2006年10月28日
ウォーキング(池川健康ウォーク)
「自由は土佐の山間より出づ」は植木枝盛のことばである。この精神で、先だっては土佐学協会も立ち上げた。これからの時代を変える「種」も、やはり土佐の山間にあると感じる。土佐の山間は素晴らしい。
土佐学研究の一つとして、私は土佐の「お茶」について俯瞰的・総合的に研究する予定である(土佐の中山間研究)。
植木枝盛
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/uekierori2.htm
その「お茶」であるが、昔から土佐のお茶は最高の品質であった。特に、仁淀川町(旧仁淀村、吾川村、池川町)のお茶は最高である。昔から、原料は静岡に送られて、静岡茶ブランドで世の中に出ている。仁淀川町のお茶が素晴らしい理由は、昼と夜との寒暖差が大きく、仁淀川から上る霧がお茶の栽培(品質)に適しているのだと思う。しかし、急峻な地形に植えられているお茶は、高齢化が進む町にとっては、維持・管理が難しい状況にもなっている。
私にとって、土佐の中でも大好きなところ(活力のある地域)が、以前にもご紹介した439号線沿い(与作ロード)の村々(町)である(梼原町、仁淀川町、いの町、土佐町、大豊町など)。
先日の日曜日(10月22日)、439ロード沿線にある池川(仁淀川町)で健康ウォークが開催された。仁淀川町教育委員会(生涯学習)の主催である。池川から、四国で最高峰の石鎚山の南方にある安居渓谷まで、片道9.6Km(往復約20km)のウォークである。40人を超える人々が参加し、道中、色々と話しをしながら歩いた。
仁淀川町
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/
昔、ローマの町を10Kmほど歩いたことはあるが、10Kmを超えるウォーキングは、今まで経験したことがなかった。愛媛大学にいた時、一度、伊予から土佐まで(約130Km)、旧土佐街道を徒歩で帰ってみたいという思いはあったが、この街道は途中リタイヤした場合、戻る手段がなかったので実現しなかった。
高松-高知(約130Km)だと、国道32号線を平行してJR(土讃線)が走っているので、途中リタイヤしても、最寄り駅から戻ることが可能であるが、土佐街道-伊予街道には代替手段がない。
今回は、初めての10Km越えウォークであったが、何とか無事、往復歩ききった。安居渓谷の展望台まで登ったので、21Km以上は歩いた。往路は3時間弱だったが、復路はもう少し時間がかかった。午前8時半に池川を出発し、11時過ぎに安居渓谷に到着、午後1時に安居渓谷を出発して池川には午後4時半に到着した。
足の疲れは2日程度で治ったが(筋肉痛はなかったが)、やはり膝の関節部に違和感が残っている。足の指(裏)にも大きな豆が2つできたが、痛みはない(靴擦れであるが、つぶれなかった)。
池川に戻り、いな垣旅館さんで宿泊し、午後5時から教育委員会の方々と反省会を行った。しかし、静かな山間の旅館で、素晴らしい料理を食べながらお酒をのみ、議論するのは最高である。池川は、不思議なほど、スナックなどが多いが、流石に二次会では居眠りをしてしまった。その後、川のせせらぎを聞きながら、夜は静かに眠ることができた。
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/tomaru04.php#04
来月、11月12日には、今度は安居渓谷の上流部から筒上山までの登山を計画している。
http://park2.wakwak.com/~ehimenoyama/gaido/isizuti/tutujyou/tutujyou.htm
http://www8.plala.or.jp/nonbirisan/new_page_99018.htm
筒上山から石鎚山の麓、土小屋の方に向かう予定であるが、さて、どうなることか。
今度は登山である。膝がもつかどうかが心配である。
前日(11月11日)は「しもなの郷」で、東京や徳島や高知など各地から色々なが集まって、井戸端会議(バーベキューなど)を開催する予定である。燃料(アルコール)を補給して翌日に備えようと思う。
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/nagameru04.php#02
地域を本当に理解するには、歩くのが一番である。歩きながら、色々なものを眺めてみる。普段、自動車で走っていては見えないものが、見えてくる。地域の色々な資源も見えてくる。そして、地域に暮らしている人々の表情、家々の表情、自然の表情から、地域の本当の姿が見えてくる。
安居川であるが、不思議なぐらいエメラルドグリーン色をしている。水は非常に透き通っているが、深い緑色の水である。多分、水に溶け込んでいる金属イオンの影響(光のスペクトルが変わる)だと思う。安居渓谷まで行って河原でご飯を食べているときに、ふと見ると、コークスのような、鉄のかたまりのような、ネズミ色から黒っぽい石があるのに気づいた。土地の人に尋ねてみると、昔、銅がとれて精錬していたそうである。
やはり、水の色は金属イオンの色なのか。しかし、美しいエメラルドグリーンの川である。
歩くことは、考えることである。
歩きながら考えるのは素晴らしい。
昔は、回廊を歩きながら哲学の議論をしていたのであるが、これからの地域づくりは、地域を歩きながら議論するのも良いと思う。机の上だけ議論していても始まらない。
便利な時代ではあるが、車で視察するだけでは見えないものもあると感じる。
歩け、歩け、みーんな、歩け。
自分の足で歩け。
地域づくりは、自分の足で!
来月、中旬以降は素晴らしい紅葉になるだろう。
仁淀川町、大野教育長 挨拶

仁淀川町、西森さん(生涯学習担当)コース説明(注意)

池川をスタート(まだ元気)

途中、川の中の大岩の上に神さまが

旧安居小学校(宮尾登美子先生 教員として最初の赴任地)


水の色は、エメラルドグリーン

安居渓谷出発(復路)

飛龍の滝

みかえりの滝(紅葉になると最高)
土佐学研究の一つとして、私は土佐の「お茶」について俯瞰的・総合的に研究する予定である(土佐の中山間研究)。
植木枝盛
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/uekierori2.htm
その「お茶」であるが、昔から土佐のお茶は最高の品質であった。特に、仁淀川町(旧仁淀村、吾川村、池川町)のお茶は最高である。昔から、原料は静岡に送られて、静岡茶ブランドで世の中に出ている。仁淀川町のお茶が素晴らしい理由は、昼と夜との寒暖差が大きく、仁淀川から上る霧がお茶の栽培(品質)に適しているのだと思う。しかし、急峻な地形に植えられているお茶は、高齢化が進む町にとっては、維持・管理が難しい状況にもなっている。
私にとって、土佐の中でも大好きなところ(活力のある地域)が、以前にもご紹介した439号線沿い(与作ロード)の村々(町)である(梼原町、仁淀川町、いの町、土佐町、大豊町など)。
先日の日曜日(10月22日)、439ロード沿線にある池川(仁淀川町)で健康ウォークが開催された。仁淀川町教育委員会(生涯学習)の主催である。池川から、四国で最高峰の石鎚山の南方にある安居渓谷まで、片道9.6Km(往復約20km)のウォークである。40人を超える人々が参加し、道中、色々と話しをしながら歩いた。
仁淀川町
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/
昔、ローマの町を10Kmほど歩いたことはあるが、10Kmを超えるウォーキングは、今まで経験したことがなかった。愛媛大学にいた時、一度、伊予から土佐まで(約130Km)、旧土佐街道を徒歩で帰ってみたいという思いはあったが、この街道は途中リタイヤした場合、戻る手段がなかったので実現しなかった。
高松-高知(約130Km)だと、国道32号線を平行してJR(土讃線)が走っているので、途中リタイヤしても、最寄り駅から戻ることが可能であるが、土佐街道-伊予街道には代替手段がない。
今回は、初めての10Km越えウォークであったが、何とか無事、往復歩ききった。安居渓谷の展望台まで登ったので、21Km以上は歩いた。往路は3時間弱だったが、復路はもう少し時間がかかった。午前8時半に池川を出発し、11時過ぎに安居渓谷に到着、午後1時に安居渓谷を出発して池川には午後4時半に到着した。
足の疲れは2日程度で治ったが(筋肉痛はなかったが)、やはり膝の関節部に違和感が残っている。足の指(裏)にも大きな豆が2つできたが、痛みはない(靴擦れであるが、つぶれなかった)。
池川に戻り、いな垣旅館さんで宿泊し、午後5時から教育委員会の方々と反省会を行った。しかし、静かな山間の旅館で、素晴らしい料理を食べながらお酒をのみ、議論するのは最高である。池川は、不思議なほど、スナックなどが多いが、流石に二次会では居眠りをしてしまった。その後、川のせせらぎを聞きながら、夜は静かに眠ることができた。
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/tomaru04.php#04
来月、11月12日には、今度は安居渓谷の上流部から筒上山までの登山を計画している。
http://park2.wakwak.com/~ehimenoyama/gaido/isizuti/tutujyou/tutujyou.htm
http://www8.plala.or.jp/nonbirisan/new_page_99018.htm
筒上山から石鎚山の麓、土小屋の方に向かう予定であるが、さて、どうなることか。
今度は登山である。膝がもつかどうかが心配である。
前日(11月11日)は「しもなの郷」で、東京や徳島や高知など各地から色々なが集まって、井戸端会議(バーベキューなど)を開催する予定である。燃料(アルコール)を補給して翌日に備えようと思う。
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/nagameru04.php#02
地域を本当に理解するには、歩くのが一番である。歩きながら、色々なものを眺めてみる。普段、自動車で走っていては見えないものが、見えてくる。地域の色々な資源も見えてくる。そして、地域に暮らしている人々の表情、家々の表情、自然の表情から、地域の本当の姿が見えてくる。
安居川であるが、不思議なぐらいエメラルドグリーン色をしている。水は非常に透き通っているが、深い緑色の水である。多分、水に溶け込んでいる金属イオンの影響(光のスペクトルが変わる)だと思う。安居渓谷まで行って河原でご飯を食べているときに、ふと見ると、コークスのような、鉄のかたまりのような、ネズミ色から黒っぽい石があるのに気づいた。土地の人に尋ねてみると、昔、銅がとれて精錬していたそうである。
やはり、水の色は金属イオンの色なのか。しかし、美しいエメラルドグリーンの川である。
歩くことは、考えることである。
歩きながら考えるのは素晴らしい。
昔は、回廊を歩きながら哲学の議論をしていたのであるが、これからの地域づくりは、地域を歩きながら議論するのも良いと思う。机の上だけ議論していても始まらない。
便利な時代ではあるが、車で視察するだけでは見えないものもあると感じる。
歩け、歩け、みーんな、歩け。
自分の足で歩け。
地域づくりは、自分の足で!
来月、中旬以降は素晴らしい紅葉になるだろう。
仁淀川町、大野教育長 挨拶

