2006年09月30日
随想
パスカル『パンセ』
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するに及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。」 考えること、構築すること。
パンセ、思索、考えること。自分自身の心と理性との対話。
パスカルの『パンセ』は、マルクス・アウレーリウスの『自省録』と似た形式である。心の中に浮かんだ思想の断片を書き留める。思索する者にとっては重要な行為、作業である。
他人によって書かれた本を、人々は短時間の間にすらすら読んで、読んだと言っているが、果たして本当に読んでいるのだろうか? 文字によって書かれた一つ一つの文章には、すさまじい程の裏側が存在する。
私は、数行読んでは一日考える。とうてい、大量の本を読むことはできない。書籍学者ではないから。
批判と否定
人々は、批判されることを嫌がる。
本来、批判とはある事柄をすべての方面から分析し、検討することであり、物事を最初から否定するものではない。しかし、人々はまず理性よりも感情が先に立ち、批判されることを否定してしまう。
しかし、批判という作業は非常に重要な作業である。これなくしては、何事も本質・真実に到達しえない。人々は、批判する能力と、批判を受け入れる包容力が必要である。そのためには、常に心を謙虚にすることが重要である。
ゲーテも言っているが、その時に頭に浮かんだ思想は、書き留めておかなければならない。さもないと、素晴らしい想念もすぐに消えてしまう。
頭に浮かんだ事柄を書き留めることが重要である。
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかでもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するに及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。」 考えること、構築すること。
パンセ、思索、考えること。自分自身の心と理性との対話。
パスカルの『パンセ』は、マルクス・アウレーリウスの『自省録』と似た形式である。心の中に浮かんだ思想の断片を書き留める。思索する者にとっては重要な行為、作業である。
他人によって書かれた本を、人々は短時間の間にすらすら読んで、読んだと言っているが、果たして本当に読んでいるのだろうか? 文字によって書かれた一つ一つの文章には、すさまじい程の裏側が存在する。
私は、数行読んでは一日考える。とうてい、大量の本を読むことはできない。書籍学者ではないから。
批判と否定
人々は、批判されることを嫌がる。
本来、批判とはある事柄をすべての方面から分析し、検討することであり、物事を最初から否定するものではない。しかし、人々はまず理性よりも感情が先に立ち、批判されることを否定してしまう。
しかし、批判という作業は非常に重要な作業である。これなくしては、何事も本質・真実に到達しえない。人々は、批判する能力と、批判を受け入れる包容力が必要である。そのためには、常に心を謙虚にすることが重要である。
ゲーテも言っているが、その時に頭に浮かんだ思想は、書き留めておかなければならない。さもないと、素晴らしい想念もすぐに消えてしまう。
頭に浮かんだ事柄を書き留めることが重要である。
2006年09月30日
待つこと
心に残る一冊の本がある。ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』(お釈迦様)である。この本の中で、ヘッセは次のように言っている。人間には何もなくてもできることが三つある。一つは、考えること、二つは待つこと、そして最後に断食すること(欲望をおさえること)である。
自分自身を保つ中で、この三つは非常に重要なこと、人間として重要なこと、自分自身を形成するのに重要なことであると同感する。
考えること、考える行為には本来は何も付属のものは必要ない。自分自身の中だけで考えればよいのである。資料もなにも必要ない。本来の思考、思索には。思索をするのに、初めから資料や情報を集めようとすると、それに頼り自分自身の思考ができなくなる。
待つこと、これは非常に重要な行為である。はやる気持ちをおさえて(感情をおさえて)理性で判断する。
今はスピードの時代だと言われる。確かに、自分自身の行動をスピード化することは重要である。しかし、物事にはタイミング、動き出すのにベストな時期というものがある。現代人は、このタイミング、時期を、潮が満ちてきたような、そして追い風のような時期を判断する力がなくなってきているように感じる。何事も速く行動し、早く判断を下そうとする。しかし、本当は時期を十分に待つことが重要である。心に待つ力ができると、視野が広がり、より的確な判断を下すことができる。確かに、「十分な判断を下す為に必要な時間」を獲得するために、高速な、そして的確な思考が必要ではある。
同じ椅子に座り続けて何時間も過ごせる能力。何もなくても、自分の頭の中だけで思考し過ごせる能力。何も必要とせず、ただ時間と思索だけで過ごせる能力。飽きもせずに、永遠に考え続ける能力。これがあれば永遠に待つこともできるかも知れない。なにも待たずに待つ。ただ待つ。この時間が大好きである。 座禅。
自分自身を保つ中で、この三つは非常に重要なこと、人間として重要なこと、自分自身を形成するのに重要なことであると同感する。
考えること、考える行為には本来は何も付属のものは必要ない。自分自身の中だけで考えればよいのである。資料もなにも必要ない。本来の思考、思索には。思索をするのに、初めから資料や情報を集めようとすると、それに頼り自分自身の思考ができなくなる。
待つこと、これは非常に重要な行為である。はやる気持ちをおさえて(感情をおさえて)理性で判断する。
今はスピードの時代だと言われる。確かに、自分自身の行動をスピード化することは重要である。しかし、物事にはタイミング、動き出すのにベストな時期というものがある。現代人は、このタイミング、時期を、潮が満ちてきたような、そして追い風のような時期を判断する力がなくなってきているように感じる。何事も速く行動し、早く判断を下そうとする。しかし、本当は時期を十分に待つことが重要である。心に待つ力ができると、視野が広がり、より的確な判断を下すことができる。確かに、「十分な判断を下す為に必要な時間」を獲得するために、高速な、そして的確な思考が必要ではある。
同じ椅子に座り続けて何時間も過ごせる能力。何もなくても、自分の頭の中だけで思考し過ごせる能力。何も必要とせず、ただ時間と思索だけで過ごせる能力。飽きもせずに、永遠に考え続ける能力。これがあれば永遠に待つこともできるかも知れない。なにも待たずに待つ。ただ待つ。この時間が大好きである。 座禅。
2006年09月30日
対話
最近、色々なものと対話している。
スーパーマーケットに行くと、野菜や果物たちが私に話しかけてくる。
きれいに着飾って、「私、如何ですか?」「いりませんか」というものもあれば、
すみっこの方で、もうあきらめしまって、じっとしているものもいる。
このまま売れなければ、この世に生まれて来た価値はない。
(そうとも言えないのだが)
翌日には捨てられる運命にある。
そのような果物たちを買って帰ると、生き生きと応えてくれる。
美味しい。 最高に美味しい。
自然や建物や、色々なものと対話するのは楽しい。
人と対話することは、更に楽しい。
自分自身と対話することも、楽しい。
ソクラテスも老子も、考えを文字として残さなかった理由は、思想(知識)を文字で伝える限界を知っていたからだと思う。思想を完璧に文字で(言葉で)伝えることはできない。ウィトゲンシュタインを見ていてそう感じる。
先月、ジェノバの国立音楽院でギターの教授をしている友人が高知に帰ってきた。
年に一度の帰国である。
私も、リュートやギター(10弦)を40年近く弾いている。
ニューヨークでギターを弾いている友人とも一緒に、来年は3人で演奏会をおこないたい。

