て渡りなさい」と大声で叫ぶ。


いつも、この風景を見ていて、これで良いのだろうかと考える。
このような教育で。

子供達は、小さい頃から、信号は黄色になりかけていても、走って渡る習慣を身につける。
隊列を組んだ生徒達、みんなで渡れば怖くない。
赤信号になっても駆け抜ける。


信号での判断は、横断歩道に着いた(到達した)時点で、渡って良いのか(渡ることが出来るのか)を判断しなければならない。
それ以前に、曖昧な判断で行動を決定してはいけない。

横断歩道で歩行者が信号待ちをする時も、できる限り車道から離れて待つのがベターである。
社会は、自分だけではなく、常に相手がある。
自分と同じ判断を、相手がしてくれるとは限らない。
危険性を可能な限り回避するには、自分自身はどのような行動をとれば良いのかを判断することが重要である。

信号が青に変わらない内に渡り始める者、車道に身を乗り出して待っている者、いつ命を落としても不思議ではない。


人生も、ビジネスも、常に判断力を駆使して行動しなければならない。


判断には、判断基準というものがある。
その基準が、本当の正しいのか、それを判断することも「判断力」である。
判断基準を間違がえていたり、判断の必要性を感じることができなければ意味をなさない。

人間は、この「判断基準」を如何に高めるかが重要である。
それは、天性のものであったり、学術(教育)で得られるものであったり、自己研鑽によるものであったり、実践・経験によるものであったりする。



キケロの「弁論家について」岩波文庫 下巻10頁
「われわれは学術に導かれて何を語るべきかを発見するに至るということではなく、われわれが天性によって達成するもの、研鑽によって達成するもの、実践によって達成するものが正しいものであるとわれわれが確信したり、間違ったものであると理解したりするのは、それと比較して、判断ができる基準が何であるかをわれわれが学んだときに初めて可能となる」


これが出来るのが人材である。

「人材」とは、自分の役割を認識し自ら行動できる人。  

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2007年01月11日

アートスペイス「さわと」

研究者?にとって、研究室(瞑想できる部屋)は重要である(誰だ?、居眠りしていると言ってる人は・・)。

事務作業であれば「事務室」があれば良いが、ビジョン(政策)を考えたり、プロジェクトを企画したり、はたまた「詩」をひねりだしたりするには、それ相応の空間が必要である。

たまには気分転換して、携帯電話の電波も届かない場所で静かに考えるのも最高である。
電波は届かないが、ブロードバンドが届いてる場所もあるから、あら、不思議。

しもなの郷
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/nagameru04.php#02

私は大学に研究室(個室)をもっていないので、最近は自宅の研究室(コテージ)で仕事をすることが多い。

しかし、長年、組織の中で仕事をしてきた人間にとって、自分で自分を管理することは非常に難しいと感じる。誰かの目を気にしながら仕事をする習慣は、なかなか抜けないものである。

事務室の中では、ジッと座っているだけでも(何もせずに)、一日仕事をしたと満足できるのだが、自宅で一生懸命仕事をしても、誰にアピールするわけでもなし、はたまた「あいつはさぼっているのでは?」と、他人の憶測を気にして、なんだか、じっくり腰が座らない日もある。
テレワークの難しさを感じる毎日である(精神面)。

裁量労働とは言いながら、一日に一度、出勤簿に印(ハンコ)をおさなければならない。
その場に出向くことが就労の条件である(アホな、テレワーク時代に、出勤簿にハンコ?)。
まだまだ、法(制度)整備はされていない。


私の仕事は、生涯学習であり、地域との連携を目指している。
だから、大学内ではなく、地域に出向いて、新たな「地域生涯学習システム」を作り上げたいと考えている。

そして地域を、産業面からだけではなく、文化面からも活性化できればと考えている。

音楽、芸術、民俗芸能など、色々な掘り起こしをおこなっている(食も)。


前置きが長くなったが、昨日は、我が家から5Kmほどのところ、それも山のど真ん中にある個人の美術館、アートスペイス「さわと」さんに行ってきた。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktsuz/yokoku27.htm

1月7日(日)~28日(日)まで、「都築房子展・絶望ではなく希望」が開催されている(無料である)。
何事も、希望が重要である。
キルケゴールの『死に至る病』を読んでも感じる。
人だけでなく、村もそうだろうな。


こんな山の中に、美術館?? というような場所ではあるが、となりを流れる谷川(白木谷川)と、四方竹の林を渡る風の音が、本当に気持ちが良い場所である。

四方竹 http://www.tosajin.com/00unchiku/sihoutiku.html


四方竹は、何と秋に収穫されるタケノコである。
我が家の庭にも生えている。(美味しいよ!)
皮をむくと四角形のタケノコになるので、四方竹である。
高知でも、「さわと」さんがある白木谷と、上倉という我が家から8Kmほど山に入ったところが主産地である。

我が家は、道の駅「南国風良里(ふらり)」の隣りである。
四方竹の竹藪を渡る風の音は、浜辺の波の音に近い感じである。
心が和む。さわさわさわ、、と。

そうか、だから「さわと」か、、、と自分で解釈。


南国市の学校給食は、地産地消もやってるよ!
http://www.kochinews.co.jp/rensai04/fure04ren04.htm


健康で長生きするには、住んでいる(本当は生まれた、かな?)場所の食材で食事をするのが一番かもしれない。


話しは長くなりまして、下記が「さわと」さんの風景です。


四方竹と谷川(昔は清流だったが、いまはコンクリートブロックの護岸)