仁淀川町、西森さん(生涯学習担当)コース説明(注意)

池川をスタート(まだ元気)

途中、川の中の大岩の上に神さまが

旧安居小学校(宮尾登美子先生 教員として最初の赴任地)


水の色は、エメラルドグリーン

安居渓谷出発(復路)

飛龍の滝

みかえりの滝(紅葉になると最高)
2006年10月20日
しずむ夕日でまちづくり
しずむ夕日が立ちどまるまち、双海町
「しずむ夕日が立ちどまるまち」。双海町は松山から西へ25キロ、伊予灘に面した農業と漁業が主産業の町で、夕日の美しいまちとして知られ、初秋には日本で一番海に近いJR下灘駅で開催される「夕焼けプラットホームコンサート」に内外から多くの参加者を集めている。町には、すぐ海、すぐ山の魅力を生かした交流の拠点として「ふたみ潮風ふれあい公園」と「ふたみシーサイド公園」があり、美しい夕日を資源に周辺のソフトの充実を図り、地域の活性化を実現している。
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_a3/5_houkoku/040408a/genki/futami.htm
http://irc.iyobank.co.jp/topics/close-up/no042.htm
「しずむ夕日」を資源に、町をブランド化するとは、凄いことである。
ブランド化は、単品でおこなうのではなく、町(地域)、資源(商品)、そして人(人材)を一体としてブランド化する必要がある。
先週の金曜日、ちょうど一週間前になるが、双海町から「しずむ夕日」で町をブランド化した元双海町教育長の若松進一さんにお越しいただき、高知大学「秋の公開講座」で講義をいただいた。若松さんは、観光カリスマでもある。現在は、地域おこしと人材育成のために「人間牧場主」として全国を飛び回っている。人間牧場とは、人間(人材を)育成する空間である。
http://www.yuuhi.jp/
http://kumanichi.com/tokushu/ningen/kiji/20060714.html
地域づくりは、やはり時間がかかることだと思う。しかし、少しずつでも始めなければ、夢は実現できない。地域を美しくするには、まず地域に花を植えたり、掃除をしたりすることから始めなければならない。地域に住む一人一人が自分たちの暮らしている地域のことを考え、誇れなければ、地域は輝かない。時間がかかるが、コツコツと取り組まなければならない。
文化とは、「人間がよりよく生きる為に形成されたもの」と若松さんは言う。よりよく生きる、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)を実現するために、常に地域(まち)を考えることが重要である。文化を守ると同時に、文化をつくることも重要である。
感動の法則、不快感の法則:
感動は70人に伝わるが、不快感は210人に伝わるそうである。
潜在能力を顕在化させる:
氷は水面から出ている部分を1とすると、水面下にあるのは6である。地域も、人もそうである。如何に、潜在能力を顕在化させるかを考える必要がある。どのような方法で。やはり、地域には燃える人が必要。知恵を行動力に変えることも重要である。
見ることは考えることである
考えることは構想することである。
構想したら構築することである(実践)。
そうすれば、再度、見る力、考える力が出来てくる。
見て、聞いて、読んで、そして自分自身で語れることが重要である。
地域を語れることが重要である。
喋る訓練、書く訓練、実践が若者には重要である。
今夜は、内子町の森本さんの講義である。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/kenkyu/ziritsu.html
今夜は、講義が終わってから我が家の庭で、あったかい鍋をつつきながら森本さんと語り合いたいと考えている。
若松進一さんの講義風景
「しずむ夕日が立ちどまるまち」。双海町は松山から西へ25キロ、伊予灘に面した農業と漁業が主産業の町で、夕日の美しいまちとして知られ、初秋には日本で一番海に近いJR下灘駅で開催される「夕焼けプラットホームコンサート」に内外から多くの参加者を集めている。町には、すぐ海、すぐ山の魅力を生かした交流の拠点として「ふたみ潮風ふれあい公園」と「ふたみシーサイド公園」があり、美しい夕日を資源に周辺のソフトの充実を図り、地域の活性化を実現している。
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_a3/5_houkoku/040408a/genki/futami.htm
http://irc.iyobank.co.jp/topics/close-up/no042.htm
「しずむ夕日」を資源に、町をブランド化するとは、凄いことである。
ブランド化は、単品でおこなうのではなく、町(地域)、資源(商品)、そして人(人材)を一体としてブランド化する必要がある。
先週の金曜日、ちょうど一週間前になるが、双海町から「しずむ夕日」で町をブランド化した元双海町教育長の若松進一さんにお越しいただき、高知大学「秋の公開講座」で講義をいただいた。若松さんは、観光カリスマでもある。現在は、地域おこしと人材育成のために「人間牧場主」として全国を飛び回っている。人間牧場とは、人間(人材を)育成する空間である。
http://www.yuuhi.jp/
http://kumanichi.com/tokushu/ningen/kiji/20060714.html
地域づくりは、やはり時間がかかることだと思う。しかし、少しずつでも始めなければ、夢は実現できない。地域を美しくするには、まず地域に花を植えたり、掃除をしたりすることから始めなければならない。地域に住む一人一人が自分たちの暮らしている地域のことを考え、誇れなければ、地域は輝かない。時間がかかるが、コツコツと取り組まなければならない。
文化とは、「人間がよりよく生きる為に形成されたもの」と若松さんは言う。よりよく生きる、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)を実現するために、常に地域(まち)を考えることが重要である。文化を守ると同時に、文化をつくることも重要である。
感動の法則、不快感の法則:
感動は70人に伝わるが、不快感は210人に伝わるそうである。
潜在能力を顕在化させる:
氷は水面から出ている部分を1とすると、水面下にあるのは6である。地域も、人もそうである。如何に、潜在能力を顕在化させるかを考える必要がある。どのような方法で。やはり、地域には燃える人が必要。知恵を行動力に変えることも重要である。
見ることは考えることである
考えることは構想することである。
構想したら構築することである(実践)。
そうすれば、再度、見る力、考える力が出来てくる。
見て、聞いて、読んで、そして自分自身で語れることが重要である。
地域を語れることが重要である。
喋る訓練、書く訓練、実践が若者には重要である。
今夜は、内子町の森本さんの講義である。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/kenkyu/ziritsu.html
今夜は、講義が終わってから我が家の庭で、あったかい鍋をつつきながら森本さんと語り合いたいと考えている。
若松進一さんの講義風景
2006年10月17日
ロマン派ピアニズムの世界
昨夜は、秋の夜長に音楽の講義・演奏でリフレッシュしました。
しかし、今年の秋は、まだまだ暑い土佐の高知です(異常に暑い)。
10月から、秋の公開講座がスタートし、ほぼ毎日、午後9時頃まで講義に参加しています。
秋といえば、文化・芸術・そして音楽、やはり秋の夜長には音楽が一番だと思います。
昨夜から、「ロマン派ピアニズムの世界」という、高知大学教育学部の宮田信司先生による講義が始まりました。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/naiyou.html#05
素晴らしい講義です。
講義風景