http://www.paolaesposito.com/quartettocatania.htm
http://www.armelin.it/CollanaPDM/055.htm
スーパーマーケットに行くと、野菜や果物たちが私に話しかけてくる。
きれいに着飾って、「私、如何ですか?」「いりませんか」というものもあれば、
すみっこの方で、もうあきらめしまって、じっとしているものもいる。
このまま売れなければ、この世に生まれて来た価値はない。
(そうとも言えないのだが)
翌日には捨てられる運命にある。
そのような果物たちを買って帰ると、生き生きと応えてくれる。
美味しい。 最高に美味しい。
自然や建物や、色々なものと対話するのは楽しい。
人と対話することは、更に楽しい。
自分自身と対話することも、楽しい。
ソクラテスも老子も、考えを文字として残さなかった理由は、思想(知識)を文字で伝える限界を知っていたからだと思う。思想を完璧に文字で(言葉で)伝えることはできない。ウィトゲンシュタインを見ていてそう感じる。
先月、ジェノバの国立音楽院でギターの教授をしている友人が高知に帰ってきた。
年に一度の帰国である。
私も、リュートやギター(10弦)を40年近く弾いている。
ニューヨークでギターを弾いている友人とも一緒に、来年は3人で演奏会をおこないたい。

http://www.paolaesposito.com/quartettocatania.htm
http://www.armelin.it/CollanaPDM/055.htm
2006年09月27日
こうちNPO地域社会づくりファンド 他
この1週間、色々な取り組みが連続してあり、ブログを書く前に疲れ果ててダウンしていました。
色々な取り組み、成功させる秘訣は、とことん神経を集中して、気を抜かないことだと思います。一つの取り組みが終わった時には、達成感があると同時に、なんだか抜け殻のようになってダウンし、寝てしまいます。
●ジョイフルコンサートシリーズコーチ2006
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
さて、9月22日、ジョイフルコンサート第二回目の演奏会も無事終了しました。今回も、コンサート前日に行われる公開リハーサルから準備を行いました。公開リハーサルは、コンサートがどのように組み立てられるかを、生で見ていただくために企画しています。コンサートを裏側から見ていただく訳です。そうすることによって、高校生など若い演奏者に演奏会を組み立てる雰囲気、曲作りの雰囲気を勉強していただくことを狙っています。また、今回のコンサートは通しチケットで1万円という値段ですので(4月時点で399席全て完売済ですが)、学生などはなかなかチケットを購入することができません。せめてリハーサルだけは無料で聴いていただいて勉強してもらおうと企画されました(企画したのは、オーボエ奏者の脇岡総一先生です)。
クラシックコンサートで1万円(3回通し券)のチケットでしたが、発売1ヶ月ほどで完売しました。その後、第一回目のコンサートが非常に好評だった関係もあり、未だにチケットがないかとの問い合わせも多くあります。今回、チケットを購入できなかった方々にも、リハーサルで雰囲気を味わってもらおう、そして来年はチケットを購入いただいて本番の演奏を聴いてもらおうと考えています。12月には、来年度の企画を発表し、チケットの発売を開始する予定ですが、既にチケットの希望は沢山あります。
今回の企画ですが、地方でもクラシックコンサートを核にして、地域を活性化させる一つのモデルになると確信しております。域内だけでなき、域外(県外)からも集客できる仕組みになればと考えております。今後の課題であります。
リハーサル