「さわと」さん


オーナーの唐岩 秀さん


都築房子さんの作品










  

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2007年01月10日

そろそろ、スタート(地域産業おこし)。

新年、明けましておめでとうございます。
新たな年を迎えて、もう10日が経過しました。
8日まで、寝正月でパワーの蓄積をしました(読書=瞑想などで)。

やはり、何事も「動」と「静」のバランスが重要ですね。
いつも同じことを考え、やり続けていては、見えなくなります。
色々なことを冷静に考えるには、やはり正月は良い機会だ、と思います。

今年の年賀状は、とうとう500枚の大台を突破しました。
年始から続々と届く年賀状を、一つ一つ拝見しながら、多くの人々からパワーをいただきました。
年賀状を送って下さった皆様、感謝です。
今年も宜しくお願いします。


そろそろ、「地域産業おこし」のアクション、スタートです。
海士町さんとの連携も、本格化します。
頑張るぞ!

元旦には、高知新聞で「地域資源で産業おこし」という特集が組まれ、高知県馬路村の東谷さん、徳島県上勝町の横石さんと一緒に紙面に出ました。






記事は、写真付きでしたが、誰に聞いても「見ていない」という返事で、
髪が生えていたから気が付かなかったとのことです。 なんと。

そう言えば、昔は坊主でした(総理大臣官邸での写真も)。
最近、髪が生えてきました。
目も見えるようになってきました。
そして、若返ってきました。不思議、不思議!!
脳味噌も、若返ってきたように感じます。
怒って、愚痴をいうこともなくなりました(自然体に)。
体重も減り、シェイプアップしています(時に断食)。



昨日、9日は久しぶりに太平洋を眺めに行ってきました。
桂浜から見る太平洋の風景、遠くに室戸岬まで見えて、本当に綺麗です。
多分、龍馬さんも、ここから太平洋を眺めたと思います。
「わしゃ、これから やるがやき。 みちょりや。」とか、つぶやきながら。
(私は、これから、頑張ります。見ててください。)




久しぶりに坂本龍馬記念館にも立ち寄り、今開催されています「坂本直行展」を見てきました。








昨年8月、北海道の上士幌町(糠平湖)で「燃える人の幹事会」が開催された時、帯広の南にあります「坂本直行記念館」に行ってきましたが、色々なことがシンクロしているように感じます。
北海道では、距離感を間違えて(地元の運転手さんが)、幹事会に遅刻してしまいましたが、、。
北海道は、思ったより広い。


六花亭さんのホームページより
http://www.rokkatei.co.jp/facilities/02-3.html


坂本龍馬記念館は、不思議な空間で、建物も奇抜ですが、心が落ち着く空間です。
是非、桂浜の坂本龍馬記念館にお越し下さい。
今開催されています、坂本直行展も、なかなかのものです。

坂本龍馬記念館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~ryoma/



坂本龍馬記念館で学芸を担当している前田由紀枝さんと「坂本直行」さんなどについて、ゆっくりとお話ししてきました。



記念館の隣りにあります、国民宿舎桂浜荘で太平洋を眺めながら食事をしましたが、ここも非常に良い空間です。食事、宿泊、お風呂も最高です。太平洋一望です。

http://www.kokumin-shukusha.or.jp/annai/ken/kouti/439198.html
http://www.katsurahama.jp/sansaku.html



昨年末、坂本龍馬倶楽部の忘年会で、東京から高知にUターンされた作家の渡辺瑠海さんとお会いし、渡辺さんから『田舎暮らしはつらかった』という本を送って頂きました。
年末・年始と、この本を何度か読み返しています。


坂本龍馬倶楽部忘年会で挨拶する渡辺瑠海さん




これから団塊の世代など、大移動が始まるようですが、田舎として考えないといけない視点が、この本には沢山盛り込まれているように思えます。テレワークの推進も進める必要がありますが、単に、情報通信環境を整備する、制度をつくるだけでは機能しない問題があると感じます。Iターンを受け入れるには、やはりIターン者と意識を合わせる必要があります。何よりも、心(気持ち)を合わすことでしょう。

『田舎暮らしはつらかった』
 著者/訳者名 渡辺瑠海/著
 出版社名   ロコモーションパブリッシング (ISBN:4-86212-022-9)
 発行年月   2005年10月
 サイズ    187P 19cm
 価格     1,365円(税込)


渡辺瑠海さんは、最近、『龍馬語がゆく』という本も出されています。
http://www.ryoma5.jp/index.html
http://www.ryoma5.jp/profile.html



最後に、土佐では、心を合わすには、やはり「皿鉢料理」で宴会が一番です。

普通、自宅で宴会となると、奥方は料理の準備で忙しいのですが、土佐では奥方も一緒に呑んで食べられるように、大きな皿鉢に料理をてんこ盛りにして出すわけです。長宗我部時代からです。
お正月、元旦には、兄の家(本家)で皿鉢料理を囲んで、土佐の地酒で新年を祝いました。






それでは、「地域産業おこし」のスタートです。  

Posted by 坂本世津夫 at 08:03Comments(0)TrackBack(0)