チェンバロやピアノの構造を紹介し(実際に楽器の中を見て)、そして楽器の変遷、曲との関係、作曲家の思想などの講義の合間に、ピアノやチェンバロの演奏も聴くことができ、素晴らしい公開講座になっています。
ピアノにペダルができることによって、音楽は飛躍的に表現力ができたようです。
公開講座もそうですが、色々な取り組みを成功させる為には、「気を送るしくみ」「気を育てる仕組み」が重要です。要は、「気」を発信する人の存在です。しかし、色々な取り組みは、単にイベント的に行われ、終わると一気に心が冷める(気が消える)ことが多いと感じます。事務運営(組織)も、仕事として行っている以上、自分事ではなく、他人事になることが多いのではと思います。とにかく、事務的に、問題が生じず、単に遂行できればそれでいいという気持ちです。しかし、これでは成功しないでしょう。
現在、公開講座の運営事務局として講義に参加していますが、最初に受講生と講師の心を繋ぐことができれば、あとはどんどん発展していきます。受講生の気持ちを、的確に講師に伝えてあげることが必要です。従来の事務局は(今でもそうですが)、何事も事務的におこない、とにかく動けば(開催すれば)良い、ということだけで物事を進めてきていたと思います。開催したという実績、何人参加したという数値、これだけが重要で、開催の意義や効果(地域に活力が出たか)など、抽象的な指標は評価されていなかったように思います。誰も評価できない指標での評価は出来ない、、と。
何事も、構想したことは成功させることができると思います。
成功させる為には、やはり常に気にかけることが重要ではないかと思います。
15日の討論の内容を、土佐学協会理事長の竹村昭彦さんがブログで紹介して下さいました。
老舗日本酒蔵元「司牡丹」社長が語る裏バナシblog 「口は幸せのもと!」
土佐学協会発会集会、パネル討論(土佐学に期待すること)の内容
http://blog.livedoor.jp/tsukasabotan/
しかし、今年の秋は、まだまだ暑い土佐の高知です(異常に暑い)。
10月から、秋の公開講座がスタートし、ほぼ毎日、午後9時頃まで講義に参加しています。
秋といえば、文化・芸術・そして音楽、やはり秋の夜長には音楽が一番だと思います。
昨夜から、「ロマン派ピアニズムの世界」という、高知大学教育学部の宮田信司先生による講義が始まりました。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/naiyou.html#05
素晴らしい講義です。
講義風景


チェンバロやピアノの構造を紹介し(実際に楽器の中を見て)、そして楽器の変遷、曲との関係、作曲家の思想などの講義の合間に、ピアノやチェンバロの演奏も聴くことができ、素晴らしい公開講座になっています。
ピアノにペダルができることによって、音楽は飛躍的に表現力ができたようです。
公開講座もそうですが、色々な取り組みを成功させる為には、「気を送るしくみ」「気を育てる仕組み」が重要です。要は、「気」を発信する人の存在です。しかし、色々な取り組みは、単にイベント的に行われ、終わると一気に心が冷める(気が消える)ことが多いと感じます。事務運営(組織)も、仕事として行っている以上、自分事ではなく、他人事になることが多いのではと思います。とにかく、事務的に、問題が生じず、単に遂行できればそれでいいという気持ちです。しかし、これでは成功しないでしょう。
現在、公開講座の運営事務局として講義に参加していますが、最初に受講生と講師の心を繋ぐことができれば、あとはどんどん発展していきます。受講生の気持ちを、的確に講師に伝えてあげることが必要です。従来の事務局は(今でもそうですが)、何事も事務的におこない、とにかく動けば(開催すれば)良い、ということだけで物事を進めてきていたと思います。開催したという実績、何人参加したという数値、これだけが重要で、開催の意義や効果(地域に活力が出たか)など、抽象的な指標は評価されていなかったように思います。誰も評価できない指標での評価は出来ない、、と。
何事も、構想したことは成功させることができると思います。
成功させる為には、やはり常に気にかけることが重要ではないかと思います。
15日の討論の内容を、土佐学協会理事長の竹村昭彦さんがブログで紹介して下さいました。
老舗日本酒蔵元「司牡丹」社長が語る裏バナシblog 「口は幸せのもと!」
土佐学協会発会集会、パネル討論(土佐学に期待すること)の内容
http://blog.livedoor.jp/tsukasabotan/
2006年10月16日
土佐学協会発会集会
10月15日、土佐学協会が発足した。
従来の「学会」という組織を超えて、土佐に暮らしている人々がみんなで郷土を学ぶために、あえて学会とはせずに「協会」とした。地域の活力は、そこに暮らしている人々が自ら地域を理解し、誇れる(語れる)ことが重要である。単に「知る」ことを通り過ぎて、「語れる」こと(知識を智恵に変えること)が重要となる。
土佐学協会の目標は、土佐のアイデンティティーを再確認し、それらを次世代に繋ぐ仕組みをつくることである。
昨日(15日)は、午後2時より発会集会がおこなわれた。
70名を超える人々が参加し、土佐学のあり方(土佐学に求めるもの)を議論した。
午後6時からは、市内中心部にある「ひろめ市場」で交流会も開催された。
ひろめ市場
http://www.hirome.co.jp/
http://www.hirome.co.jp/kannav/navzu.htm
高知新聞(10月16日)
http://www.kochinews.co.jp/0610/061016headline07.htm#shimen7
これから、具体的な研究をスタートさせる。
今年のテーマは、お酒、お茶、絶滅危惧文化・産業である。
私は、お茶を俯瞰的・総合的に研究する予定である。
土佐学協会役員名簿
役職 氏名 所属団体
顧問 入交 太二郎 高知商工会議所会頭
顧問 橋井 昭六 高知新聞社相談役
顧問 吉村 浩二 金高堂書店社長
顧問 松﨑 淳子 高知女子大学名誉教授
顧問 森岡 和子 高知女子大学保育短期大学部名誉教授
会長 中内 光昭 高知大学元学長
副会長 坂本 正夫 県立歴史民俗資料館前館長
副会長 成田 十次郎 高知学園理事長
監事 濵田 康 日本蝶類学会副会長
監事 佐藤 恵里 高知女子大学文化学部教授
理事長 竹村 昭彦 司牡丹酒造株式会社代表取締役社長
副理事長 坂本 世津夫 高知大学国際・地域連携センター教授
副理事長 広末 幸彦 協同組合帯屋町筋理事長
理事 大野 加惠 有限会社生活創造工房代表取締役
理事 柿内 光彦 高知情報ビジネス専門学校教諭
理事 清原 泰治 高知女子大学文化学部助教授
理事 寺峰 孜 高知学園短期大学生活科学学科助教授
理事 藤本 正孝 株式会社城西館代表取締役社長
理事 松本 秀正 高知県経営者協会参与
理事 水谷 利亮 高知短期大学社会科学科助教授
理事 宮川 敏彦 農山村文化研究家
事務局長 柿内 光彦 高知情報ビジネス専門学校教諭
理事長になられた、竹村昭彦さん(司牡丹酒造株式会社代表取締役社長)のブログ
http://blog.livedoor.jp/tsukasabotan/
土佐学協会をご紹介する、成田十次郎先生