本番

交流会風景

●こうちNPO地域社会づくりファンド
http://www.shikokubank.co.jp/koken/npo.html
9月24日、こうちNPO地域社会づくりファンドの中間活動報告会が、高知県庁の正庁ホールで行われました。このファンドの運営は8年前から行われておりますが、私は当初から運営に関わり、現在は運営委員長です。このファンドでは、年間500万円をNPO活動団体に助成しています。詳しくは、ホームページをご覧ください。また、本年度からハード整備の助成事業もスタートさせています。1件あたり200万円を限度として助成率80%のファンドです。
中間報告会開催の意義ですが、このファンドでは単に金銭的な助成(支援)をするだけでなく、運営委員から色々な活動アドバイスを行うことで、NPO事業を側面から支援していこうということにあります。従って、年度の中間に報告会を開催しています(活動状況のチェックの意味も含めて)。日々、NPO活動で頑張っておられる方にとっては、やはり自分たちの悩みや活動内容を多くの方々に聞いていただくことで、心理的にも非常に楽になると考えております。やはり、悩みを聞いていただくということはストレス解消になるでしょう。
また、ファンド運営側からも、色々なノウハウをアドバイスすることで、NPO活動で困っている問題も解決できることがあります。NPO団体は報告を行うことで、プレゼンテーション力もアップします。そして、次回の助成金申請時のプレゼンにも役立つわけです。そして、何と言っても重要なことは情報の共有と連携であります。色々な活動で、NPO同士が連携することも重要であります。NPO活動は連携させないと、面的な広がりが出てきません。
中間報告会では、精魂込めてアドバイスをおこない、問題点を議論しますので、本当に会議が終わると抜け殻のように放心状態になります。非常に心地よい気持ちになります。ただ、数時間すると疲れがどっと襲ってきます。ダウンして寝込みます。こうして8年間、NPO活動を側面から支援してきましたが、次第にNPOも自立できるようになってきたと感じます。高知には素晴らしいNPO組織が沢山あります。
●大分
25日、大分大学で生涯学習に関する会議(11月に大分で行われます国立大学生涯学習系センター研究協議会の打ち合わせ)で大分に行って来ました。大分県は地理的には高知から近い位置にありますが、通常の公共交通で行くと、会議の時間帯に合わせて行くには、前泊・後泊が必要になります。しかし、今回は前日はNPOの中間報告会があり、翌日(26日)も高知大学で会議が2つあった関係で、ウルトラマン的に移動しました。
午前3時30分、高知の自宅を公用車で出て、高速道路経由で松山に向かい(155km)、松山観光港から午前7時50分に出るフェリーに乗って(車は松山観光港の駐車場に泊めて)大分に11時15分に到着。お昼ご飯を食べて、午後1時から3時まで大分大学で打ち合わせ(会議)を行い、少しだけ別府の町を散策して(ご案内していただいて)、午後6時40分、大分港発のフェリーで松山に戻りました。しかし、大分発のフェリーが、車の積み込みに時間がかかり30分遅れて午後7時10分出港、松山到着が午後10時40分となり、それから車に乗り換えて、ひたすら高速道路を運転し(155Km・高速は145Km)、自宅に戻りついたのが午前1時。寝る暇もなく、翌日(もう当日ですが)の会議資料を作成して午前8時30分に大学に出勤し、2つの会議で3時間ちょっと。昨夜は疲れ果てました。
しかし、大分は食べ物、温泉も最高です。是非、みなさんも行かれてください。
大分港


●日本政策投資銀行地域トークin高知
LOHASで創る高知の魅力~土佐ブランドの確立に向けて~
のご案内
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/koen/061013.html
これから、地域政策(地域産業おこし、まちづくり、ひとづくり)をじっくりと検討していきたいと考えております。
今日は、この辺で。
色々な取り組み、成功させる秘訣は、とことん神経を集中して、気を抜かないことだと思います。一つの取り組みが終わった時には、達成感があると同時に、なんだか抜け殻のようになってダウンし、寝てしまいます。
●ジョイフルコンサートシリーズコーチ2006
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
さて、9月22日、ジョイフルコンサート第二回目の演奏会も無事終了しました。今回も、コンサート前日に行われる公開リハーサルから準備を行いました。公開リハーサルは、コンサートがどのように組み立てられるかを、生で見ていただくために企画しています。コンサートを裏側から見ていただく訳です。そうすることによって、高校生など若い演奏者に演奏会を組み立てる雰囲気、曲作りの雰囲気を勉強していただくことを狙っています。また、今回のコンサートは通しチケットで1万円という値段ですので(4月時点で399席全て完売済ですが)、学生などはなかなかチケットを購入することができません。せめてリハーサルだけは無料で聴いていただいて勉強してもらおうと企画されました(企画したのは、オーボエ奏者の脇岡総一先生です)。
クラシックコンサートで1万円(3回通し券)のチケットでしたが、発売1ヶ月ほどで完売しました。その後、第一回目のコンサートが非常に好評だった関係もあり、未だにチケットがないかとの問い合わせも多くあります。今回、チケットを購入できなかった方々にも、リハーサルで雰囲気を味わってもらおう、そして来年はチケットを購入いただいて本番の演奏を聴いてもらおうと考えています。12月には、来年度の企画を発表し、チケットの発売を開始する予定ですが、既にチケットの希望は沢山あります。
今回の企画ですが、地方でもクラシックコンサートを核にして、地域を活性化させる一つのモデルになると確信しております。域内だけでなき、域外(県外)からも集客できる仕組みになればと考えております。今後の課題であります。
リハーサル