中内光昭先生のご挨拶(会長挨拶)

会場の様子(参加者)

ディスカション(土佐学に期待する)

第一回理事会(理事の面々)
従来の「学会」という組織を超えて、土佐に暮らしている人々がみんなで郷土を学ぶために、あえて学会とはせずに「協会」とした。地域の活力は、そこに暮らしている人々が自ら地域を理解し、誇れる(語れる)ことが重要である。単に「知る」ことを通り過ぎて、「語れる」こと(知識を智恵に変えること)が重要となる。
土佐学協会の目標は、土佐のアイデンティティーを再確認し、それらを次世代に繋ぐ仕組みをつくることである。
昨日(15日)は、午後2時より発会集会がおこなわれた。
70名を超える人々が参加し、土佐学のあり方(土佐学に求めるもの)を議論した。
午後6時からは、市内中心部にある「ひろめ市場」で交流会も開催された。
ひろめ市場
http://www.hirome.co.jp/
http://www.hirome.co.jp/kannav/navzu.htm
高知新聞(10月16日)
http://www.kochinews.co.jp/0610/061016headline07.htm#shimen7
これから、具体的な研究をスタートさせる。
今年のテーマは、お酒、お茶、絶滅危惧文化・産業である。
私は、お茶を俯瞰的・総合的に研究する予定である。
土佐学協会役員名簿
役職 氏名 所属団体
顧問 入交 太二郎 高知商工会議所会頭
顧問 橋井 昭六 高知新聞社相談役
顧問 吉村 浩二 金高堂書店社長
顧問 松﨑 淳子 高知女子大学名誉教授
顧問 森岡 和子 高知女子大学保育短期大学部名誉教授
会長 中内 光昭 高知大学元学長
副会長 坂本 正夫 県立歴史民俗資料館前館長
副会長 成田 十次郎 高知学園理事長
監事 濵田 康 日本蝶類学会副会長
監事 佐藤 恵里 高知女子大学文化学部教授
理事長 竹村 昭彦 司牡丹酒造株式会社代表取締役社長
副理事長 坂本 世津夫 高知大学国際・地域連携センター教授
副理事長 広末 幸彦 協同組合帯屋町筋理事長
理事 大野 加惠 有限会社生活創造工房代表取締役
理事 柿内 光彦 高知情報ビジネス専門学校教諭
理事 清原 泰治 高知女子大学文化学部助教授
理事 寺峰 孜 高知学園短期大学生活科学学科助教授
理事 藤本 正孝 株式会社城西館代表取締役社長
理事 松本 秀正 高知県経営者協会参与
理事 水谷 利亮 高知短期大学社会科学科助教授
理事 宮川 敏彦 農山村文化研究家
事務局長 柿内 光彦 高知情報ビジネス専門学校教諭
理事長になられた、竹村昭彦さん(司牡丹酒造株式会社代表取締役社長)のブログ
http://blog.livedoor.jp/tsukasabotan/
土佐学協会をご紹介する、成田十次郎先生

中内光昭先生のご挨拶(会長挨拶)

会場の様子(参加者)

ディスカション(土佐学に期待する)

第一回理事会(理事の面々)
2006年10月11日
土佐学・・ 新たな挑戦!
いま、日本のさまざまな地域において、「地域学研究」が非常にたくさん立ち上がってきている。各地域においては、それぞれに新たな地域づくりが求められており、その前提として、地域のアイデンティティーを再確認する作業を始めている。
新たな地域づくりは、地域に暮らしている人々が全員で「地域」を理解することから始めなければならない。理解するとは、単に知ることではなく、自ら語れることが重要である。地域を「語れる」ことが重要となる。「知る」ことと「語れること」の間には大きな違いがある。従来の学問は、単に知ることに主眼が置かれていたが、地域をまるごと活性化させる為には、地域に暮らしている人々が全員で地域を語れることが重要となる。いま、その為の仕組みを作り上げなければならない。
現在、地域学である「土佐学」を俯瞰的学問として再構築する作業を開始している。テーマの体系化や、地域学の方法論的モデル(俯瞰的アプローチ)の検討なども行われている。具体的には、地域資源(産業資源、文化資源、人的資源=人材、歴史、自然・社会環境等)を再認識することにより、地域のアイデンティティーを確認し、地域を誇れること、地域を説明できる(語れる)能力をつけたいと考えている。
平成18年10月15日には、土佐学協会という新たな組織を立ち上げ、本格的な研究をスタートさせる予定である。研究成果の活用として、年報発行や公開講座の開催等が考えられるが、従来の大学の講座方式ではなく「土佐学らしい方法」での展開を考えている。地域の大学や研究者が連携して、新たな学問構築がなされようとしている。
土佐に住む私たちが、この土佐で喜びと希望を持って力強く生きていくためには、そのような人を育てる「新しい学問」があって、それを小さいときからしっかり学び、身につけていることが大切である。そこで我々は、すでにつくられ、存在する貴重な知や技をまとめるとともに、新しい知や技を発掘・創造し、さらにそれらを人々に伝えていく方策を求めいこうとしている。
「土佐学」とは、土佐で生活する人々、土佐を愛する人々に喜び・希望・活力を与える知や技のまとまりである。土佐学では、これまでのような分析的で細分化された専門家のための学問ではなくて、総合的で俯瞰的(第17・18期日本学術会議吉川会長提案)で、私たちの生活に身近で、誰にでも理解されるような性格を持つことが望まれている。
そこで、まず土佐を代表する産業や文化、人や環境等をとりあげ、勉強を始めたいと考えている。
●土佐学協会発会集会へのご案内
日時:平成18年10月15日(日曜) 14時00分 ~ 16時30分
場所:高知学園短期大学5号館3F 530教室
集会内容
第1部 土佐学協会のご紹介
第2部 講演
竹村昭彦氏(司牡丹酒造社長)「俯瞰的学問としての”土佐酒学”のイメージ」
第3部 土佐学に期待する
司会:成田十次郎氏(高知学園理事長)
発表者
1.橋井昭六氏(高知新聞社相談役)
2.鈴木堯士氏(高知大学名誉教授)
3.坂本世津夫氏(高知大学教授)
4.宮川敏彦氏(農山村文化研究家)
発起人
入交太二郎(入交グループ本社株式会社会長)
中内光昭(高知大学元学長)
橋井昭六(高知新聞社相談役)
吉村浩二(金高堂社長,土佐女子学園理事長)
坂本正夫(県立歴史民俗資料館前館長)
成田十次郎(高知学園 理事長)
朝日新聞記事(2006年10月11日付け)
「土佐学親しんで 先人の知・技を調査研究」
http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000000610110003
坂本龍馬
新たな地域づくりは、地域に暮らしている人々が全員で「地域」を理解することから始めなければならない。理解するとは、単に知ることではなく、自ら語れることが重要である。地域を「語れる」ことが重要となる。「知る」ことと「語れること」の間には大きな違いがある。従来の学問は、単に知ることに主眼が置かれていたが、地域をまるごと活性化させる為には、地域に暮らしている人々が全員で地域を語れることが重要となる。いま、その為の仕組みを作り上げなければならない。
現在、地域学である「土佐学」を俯瞰的学問として再構築する作業を開始している。テーマの体系化や、地域学の方法論的モデル(俯瞰的アプローチ)の検討なども行われている。具体的には、地域資源(産業資源、文化資源、人的資源=人材、歴史、自然・社会環境等)を再認識することにより、地域のアイデンティティーを確認し、地域を誇れること、地域を説明できる(語れる)能力をつけたいと考えている。
平成18年10月15日には、土佐学協会という新たな組織を立ち上げ、本格的な研究をスタートさせる予定である。研究成果の活用として、年報発行や公開講座の開催等が考えられるが、従来の大学の講座方式ではなく「土佐学らしい方法」での展開を考えている。地域の大学や研究者が連携して、新たな学問構築がなされようとしている。
土佐に住む私たちが、この土佐で喜びと希望を持って力強く生きていくためには、そのような人を育てる「新しい学問」があって、それを小さいときからしっかり学び、身につけていることが大切である。そこで我々は、すでにつくられ、存在する貴重な知や技をまとめるとともに、新しい知や技を発掘・創造し、さらにそれらを人々に伝えていく方策を求めいこうとしている。
「土佐学」とは、土佐で生活する人々、土佐を愛する人々に喜び・希望・活力を与える知や技のまとまりである。土佐学では、これまでのような分析的で細分化された専門家のための学問ではなくて、総合的で俯瞰的(第17・18期日本学術会議吉川会長提案)で、私たちの生活に身近で、誰にでも理解されるような性格を持つことが望まれている。
そこで、まず土佐を代表する産業や文化、人や環境等をとりあげ、勉強を始めたいと考えている。
●土佐学協会発会集会へのご案内
日時:平成18年10月15日(日曜) 14時00分 ~ 16時30分
場所:高知学園短期大学5号館3F 530教室
集会内容
第1部 土佐学協会のご紹介
第2部 講演
竹村昭彦氏(司牡丹酒造社長)「俯瞰的学問としての”土佐酒学”のイメージ」
第3部 土佐学に期待する
司会:成田十次郎氏(高知学園理事長)
発表者
1.橋井昭六氏(高知新聞社相談役)
2.鈴木堯士氏(高知大学名誉教授)
3.坂本世津夫氏(高知大学教授)
4.宮川敏彦氏(農山村文化研究家)
発起人
入交太二郎(入交グループ本社株式会社会長)
中内光昭(高知大学元学長)
橋井昭六(高知新聞社相談役)
吉村浩二(金高堂社長,土佐女子学園理事長)
坂本正夫(県立歴史民俗資料館前館長)
成田十次郎(高知学園 理事長)
朝日新聞記事(2006年10月11日付け)
「土佐学親しんで 先人の知・技を調査研究」
http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000000610110003
坂本龍馬
2006年10月06日
カプリ島
南イタリア、ナポリから船で1時間、東にポンペイ遺跡で有名なヴェスビオ火山を見ながら、青の洞窟で有名なカプリ島に到着する。この島は、ローマ時代から皇帝などの別荘地として栄え、革でできたサンダルなども、多分、皇帝などの履き物(リゾート用の)として職人が作ってきたものだと思う。サンダルと言っても、馬鹿にできない。普通のブランドもの革靴よりも高価である。またレモンが栽培されて、それから作るお酒であるレモンチェロは非常に有名である。美味しい、大好きなお酒である。瀬戸内海に浮かぶ岩城島でも、レモンが栽培され、レモンチェを考えている人もいる。
http://www.ehime-iinet.or.jp/iwagi/
カプリ島の山頂付近には世界的に有名なブテックやショップが建ち並んでいる。
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/shopping.html
ヨーロッパに行って感じるのだが、インターネットを使った情報発信も非常に上手である。デザインも素晴らしいし、画面もゴタゴタしていなく清楚である。
360度ビューを使って雰囲気を見せようとしてる。
カプリ島
http://www.capri.net/
360度ビュー
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/360.html
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/what_to_see.html
カプリからナポリに帰る船で、途中、凄まじい雷鳴がとどろき、海は荒れ狂って停船する。夕暮れ近く、真っ黒な雲と、稲光、そして船を呑み込まんばかりの波である。30分以上、悪天候が続いたが、やっと西から光が差してきて、海も見る見る穏やかになり、無事、ナポリの港に戻りついた。東と西の神々に感謝。
青の洞窟も中に入るには、天候がよくラッキーでなければ入ることができない。しかし、これまた、その瞬間だけ海が穏やかになり、入ることが出来た。幻想的な青であった。青白い青。カプリの海は、海水の成分がかなり違うのか、そして石灰岩のせいか、不思議な色の濃紺である。
海士町も静かなリゾート地になればと思う。
青の洞窟
http://www.ehime-iinet.or.jp/iwagi/
カプリ島の山頂付近には世界的に有名なブテックやショップが建ち並んでいる。
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/shopping.html
ヨーロッパに行って感じるのだが、インターネットを使った情報発信も非常に上手である。デザインも素晴らしいし、画面もゴタゴタしていなく清楚である。
360度ビューを使って雰囲気を見せようとしてる。
カプリ島
http://www.capri.net/
360度ビュー
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/360.html
http://www.capri.net/salsa/lang/en/page/what_to_see.html
カプリからナポリに帰る船で、途中、凄まじい雷鳴がとどろき、海は荒れ狂って停船する。夕暮れ近く、真っ黒な雲と、稲光、そして船を呑み込まんばかりの波である。30分以上、悪天候が続いたが、やっと西から光が差してきて、海も見る見る穏やかになり、無事、ナポリの港に戻りついた。東と西の神々に感謝。
青の洞窟も中に入るには、天候がよくラッキーでなければ入ることができない。しかし、これまた、その瞬間だけ海が穏やかになり、入ることが出来た。幻想的な青であった。青白い青。カプリの海は、海水の成分がかなり違うのか、そして石灰岩のせいか、不思議な色の濃紺である。
海士町も静かなリゾート地になればと思う。
青の洞窟
2006年10月04日
てんくろう学
10月から高知大学「秋の公開講座」が始まり、ほぼ毎晩7時から8時30分まで講義に立ち会い、後かたづけをして帰宅すると午後10時前という日々が始まった。朝はいつもどおり8時30分には大学に出ていっているので、十数時間は大学にいることになる。大学から帰り、研究したり読書をしたりの毎日である。唯一、夜中だけが自由な時間かもしれない。
公開講座の風景

秋の公開講座
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06aki.html
昨夜は、金融関係の講座であったが、その前に(お昼に)、6日から開催される「てんくろう学」の会場を確認に行ってきた。場所は、高知市内の中心部、帯屋町通りと大橋通りが交差するところにあり、最近「まちの駅」としてリニューアルした場所である。
http://machieki.jp/
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_b1/shougyou/3_event/060801/machinoeki.htm
ここ(大橋通り)は、高知の台所であり、昔は買い物客で賑わっていた場所であるが、最近では郊外に大きなショッピングセンター、スーパーなどが出来て、それと同時に人々の生活スタイル、食事の内容も変化し、従来の(伝統の)日本的なものを販売している個人商店への客足は遠のいているのが現状である。
大橋通りの風景