本番

交流会風景

●こうちNPO地域社会づくりファンド
http://www.shikokubank.co.jp/koken/npo.html
9月24日、こうちNPO地域社会づくりファンドの中間活動報告会が、高知県庁の正庁ホールで行われました。このファンドの運営は8年前から行われておりますが、私は当初から運営に関わり、現在は運営委員長です。このファンドでは、年間500万円をNPO活動団体に助成しています。詳しくは、ホームページをご覧ください。また、本年度からハード整備の助成事業もスタートさせています。1件あたり200万円を限度として助成率80%のファンドです。
中間報告会開催の意義ですが、このファンドでは単に金銭的な助成(支援)をするだけでなく、運営委員から色々な活動アドバイスを行うことで、NPO事業を側面から支援していこうということにあります。従って、年度の中間に報告会を開催しています(活動状況のチェックの意味も含めて)。日々、NPO活動で頑張っておられる方にとっては、やはり自分たちの悩みや活動内容を多くの方々に聞いていただくことで、心理的にも非常に楽になると考えております。やはり、悩みを聞いていただくということはストレス解消になるでしょう。
また、ファンド運営側からも、色々なノウハウをアドバイスすることで、NPO活動で困っている問題も解決できることがあります。NPO団体は報告を行うことで、プレゼンテーション力もアップします。そして、次回の助成金申請時のプレゼンにも役立つわけです。そして、何と言っても重要なことは情報の共有と連携であります。色々な活動で、NPO同士が連携することも重要であります。NPO活動は連携させないと、面的な広がりが出てきません。
中間報告会では、精魂込めてアドバイスをおこない、問題点を議論しますので、本当に会議が終わると抜け殻のように放心状態になります。非常に心地よい気持ちになります。ただ、数時間すると疲れがどっと襲ってきます。ダウンして寝込みます。こうして8年間、NPO活動を側面から支援してきましたが、次第にNPOも自立できるようになってきたと感じます。高知には素晴らしいNPO組織が沢山あります。
●大分
25日、大分大学で生涯学習に関する会議(11月に大分で行われます国立大学生涯学習系センター研究協議会の打ち合わせ)で大分に行って来ました。大分県は地理的には高知から近い位置にありますが、通常の公共交通で行くと、会議の時間帯に合わせて行くには、前泊・後泊が必要になります。しかし、今回は前日はNPOの中間報告会があり、翌日(26日)も高知大学で会議が2つあった関係で、ウルトラマン的に移動しました。
午前3時30分、高知の自宅を公用車で出て、高速道路経由で松山に向かい(155km)、松山観光港から午前7時50分に出るフェリーに乗って(車は松山観光港の駐車場に泊めて)大分に11時15分に到着。お昼ご飯を食べて、午後1時から3時まで大分大学で打ち合わせ(会議)を行い、少しだけ別府の町を散策して(ご案内していただいて)、午後6時40分、大分港発のフェリーで松山に戻りました。しかし、大分発のフェリーが、車の積み込みに時間がかかり30分遅れて午後7時10分出港、松山到着が午後10時40分となり、それから車に乗り換えて、ひたすら高速道路を運転し(155Km・高速は145Km)、自宅に戻りついたのが午前1時。寝る暇もなく、翌日(もう当日ですが)の会議資料を作成して午前8時30分に大学に出勤し、2つの会議で3時間ちょっと。昨夜は疲れ果てました。
しかし、大分は食べ物、温泉も最高です。是非、みなさんも行かれてください。
大分港


●日本政策投資銀行地域トークin高知
LOHASで創る高知の魅力~土佐ブランドの確立に向けて~
のご案内
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/koen/061013.html
これから、地域政策(地域産業おこし、まちづくり、ひとづくり)をじっくりと検討していきたいと考えております。
今日は、この辺で。
2006年09月20日
地域の自立とはなにか ? ! ?
毎日、地域に如何に火(燃える心)をつけようかと考えている。
しかし、なかなか思うようにはいかない。
一人でできることにも限度がある。
というようなことを考えながら、毎日過ごしている。
明日は、ジョイフルコンサートの公開リハーサルである。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/series2.html
昨夜は徹夜で準備を行った。
そして22日は、ジョイフルコンサートの本番である。
たまには上質(最高の)のクラシック音楽を聴いて、気分転換してみたいと思う。
今、産業おこし、地域づくりの為に、色々と取り組んでいる。
大学では、公開講座も準備している。
しかし、打てども響かず、受講者が・・・集まらない。
なぜなんだろう。頭をかかえたまま、一日、一日過ぎていく。

とにかく、心を燃やして頑張ろう。
しかし、なかなか思うようにはいかない。
一人でできることにも限度がある。
というようなことを考えながら、毎日過ごしている。
明日は、ジョイフルコンサートの公開リハーサルである。
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/series2.html
昨夜は徹夜で準備を行った。
そして22日は、ジョイフルコンサートの本番である。
たまには上質(最高の)のクラシック音楽を聴いて、気分転換してみたいと思う。
今、産業おこし、地域づくりの為に、色々と取り組んでいる。
大学では、公開講座も準備している。
しかし、打てども響かず、受講者が・・・集まらない。
なぜなんだろう。頭をかかえたまま、一日、一日過ぎていく。