しかし、やはり土佐の風土にあった食事、ライフスタイルを再度とりもどしたいと考えている。そこで、町の中心地にある、この「まちの駅」を利用させていただいて、これから公開講座や研究会などを立ち上げ、まちづくり、人づくりの議論をし、実践していきたいと考えている。
そこで、6日より「てんくろう学」が高知大学「秋の公開講座」として始まるのである。
「てんくろう学」~何故、高知酵母は宇宙へ旅立ったのか?~
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/naiyou.html#10
土佐では、2005年10月、ロシア・ソユーズロケットによって宇宙に高知酵母を飛び出させた。この酵母をお酒の仕込みに使ったのが「土佐宇宙酒」である。宇宙にロマンをこめて、それを味わいながら、土佐の酒と未来の夢を語ろうというのが、この講座の趣旨である。まさに、天を食らう。
ロケットは再度打ち上げられ、最近はお酒以外のものにも夢は広がっている。
そういう訳で、昨日は、久しぶりに大橋通り商店街に出かけてきた。
今から40年以上前、月に1度か2度、日曜日に高知の町に出かけて買い物をするのが唯一の娯楽であり、楽しみだった。大橋通り商店街では、お店の前は黒だかりの人々で、お魚を買うにも、人をかき分け、店員さんと個人交渉するのが前提だった。気が弱くては何も買うことができない。対戦相手(他の客)が割り込んでくるのである。「もっとまけてよ!」「おまけに、もう1匹いれておいて、お願い」・・「あいよ!」とう具合に、店員さとの駆け引きが楽しかった。それを、両親に手を引かれながら大人達の腰のあたりから眺めていたのを覚えている。活気があり、賑わいがあり、人情があり、「そこの坊や、かわいいね」などと言われ(冗談だろうが)、良い時代だった。大分では「昭和の町」が復活したようだが、高知でも、この昭和的な町が復活しないかと考えている。これは、懐古ではなく、やはりコミュニティには必要なものだと感じている。
買い物が終わり、そして土佐では有名な日曜市(江戸時代から毎週日曜日、それも日の出から日没までという条件で露店が、高知城から東に伸びる追手筋という道路の半分を使用して市がひらかれている)を眺めて(冷やかして)はりまや橋まで戻り、レストラン(昔は昼間からビアホールのような感じだった)で食事をして、バスにのり自宅に帰るのが楽しみだった。バスも満員の人々で、女性の車掌さんがキップを切りに来てくれる。それも路線図が書かれたような紙(千円札より少し小さな感じの紙)に、ハサミを入れてくれる(穴を開ける)。チケットには、乗った場所と、下りる場所に穴があき、よこの料金のところにも穴があき、そして車掌さんにバス代を支払う。やはり、会話、コミュニケーションがあった。
このコミュニケーション(会話・対話)を再度取り戻したいと考えている。
公開講座も、対話を多くした講座を開催したいと考えている。
昨日は、大橋通りで酒盗を販売している老舗の「福辰さん」にも立ち寄った。
土佐と言えば、やはりカツオ。その内臓で作る酒盗は、最高の珍味である。ついついお酒を盗み呑みしたくなるような食材である。今度、日本政策投資銀行主催のトークで、福辰の眞鍋さんとご一緒させていただくが、LOHASについても考え、実践していきたいと考えている。
昨日は、福辰の眞鍋専務さんから、酒盗をプレゼントされた。有り難い、感謝。
早速、土佐の地酒で、ちびり・ちびり、こっそりとお酒を賞味したいと考えている。
LOHASで創る高知の魅力
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/koen/061013.html
私は、アルコール度の強いお酒が大好きである。一番好きなのはスペインのヘレス・ブランデーである。シェリーの樽に入れたブランデーで、シェリーの香りがする。ヘレスの白い花と言われ、樽に白いカビのようなものが出来て、これがシェリーの香りになるのである。決してチェリーではない。また、ヘルシンキではオールドウォッカを呑んだが、冷凍されたグラスに、冷凍庫から出てきたウォッカを入れると、琥珀色で水飴のようなとろみがあり、呑むと、ニトログリセリンのようだった(爆発!)。踊りたくなるような気分(ロシア民謡で)。アルコール度数90度である。胃が焼けるようだったが、マイナス20度の世界から戻ってきたばかり(オーロラの撮影で野宿をして)だったので、生き返るような感じがした。
あと、カプリ島のレモンチェロも甘くて大好きなお酒である。最近では、ポルトガルのポートワインにはまっている。それと、病院のクレゾール液のような臭いがするスコッチも、これも良いですね。。吉田さん。
公開講座の風景

秋の公開講座
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06aki.html
昨夜は、金融関係の講座であったが、その前に(お昼に)、6日から開催される「てんくろう学」の会場を確認に行ってきた。場所は、高知市内の中心部、帯屋町通りと大橋通りが交差するところにあり、最近「まちの駅」としてリニューアルした場所である。
http://machieki.jp/
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_b1/shougyou/3_event/060801/machinoeki.htm
ここ(大橋通り)は、高知の台所であり、昔は買い物客で賑わっていた場所であるが、最近では郊外に大きなショッピングセンター、スーパーなどが出来て、それと同時に人々の生活スタイル、食事の内容も変化し、従来の(伝統の)日本的なものを販売している個人商店への客足は遠のいているのが現状である。
大橋通りの風景

しかし、やはり土佐の風土にあった食事、ライフスタイルを再度とりもどしたいと考えている。そこで、町の中心地にある、この「まちの駅」を利用させていただいて、これから公開講座や研究会などを立ち上げ、まちづくり、人づくりの議論をし、実践していきたいと考えている。
そこで、6日より「てんくろう学」が高知大学「秋の公開講座」として始まるのである。
「てんくろう学」~何故、高知酵母は宇宙へ旅立ったのか?~
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/naiyou.html#10
土佐では、2005年10月、ロシア・ソユーズロケットによって宇宙に高知酵母を飛び出させた。この酵母をお酒の仕込みに使ったのが「土佐宇宙酒」である。宇宙にロマンをこめて、それを味わいながら、土佐の酒と未来の夢を語ろうというのが、この講座の趣旨である。まさに、天を食らう。
ロケットは再度打ち上げられ、最近はお酒以外のものにも夢は広がっている。
そういう訳で、昨日は、久しぶりに大橋通り商店街に出かけてきた。
今から40年以上前、月に1度か2度、日曜日に高知の町に出かけて買い物をするのが唯一の娯楽であり、楽しみだった。大橋通り商店街では、お店の前は黒だかりの人々で、お魚を買うにも、人をかき分け、店員さんと個人交渉するのが前提だった。気が弱くては何も買うことができない。対戦相手(他の客)が割り込んでくるのである。「もっとまけてよ!」「おまけに、もう1匹いれておいて、お願い」・・「あいよ!」とう具合に、店員さとの駆け引きが楽しかった。それを、両親に手を引かれながら大人達の腰のあたりから眺めていたのを覚えている。活気があり、賑わいがあり、人情があり、「そこの坊や、かわいいね」などと言われ(冗談だろうが)、良い時代だった。大分では「昭和の町」が復活したようだが、高知でも、この昭和的な町が復活しないかと考えている。これは、懐古ではなく、やはりコミュニティには必要なものだと感じている。
買い物が終わり、そして土佐では有名な日曜市(江戸時代から毎週日曜日、それも日の出から日没までという条件で露店が、高知城から東に伸びる追手筋という道路の半分を使用して市がひらかれている)を眺めて(冷やかして)はりまや橋まで戻り、レストラン(昔は昼間からビアホールのような感じだった)で食事をして、バスにのり自宅に帰るのが楽しみだった。バスも満員の人々で、女性の車掌さんがキップを切りに来てくれる。それも路線図が書かれたような紙(千円札より少し小さな感じの紙)に、ハサミを入れてくれる(穴を開ける)。チケットには、乗った場所と、下りる場所に穴があき、よこの料金のところにも穴があき、そして車掌さんにバス代を支払う。やはり、会話、コミュニケーションがあった。
このコミュニケーション(会話・対話)を再度取り戻したいと考えている。
公開講座も、対話を多くした講座を開催したいと考えている。
昨日は、大橋通りで酒盗を販売している老舗の「福辰さん」にも立ち寄った。
土佐と言えば、やはりカツオ。その内臓で作る酒盗は、最高の珍味である。ついついお酒を盗み呑みしたくなるような食材である。今度、日本政策投資銀行主催のトークで、福辰の眞鍋さんとご一緒させていただくが、LOHASについても考え、実践していきたいと考えている。
昨日は、福辰の眞鍋専務さんから、酒盗をプレゼントされた。有り難い、感謝。
早速、土佐の地酒で、ちびり・ちびり、こっそりとお酒を賞味したいと考えている。
LOHASで創る高知の魅力
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/koen/061013.html
私は、アルコール度の強いお酒が大好きである。一番好きなのはスペインのヘレス・ブランデーである。シェリーの樽に入れたブランデーで、シェリーの香りがする。ヘレスの白い花と言われ、樽に白いカビのようなものが出来て、これがシェリーの香りになるのである。決してチェリーではない。また、ヘルシンキではオールドウォッカを呑んだが、冷凍されたグラスに、冷凍庫から出てきたウォッカを入れると、琥珀色で水飴のようなとろみがあり、呑むと、ニトログリセリンのようだった(爆発!)。踊りたくなるような気分(ロシア民謡で)。アルコール度数90度である。胃が焼けるようだったが、マイナス20度の世界から戻ってきたばかり(オーロラの撮影で野宿をして)だったので、生き返るような感じがした。
あと、カプリ島のレモンチェロも甘くて大好きなお酒である。最近では、ポルトガルのポートワインにはまっている。それと、病院のクレゾール液のような臭いがするスコッチも、これも良いですね。。吉田さん。
2006年10月01日
土佐町(高知県)
昨夜は、久しぶりに、四国のど真ん中で、四国の水瓶・早明浦ダム(よく渇水でダム湖の湖底が見えて、ダムに沈んだ役場などがテレビに出るところ)のある土佐町に、泊まり込みで出かけてきました。
本当は2週間前の9月の中旬、海士町から帰ってきた1週間後の日曜日に出かける予定でしたが、台風が襲来し、数百ミリの雨も降るということで延期になっていました(結局は何も被害がなく、隠岐の北側を台風が通過したので隠岐は大変だったでしょうが)。
昨夜は、久しぶりに土佐町の友人宅に泊まり込んで、アメゴや鮎の塩焼き、シシトウやシイタケ、そして嶺北和牛を焼いて、夜遅くまでワイワイ・ガヤガヤ、静かな山村に騒音をまき散らかしてきました。
土佐町は、高知大学の公開講座でも、毎年出前講座を開催しているところで、友人はそこの教育次長です。
公開講座「自然と文化」
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06sizen.html
いつも暮らしている南国市と比べ、土佐町の山間の静けさ、空気が澄み切って冷たい感じは何とも言えません。そして、水(飲み水)もまったく違っていて、自宅は石灰岩が多い関係でかなり独特な水でありますが、土佐町の水は非常に美味しいと感じます。お風呂の入ってもしっとりとして、またコーヒーを入れても、味が違うのです。空気の違い、水の違いは、心をリフレッシュさせます。
今日は、土佐町にあります広末ショッピングセンターで買い物もしましたが、田舎ならではの食材、料理が沢山、それも格安でありまして、やはり田舎は良いなと感じます。海士町も、良いなと感じましたが。
友人の奥さんは、土佐町にあります道の駅「土佐さめうら」に勤めていまして、いま色々な商品開発(巨峰のブドウを使ったものや、地域の食材など)を考えているようです。地域の人たちで、みずから生み出す活動は、地域を活性化させると思います。
土佐町は、昔、林業で栄えた町ですが、最近、また活気が出てきたように感じます。
土佐町は、高知市から1時間程度(高速道路経由で)、岩盤の上にある町ですので、南海大地震がきても大丈夫だと思います。お米も美味しいし、景色も最高です。
こうして、友人たちと会話しながら過ごす時間は、最高ですね。
夕刻、朝には、近くのお寺から鐘の音も聞こえてきて、朝霧が立ちこめていることもあり、何とも言えない静けさの中で目覚めるのは最高です。それと、高度が高い(気圧が低い)ところは、私には良いようです。
是非、みなさんも土佐町へ!
棚田もあるよ!
http://www.town.tosa.kochi.jp/event.htm
土佐町
http://www.town.tosa.kochi.jp/
道の駅「土佐さめうら」
http://www.skr.mlit.go.jp/road/rstation/station/tosasameurab.html
http://www.kochinews.co.jp/michieki/sameura.htm
「星と音楽の夕べ」
日時 2006年10月1日(日)
会場 土佐町農村環境改善センター(土佐郡土佐町田井)
http://www.nro.nao.ac.jp/alma/J/koenkai/061001/index.html
本当は2週間前の9月の中旬、海士町から帰ってきた1週間後の日曜日に出かける予定でしたが、台風が襲来し、数百ミリの雨も降るということで延期になっていました(結局は何も被害がなく、隠岐の北側を台風が通過したので隠岐は大変だったでしょうが)。
昨夜は、久しぶりに土佐町の友人宅に泊まり込んで、アメゴや鮎の塩焼き、シシトウやシイタケ、そして嶺北和牛を焼いて、夜遅くまでワイワイ・ガヤガヤ、静かな山村に騒音をまき散らかしてきました。
土佐町は、高知大学の公開講座でも、毎年出前講座を開催しているところで、友人はそこの教育次長です。
公開講座「自然と文化」
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06sizen.html
いつも暮らしている南国市と比べ、土佐町の山間の静けさ、空気が澄み切って冷たい感じは何とも言えません。そして、水(飲み水)もまったく違っていて、自宅は石灰岩が多い関係でかなり独特な水でありますが、土佐町の水は非常に美味しいと感じます。お風呂の入ってもしっとりとして、またコーヒーを入れても、味が違うのです。空気の違い、水の違いは、心をリフレッシュさせます。
今日は、土佐町にあります広末ショッピングセンターで買い物もしましたが、田舎ならではの食材、料理が沢山、それも格安でありまして、やはり田舎は良いなと感じます。海士町も、良いなと感じましたが。
友人の奥さんは、土佐町にあります道の駅「土佐さめうら」に勤めていまして、いま色々な商品開発(巨峰のブドウを使ったものや、地域の食材など)を考えているようです。地域の人たちで、みずから生み出す活動は、地域を活性化させると思います。
土佐町は、昔、林業で栄えた町ですが、最近、また活気が出てきたように感じます。
土佐町は、高知市から1時間程度(高速道路経由で)、岩盤の上にある町ですので、南海大地震がきても大丈夫だと思います。お米も美味しいし、景色も最高です。
こうして、友人たちと会話しながら過ごす時間は、最高ですね。
夕刻、朝には、近くのお寺から鐘の音も聞こえてきて、朝霧が立ちこめていることもあり、何とも言えない静けさの中で目覚めるのは最高です。それと、高度が高い(気圧が低い)ところは、私には良いようです。
是非、みなさんも土佐町へ!
棚田もあるよ!
http://www.town.tosa.kochi.jp/event.htm
土佐町
http://www.town.tosa.kochi.jp/
道の駅「土佐さめうら」
http://www.skr.mlit.go.jp/road/rstation/station/tosasameurab.html
http://www.kochinews.co.jp/michieki/sameura.htm
「星と音楽の夕べ」
日時 2006年10月1日(日)
会場 土佐町農村環境改善センター(土佐郡土佐町田井)
http://www.nro.nao.ac.jp/alma/J/koenkai/061001/index.html
2006年10月01日
随想2 秋
心は、目に現れる。 柔軟な発想。
心の中から不満が消えた時、世界は輝いて見えてくる。
人間の目を曇らせる最大の原因は、自分自身の心、心の壁である。
心から壁が取り除かれたき、本当の自然が見えてくる。
それは、自然であり、実に自然らしく見えるのである。
自分で行った貴重な省察は、できるだか早く書きとめておくべきである。
ショーペンハウエル『知性につて』岩波文庫 90ページ
同じことを、ゲーテも言っている。エッカーマン『ゲーテとの対話』
「突然、心に浮かぶ想念、事象、すぐにでも書き留めておかないと、まるでそれは「夢」のごとく、数分後には跡形もなく心の中から消えていく。それは、頭の中にあるのではなく、心の中に。」
言葉(文字)だけでなく、絵や音楽も同様である。
昔、シチリアのシラクーザ(シュラクサイ)において、アルキメデスが思いついた数式を路上に書いていたところを、兵隊が通りかかってその数式を踏み付けてしまった。
「俺の思考を中断するな」と言ったアルキメデスは、その場で殺されてしまった。
考える場合も、時と場所を考える必要があるのか。
プラトンなどは、回廊を歩きながら議論し考えた。ストア(柱廊)である。
重力
いつも思うのだが、重力は第三の手だと思う。重力を利用することで、片手でもいろいろなことができる。人間にとって、重力は非常に重要なものであると思う。重みのあるものはすべて、高いところから低いところに移動する。または、重みによってそこに留どまる。もし、重力がなければ混沌である。
「ひとは普段からまったく新しいものを学ぶ心構えができていなければならない」
「まず対象に取り組むべき方法を何度も繰り返し学び直さなければならない」
ウィルトゲンシュタイン
コモンセンスとナンセンス
共通感覚は時代とともに変化するもので不変なものではない。従って、常識も変化するものである。常識を再度問題としてとらえなおすところに、突破口がある。ショウペンハウアーも同様に言っている。常識を疑え!
空間をとらえる
ヨーロッパを旅行していて感じるのは、美術館にいって古い絵画を見たときなど、土地の風景を三次元的に描写したものが結構あることである(鳥瞰図など)。
昔のホテルも、やはり自然を三次元で眺められる場所に建築されるものが多い。志摩にある、日本最初のリゾートホテルも同様である。
やはり自分自身の視点を変えるにも、たまには三次元的な風景が楽しめる場所に出掛ける必要性を感じる。 学問も俯瞰的に。
心
人は、歳をとるにしたがって、身も心も堅くなり、すべてにおいて柔軟さを忘れる。長い年月における経験の積み重ねは、人の心に一定の判断基準を作り上げてしまって、人はその基準から抜けようとしなくなる。なぜ判断基準から抜けることができないのかは、それは「楽」であるからである。楽だから。
心の硬直と、身体の硬直は比例する。心が柔軟であれば、身体も柔軟である。結果として、外見も若く見える。いつまでも柔軟であるためには、心を解き放つ必要がある。心を柔軟に。
視力も同様に、心と比例しているように感じる。
手
手は便利にできている。素手。軍手をはめずに作業をする。切り傷などで一時は傷ついても、すぐに再生する。少しだけの傷なら壊れることはない。でも、農作業を続けているとごわごわの手となる。環境に対応するのである。手を見れば、その人のことはかなり分かるような気がする。
論点
論点は、論じた人にしか、完全には分からない。
何事も、完全には伝えることは不可能である。
論点は、本人でも分からないときがある。
心
心は目に現れる。身体に現れる。心が濁ると、目も濁る。
心が堅くなると、身体も堅くなると。
心が柔軟であると、思考も柔軟である。
目
目は最大の情報発信装置である。それも、発信者の心を丸出しにしている。
人は、目を見ることによって、心を読み解くことができる。
人々の心は目に現れる。目は、直接的には脳と直結していて、二次的に心がコントロールしていると感じる。従って、心がコントロールを忘れている時には、人の本性はダイレクトに目に現れる。目は、正直である。心のコントロールとは関係なしに、目が直接情報を発信するのである。
心を磨き、脳を磨けば目も奇麗になるだろう。
澄んだ目は、澄んだ心から。
会話
言葉の多い会話は好きではない。言葉を重ねるごとに内容は薄くなっていく。いずれは、内容もなくなってしまう。
判断
電話で長話して、その場で判断することを避けよ。
一度電話を切り、お互いに考える時間を設けてから決断せよ。
物事には、落としどころというものがある。
社会は生き物である。有機体でである。単なる構造物ではない。
各施策(部分)は、政策(全体)の有機体であって、単なるパーツ(部品)ではない。関係性が重要である。だれが関係性をチェックできるか。知識、能力、判断力、指導理性。
良いホテル
良いホテルに宿泊すると、いろいろな面で得るものがある。
社交、マナーなどなど。
しかし、日本のホテルのロビーは騒がしすぎる。
大声で喋る人々、マナー関係なく携帯電話で大声で喋る人。
日本人は、周りのことを配慮しない、自己中心的な人々が多い。
もう一度、教育が必要である。
現在の教育では、知識だけの教育で、知識を育む(包む)教育はされていないと感じる。
これから花々が綺麗になる季節、空気も澄み渡る。
心は?