とにかく、心を燃やして頑張ろう。
2006年09月18日
土佐学協会
いつも同じことを考え続けていると、頭が麻痺して、何も考えられなくなる。
たまには、まったく違ったことをし、違った場所に出かけるのが一番である。
それは、私にとっては読書かもしれない。
この数日、キケロやセネカやペトラルカやアウグスティヌスなどの本を眺めていた。
ルソーやゲーテ、ショーペンハウエル、ニーチェ、ウィトゲンシュタインなども。
これらの人々は、面白いように考え方も、読んだ本も似かよっている。
同じようなことを考えているのである。
「知」とはなにか、が最大のテーマである。
そして、「言葉」とは何か である。
以前に一度読んだことのある文章を、なかなか探し出せず、気にかかったまであった。昨日、ある本を開けた途端に、目の前にその内容があらわれた。「師は忘れたころにやってくる」という道教(TAO)の諺ではないが、意味ある(重要な)ことは突然、忘れたころに現れる。これは偶然ではなく、必然なのかもしれない。このためにも、たまには義務にとらわれずに、自然体で日々過ごすのが良いのかもしれない。
昨日出てきた文章は、どうということのない文章である。
「アドラステイア(立法の女神)の掟」によれば、いったん地上に落ちて人間の身体に宿った魂は、一万年の間は翼が再生せずに、死後の賞罰と輪廻転生をくりかえし、天上の神々のもとに帰ることができないのであるが、ただ「誠心誠意知を愛し求め、あるいは知を愛しもとめつつ恋した魂」にだけは例外が認められているからである。すなわちそのような魂は、一千年の周期が三回やっている間に三回つづけてそのような生を選んだならば、三千年目に翼が生じて天上に帰ることができるのである」という、文章である。
気にかかっていた。三千年目ではなく、二千年と少しではないかと。それとも、やはり三千年目に意味があるのか。いや、やはり三回に意味があるのだろう。そうすると、まさか人間は千年も生きないので、やはり二千年と少しではないか、と。
ゲーテもみな言っているのであるが、やはり突然心に浮かんだ想念は、その時に書きとめておくのが一番である。もし、書きとめなければ夢のように、すぐ消え去ってしまう(夢は、書きとめない方が良い)。
ということを考えながら、この一週間、土佐学についても考えていた。
「土佐学」とは、地域学(郷土学)であるが、土佐で今までにはない郷土学を立ち上げようとしている。
土佐学協会設立の趣旨
「私たちが、この土佐で喜びと希望を持って力強く生きていくためには、そのような人を育てる「新しい学問」があって、それを小さいときからしっかり学び、身につけていることが大切だと思います。私たちは、すでにつくられ、存在する貴重な知や技をまとめるとともに、新しい知や技を発掘・創造し、さらにそれらを人々に伝えていく方策を求めて、土佐学協会を設立いたします。」
土佐学とは
私たちは、土佐で生活する人々、土佐を愛する人々に喜び・希望・活力を与える知や技のまとまりを土佐学とよびます。土佐学では、これまでのような分析的で細分化された専門家のための学問ではなくて、総合的で俯瞰的(第17・18期日本学術会議吉川会長提案)で、私たちの生活に身近で、誰にでも理解されるような性格を持つことが望まれます。そこで、私たちは、まず土佐を代表する産業や文化、人や環境等をとりあげ、勉強を始めたいと思います。発会集会(10月15日)では基調講演として、「俯瞰的学問としての”土佐酒学”のイメージ」を発表しますが、これは、その一つの試みです。また、このような知や技を、私たちの教育に取り入れていくための勉強も始めます。
ということで、約一年間の検討を重ねた結果、10月15日に土佐学協会を立ち上げることになった。
今年のテーマは、お酒、お茶、そして絶滅危惧文化である。
お茶は、私(副理事長)が担当する。お酒は、司牡丹の竹村社長(理事長)である。
日本の色々な地域において、「地域学」研究が非常にたくさん立ち上がってきている。新たな地域社会を実現することが必要である。少子化・高齢化社会、グローバル社会への対応、その前提として「地域」を理解すること(地域を「語れる」こと)が重要になる。しかし、「知る」ことと「語れること」には、大きな違いがある。地域は、自ら語れなければならない、そこに暮らしている全ての人々が語れなくてはならない。
地域学・・沖縄学(沖縄県)、隼人学(鹿児島県)、金沢学、愛媛学、土佐学など
地域学の必要性
地域のポテンシャル(地域のもつ力)を確認
地域資源(産業、文化、人材、歴史、環境等)の確認
→地域を正しく理解する(歴史や文化、環境、風土など)
地域へのアイデンティティー
地域を誇れる
地域を説明できる(語れる)能力
地域人材の育成
グローバル環境の中で、地域をポジショニング(位置付け)できる能力
↓
地域づくり
人づくり
まちづくり
新たな地域圏への対応
道州制など
これから、土佐学を一つの手段として、地域づくりに取り組んでいきます。
たまには、まったく違ったことをし、違った場所に出かけるのが一番である。
それは、私にとっては読書かもしれない。
この数日、キケロやセネカやペトラルカやアウグスティヌスなどの本を眺めていた。
ルソーやゲーテ、ショーペンハウエル、ニーチェ、ウィトゲンシュタインなども。
これらの人々は、面白いように考え方も、読んだ本も似かよっている。
同じようなことを考えているのである。
「知」とはなにか、が最大のテーマである。
そして、「言葉」とは何か である。
以前に一度読んだことのある文章を、なかなか探し出せず、気にかかったまであった。昨日、ある本を開けた途端に、目の前にその内容があらわれた。「師は忘れたころにやってくる」という道教(TAO)の諺ではないが、意味ある(重要な)ことは突然、忘れたころに現れる。これは偶然ではなく、必然なのかもしれない。このためにも、たまには義務にとらわれずに、自然体で日々過ごすのが良いのかもしれない。
昨日出てきた文章は、どうということのない文章である。
「アドラステイア(立法の女神)の掟」によれば、いったん地上に落ちて人間の身体に宿った魂は、一万年の間は翼が再生せずに、死後の賞罰と輪廻転生をくりかえし、天上の神々のもとに帰ることができないのであるが、ただ「誠心誠意知を愛し求め、あるいは知を愛しもとめつつ恋した魂」にだけは例外が認められているからである。すなわちそのような魂は、一千年の周期が三回やっている間に三回つづけてそのような生を選んだならば、三千年目に翼が生じて天上に帰ることができるのである」という、文章である。
気にかかっていた。三千年目ではなく、二千年と少しではないかと。それとも、やはり三千年目に意味があるのか。いや、やはり三回に意味があるのだろう。そうすると、まさか人間は千年も生きないので、やはり二千年と少しではないか、と。
ゲーテもみな言っているのであるが、やはり突然心に浮かんだ想念は、その時に書きとめておくのが一番である。もし、書きとめなければ夢のように、すぐ消え去ってしまう(夢は、書きとめない方が良い)。
ということを考えながら、この一週間、土佐学についても考えていた。
「土佐学」とは、地域学(郷土学)であるが、土佐で今までにはない郷土学を立ち上げようとしている。
土佐学協会設立の趣旨
「私たちが、この土佐で喜びと希望を持って力強く生きていくためには、そのような人を育てる「新しい学問」があって、それを小さいときからしっかり学び、身につけていることが大切だと思います。私たちは、すでにつくられ、存在する貴重な知や技をまとめるとともに、新しい知や技を発掘・創造し、さらにそれらを人々に伝えていく方策を求めて、土佐学協会を設立いたします。」
土佐学とは
私たちは、土佐で生活する人々、土佐を愛する人々に喜び・希望・活力を与える知や技のまとまりを土佐学とよびます。土佐学では、これまでのような分析的で細分化された専門家のための学問ではなくて、総合的で俯瞰的(第17・18期日本学術会議吉川会長提案)で、私たちの生活に身近で、誰にでも理解されるような性格を持つことが望まれます。そこで、私たちは、まず土佐を代表する産業や文化、人や環境等をとりあげ、勉強を始めたいと思います。発会集会(10月15日)では基調講演として、「俯瞰的学問としての”土佐酒学”のイメージ」を発表しますが、これは、その一つの試みです。また、このような知や技を、私たちの教育に取り入れていくための勉強も始めます。
ということで、約一年間の検討を重ねた結果、10月15日に土佐学協会を立ち上げることになった。
今年のテーマは、お酒、お茶、そして絶滅危惧文化である。
お茶は、私(副理事長)が担当する。お酒は、司牡丹の竹村社長(理事長)である。
日本の色々な地域において、「地域学」研究が非常にたくさん立ち上がってきている。新たな地域社会を実現することが必要である。少子化・高齢化社会、グローバル社会への対応、その前提として「地域」を理解すること(地域を「語れる」こと)が重要になる。しかし、「知る」ことと「語れること」には、大きな違いがある。地域は、自ら語れなければならない、そこに暮らしている全ての人々が語れなくてはならない。
地域学・・沖縄学(沖縄県)、隼人学(鹿児島県)、金沢学、愛媛学、土佐学など
地域学の必要性
地域のポテンシャル(地域のもつ力)を確認
地域資源(産業、文化、人材、歴史、環境等)の確認
→地域を正しく理解する(歴史や文化、環境、風土など)
地域へのアイデンティティー
地域を誇れる
地域を説明できる(語れる)能力
地域人材の育成
グローバル環境の中で、地域をポジショニング(位置付け)できる能力
↓
地域づくり
人づくり
まちづくり
新たな地域圏への対応
道州制など
これから、土佐学を一つの手段として、地域づくりに取り組んでいきます。
2006年09月12日
ラップランド紀行
海外を旅していて感じるのだが、日本人には真剣さ(命をかけた真の真剣さ)と、他人を思いやる心があまり感じられない。飛行機に乗っても、日本人の乗務員はニタニタ(笑顔というのではなく)していて、乗客を真剣に叱ることはあまりない。しかし、海外では乗務員から真剣な顔で注意されることが非常に多い。また、日本の入出国や持ち物検査も非常に甘いと感じることがある。係官同士ニタニタして(笑顔だと良いのだが)話しをしている場合もある。他人の命を預かるには、危機感が必要である。
ところで、フィンランドは世界一子供を大切にする国だそうだ。クーサモ(リゾート地)のホテルに居たとき、ちょうど週末で、子供連れの家族が沢山きていた。子供のしつけはしっかりとできている。駄々をこねたり、泣きわめいたり、他人に迷惑をかける子供は皆無である。5歳くらいの子供に「グッド・モーニング」と言うと、ちゃんと英語で返事をかえしてくれる。さすがに、語学教育もしっかりとできている。フィンランドの公用語は、フィンランド語とスウェーデン語であるが、空港などの標記は全て、英語も含む3カ国語表示、国民はほとんど英語が話せるそうである。さすがに、幼児から語学教育・情操教育がしっかりとできている。
そのような国だからこそ、ノキアのような企業が生まれると思う(国家戦略もある)。しかし、テレビから車のタイヤまで売っているノキアは、日本では携帯電話しか知らなかったのだが、凄い企業である。
『ラップランド紀行』
1年以上も前から計画し、一度も会ったことのない人々がメールでプランを立てて、やっと成田空港とフィンランドのヘルシンキ空港で一同が会し、行って来たラップランド。旅行中には何一つトラブルもなく、我々を優しく受け入れてくれたラップランドの大地、そしてサーメ(原住民)の人々に感謝する。