心の中から不満が消えた時、世界は輝いて見えてくる。
人間の目を曇らせる最大の原因は、自分自身の心、心の壁である。
心から壁が取り除かれたき、本当の自然が見えてくる。
それは、自然であり、実に自然らしく見えるのである。
自分で行った貴重な省察は、できるだか早く書きとめておくべきである。
ショーペンハウエル『知性につて』岩波文庫 90ページ
同じことを、ゲーテも言っている。エッカーマン『ゲーテとの対話』
「突然、心に浮かぶ想念、事象、すぐにでも書き留めておかないと、まるでそれは「夢」のごとく、数分後には跡形もなく心の中から消えていく。それは、頭の中にあるのではなく、心の中に。」
言葉(文字)だけでなく、絵や音楽も同様である。
昔、シチリアのシラクーザ(シュラクサイ)において、アルキメデスが思いついた数式を路上に書いていたところを、兵隊が通りかかってその数式を踏み付けてしまった。
「俺の思考を中断するな」と言ったアルキメデスは、その場で殺されてしまった。
考える場合も、時と場所を考える必要があるのか。
プラトンなどは、回廊を歩きながら議論し考えた。ストア(柱廊)である。
重力
いつも思うのだが、重力は第三の手だと思う。重力を利用することで、片手でもいろいろなことができる。人間にとって、重力は非常に重要なものであると思う。重みのあるものはすべて、高いところから低いところに移動する。または、重みによってそこに留どまる。もし、重力がなければ混沌である。
「ひとは普段からまったく新しいものを学ぶ心構えができていなければならない」
「まず対象に取り組むべき方法を何度も繰り返し学び直さなければならない」
ウィルトゲンシュタイン
コモンセンスとナンセンス
共通感覚は時代とともに変化するもので不変なものではない。従って、常識も変化するものである。常識を再度問題としてとらえなおすところに、突破口がある。ショウペンハウアーも同様に言っている。常識を疑え!
空間をとらえる
ヨーロッパを旅行していて感じるのは、美術館にいって古い絵画を見たときなど、土地の風景を三次元的に描写したものが結構あることである(鳥瞰図など)。
昔のホテルも、やはり自然を三次元で眺められる場所に建築されるものが多い。志摩にある、日本最初のリゾートホテルも同様である。
やはり自分自身の視点を変えるにも、たまには三次元的な風景が楽しめる場所に出掛ける必要性を感じる。 学問も俯瞰的に。
心
人は、歳をとるにしたがって、身も心も堅くなり、すべてにおいて柔軟さを忘れる。長い年月における経験の積み重ねは、人の心に一定の判断基準を作り上げてしまって、人はその基準から抜けようとしなくなる。なぜ判断基準から抜けることができないのかは、それは「楽」であるからである。楽だから。
心の硬直と、身体の硬直は比例する。心が柔軟であれば、身体も柔軟である。結果として、外見も若く見える。いつまでも柔軟であるためには、心を解き放つ必要がある。心を柔軟に。
視力も同様に、心と比例しているように感じる。
手
手は便利にできている。素手。軍手をはめずに作業をする。切り傷などで一時は傷ついても、すぐに再生する。少しだけの傷なら壊れることはない。でも、農作業を続けているとごわごわの手となる。環境に対応するのである。手を見れば、その人のことはかなり分かるような気がする。
論点
論点は、論じた人にしか、完全には分からない。
何事も、完全には伝えることは不可能である。
論点は、本人でも分からないときがある。
心
心は目に現れる。身体に現れる。心が濁ると、目も濁る。
心が堅くなると、身体も堅くなると。
心が柔軟であると、思考も柔軟である。
目
目は最大の情報発信装置である。それも、発信者の心を丸出しにしている。
人は、目を見ることによって、心を読み解くことができる。
人々の心は目に現れる。目は、直接的には脳と直結していて、二次的に心がコントロールしていると感じる。従って、心がコントロールを忘れている時には、人の本性はダイレクトに目に現れる。目は、正直である。心のコントロールとは関係なしに、目が直接情報を発信するのである。
心を磨き、脳を磨けば目も奇麗になるだろう。
澄んだ目は、澄んだ心から。
会話
言葉の多い会話は好きではない。言葉を重ねるごとに内容は薄くなっていく。いずれは、内容もなくなってしまう。
判断
電話で長話して、その場で判断することを避けよ。
一度電話を切り、お互いに考える時間を設けてから決断せよ。
物事には、落としどころというものがある。
社会は生き物である。有機体でである。単なる構造物ではない。
各施策(部分)は、政策(全体)の有機体であって、単なるパーツ(部品)ではない。関係性が重要である。だれが関係性をチェックできるか。知識、能力、判断力、指導理性。
良いホテル
良いホテルに宿泊すると、いろいろな面で得るものがある。
社交、マナーなどなど。
しかし、日本のホテルのロビーは騒がしすぎる。
大声で喋る人々、マナー関係なく携帯電話で大声で喋る人。
日本人は、周りのことを配慮しない、自己中心的な人々が多い。
もう一度、教育が必要である。
現在の教育では、知識だけの教育で、知識を育む(包む)教育はされていないと感じる。
これから花々が綺麗になる季節、空気も澄み渡る。
心は?