そもそも、この計画はメル友から始まった。
欧州を代表するオランダの風景写真家マーティン・ケルス氏、日本のプロの写真家、日本内外を又にかけて活躍しているサボテン商人、そして医療法人の役員に、秘境を題材にする旅行記作家(ナショナルジオグラフィなどの執筆者)、8名が成田空港とヘルシンキ空港で集合し、仕事とはまったく関係なく、プライベートで神秘的なオーロラを見る旅に出かけた。
マーティン・ケルス氏
http://www.martinkers-foto.nl/
私たちが、フィンランド最北端のコテージ(Pakanajoki にあるコテージは、本当にフィンランドでも最北端の住居だそうで、あと5Km北はノルーウェーである)に入ったその日からオーロラは姿を見せてくれた。気温も、当初予想していたマイナス40度とは違い、マイナス15度程度と非常に温かく、そして完全に無風状態の中、電気も水も(雪と氷はあるが)何もない世界の中で過ごすことができた。
同時期に、フィンランドやノルーウェーなどへ多くの人々(日本人)がオーロラを見に来ていたそうだが、多分、殆どの日本人はオーロラを見る事ができずに帰国したようである。
オーロラを見るには色々な条件が重なる必要がある。
1.北極圏でも、更に北の方(北緯68度がオーロラ帯)
2.晴れている(雲がない)
3.気温が非常に低い(気温が低いと雲が出にくい)
4.月が出ていない
5.太陽風が活発に吹いている(黒点の活動)
6.大地・自然に感謝すること(心がけが重要)
などである。
オーロラ講座
http://www.moimoifinland.com/fourseasons/aurorafacts.html
多くの人々は、毎日曇り空で、見ることはできなかったようである。
(心が曇ると、オーロラも出ない)
フィンランド最大の湖、Inari湖(南北80km、最大幅40km)の北にあるセヴィティヤルビから、更に北にスノーモービル(昔はトナカイのソリ)で入り、パカナヨキ(ヨキ=川)という川のほとりのコテージに滞在したが、最初、到着した時は曇り空で、小雪もちらつき、空は何も見えなかった。
イナリ
http://www.moimoifinland.com/areas/inari.html
Pakanajoki のコテージ
http://www.villipohjola.com/item.asp?Section=14&Item=241
そこで、高知(土佐)から持っていった「司牡丹」(御神酒)を大地にまいて、天空に向かい「大地と神々に感謝します」お願いしたところ、不思議と無風の雪原に風が吹いて、空が開け、星が見えて、そしてオーロラが北の空から出現した。それも、通常のオーロラが出る時間帯(午後10時頃)とは違い、午後6時頃であった。これは、お祈りして10分後の出来事である。
現れたオーロラ

昔は、サーメ(ラップ人)のシャーマンがトナカイの皮でできた太鼓を鳴らしながら、お祈りをするとオーロラが現れたそうである。本当に、お稲荷(Inari)様ではないが、「お祈り」である。しかし、不思議である。この時から、私はサーメからシャーマンだと言われた。
翌日は、スノーモービルで更に15km移動して、タイガ(ツンドラの手前で、大地には松や白樺の針葉樹とコケだけが生えている。大小、石ころだらけでコケだらけの大地)の大地で、針葉樹林の間に、サーメの人々にテントを張ってもらって一緒に寝た。流石にマイナス20度の世界では、大地にトナカイの皮をしいただけでは、頭と足と背中が凍ってくる。そして、その夜は小雪が降って、かすかなオーロラしか見る事ができなかった。
ラップのテント

ラップのテントの中では、暖をとるために焚き火をする。まきが白樺の木だったもので、完璧に人間燻製になってしまった。身体中がスモークサーモンの臭いである。しかし、あの様な煙の中で、ラップの人々はよく眠れるものである。肺の中は煙だらけである。それと、マイナス20度のタイガの大地に、トナカイの皮一枚である。当然、原住民は身体にトナカイの皮で作った衣服をまとっているので、暖かいのは当然である。こちらとしては、化学繊維の洋服では何とも対応できない。化学的な接着剤も、一瞬でバラバラとなる。したがって、高価な日本製の靴も、すぐにかかとなどがとれて、バラバラになってしまう。化学の弱さを感じる。
しかし、流石にまきを焚きすぎて、夜中には薪が無くなってしまったので、午前3時頃からまき割をした。大きな騒音だったが、しかし誰も「ウルサイ」という人は居なかった。それもそのはず、まきが無いと本当に寒いのである。眠気より、暖である。しかし、本当はあまりまきを使ってはいけなかった。薪となる木々は大切な資源である。10年たっても直径が5センチ~10センチにしかならない木々である。サーメの人々は無言だったが、反省しなければならない。それも、木々は倒木しか使ってはならないのである。これが決まり事である。
タイガでは、空気が非常に乾燥しているし、全てが凍っているので、まきも面白いように割れる。金属音を立てて割れる。金属バットでボールを打っているような音である。カキーーーン。
翌朝は野宿(テント)からコテージに戻り、夜、15km離れたセヴィティヤルビのレストランでディナーを食べた。その時(サーメの人々がダンスや歌を歌ってくれていた時に)、凄まじいオーロラが出現した。カーテンのようなオーロラや、トーン記号のようなオーロラや、そして大地から燃え上がるような激しいオーロラが出現した。その翌日、Inari湖の近くのコテージに移った時も、オーロラが出現した。ほぼ毎日のようにオーロラを見ることができたがが、普通はこんなことはないのかも知れない。原住民から、あなたはシャーマンだと言われてしまった。まさに、御神酒のお陰である。
大地から吹き上げるようなオーロラ

撮影 中村脩さん
さて、あの大地(雪原)にまいた御神酒であるが、翌朝見ると氷柱状態になって、大地に突き刺さっていた。雪(氷柱)をなめるとお酒の味がした。朝、顔を洗う時は、水がないので雪を顔に擦りつけて体温(顔の温度)で溶かして洗い(下手すると顔にヤスリをかけることになる)、歯磨きも雪をくわえて磨いた(パウダーである)。
食事であるが、「マイカップ」と「マイお皿」「マイ・スプーン」を使用し、使用後は洗わずに紙で拭くだけである。洗うと、水が氷になって汚れがとれなくなる。コーヒーも、スープも、全て同じカップ(自分自身の)を使うので、洗う必要もないのである。食器は高知から100円ショップで買って持って行ったが、プラスチック製のカップで正解であった。鉄製か陶器だと、唇に凍り付く。スープなど、食べた途端に食器が口に接着されてしまうのである。まさにアロンアルファー状態である。
食事が終わって、暖炉がある部屋の中でも、早く拭き取らないと凍ってしまう。カップを暖炉で暖めながら、拭き取るしかないのである。しかし、一度凍ったものは簡単には溶けないので、溶けだして衣服などが汚れる心配は皆無である。
日本から持っていった御神酒の司牡丹であるが、大地にテントを張って寝た時も、瓶の中は凍らなかった。マイナス20度では凍らないようである。ペットボトルのミネラルウォーターであるが、これは凍りついてしまった。少しだけ凍りかけたミネラルのボトルの蓋を開けた途端、一瞬にして中身が全て凍ったのには驚いた。ボトルの中は真空状態で凍っていなかったのであるが、空気に触れた途端に一瞬で凍りついてしまった。凄まじい状態で、爆発するかと思った。
それと、マイナス20度という温度は非常に気持ちがいい。サウナは100度でも大丈夫であるが、熱湯だと焼け死んでしまう。その逆で、まるで水分のない世界、非常に乾燥している世界で、水分があれば全て氷(ダイヤモンドダスト)になる世界では、マイナス20度でもさほど寒いとは感じない。ただ、焼けるような寒さと言うか、滅茶苦茶寒いのは事実であるが、あのような感覚は日本では経験出来ないであろう。水など直ぐに凍るし、吐く息も凍り付く。カメラのフィルムも凍って巻き取れないこともある。電池は半分ももたない。すぐに電池切れとなるが、温めると復活する。
しかし、皆一同に言ったのであるが、「ダイヤモンドダスト」という表現、そのようなものではないと感じる。ダイヤモンドでは表現できない、それ以上に綺麗なのである。とてもダストではなく、宝石である。そして、この大地に降る雪であるが、大きさはグラニュー糖の粒程度の大きさで、本当に「雪印」マークそのものの結晶状態で天空から降ってくる。全てが形が違う、本当に綺麗な結晶である。単結晶が天から降ってくるわけで、大地に降り積もった雪も粉(パウダー)状態。もし風でも吹けば、ものすごいことになるのも想像できるであろう。
凍結した道路では、ノーマルタイヤで時速100Kmで走ってもグリップが効いて滑らない。また、フィンランドには、どんな極限の大地にもサウナがある。フィンランドのサウナは、日本のようにあまり熱くはないが、焼いた石に水をかけた時には非常に熱くなる。そして、普通はサウナを暖めると同時に、横の釜で身体を洗うための水も沸かすのだが(当然、雪や氷から溶かすわけであるが)、下手をして、お湯を沸かす方の火が消えてしまった。勢いあまって水をかけてしまったのである。薪にである。結局、半分解けた水をかぶることになった。まだ溶けず氷もあったが、結構、ワイルドな経験だった。人間、限界をクリアーすれば、どんどん限界が無くなっていくものである。限界とは、自分で決めているだけのものかもしれない。限界は、超えることができるのである。
サウナで暖まって、そしてサウナ小屋から飛び出し、マイナス20度の雪原を裸で転げ回るのであるが、15秒が限界である。歩いていても、足の底が凍りつくので裸足では長時間ダメである(15秒が限度)。ただ、サウナで出た汗も一瞬で凍ってしまって粉状態になるので、裸で転げ回ると本当に気持ちがいい。フィンランドでは氷の張っていない湖に飛び込むということもやっているが、水が凍っていないということは、水温は0度以上であるので、水に飛び込んだ方が暖かいそうである。信じられないことであるが、暖かいそうである。日本では心臓麻痺かもしれない。
サウナ小屋

ラップランドで感じたことは、電気も何もない、音さえない世界は本当に過酷であるけど、美しい。例えられないくらいに美しい。これは、多分、経験した人にしか理解ができないことだと思う。
話は変わるが、物事、経験もせずに勝手に理解(解釈)するが、やはり何事も、自ら経験しなくては、机上論では何も出来ない(それは、本物ではない)と感じる。
あの、何もない世界の方が、綺麗で、幸せで、生きていると感じた。
人々の心も、本当に綺麗であった。
湖に50cm、穴をあけて釣りをした。大きなサーモンやマスが沢山いるとのことだったが、釣れなかった。

それと、スノーモービルで移動中も、手袋をせずに、フルフェイスのヘルメットから顔を出していたが、大丈夫であった。また、寒いといっても、太陽が出ると温かく感じる(無風で、湿度もないので)。太陽も、午前10時ごろやっと出て、横にスライドして(上に上がらない)、午後3時過ぎには沈む(2月初旬)。日の出・日の入りの朝焼け、夕焼けは非常に長く、ピンク色で美しい。また朝のブルーの風景も最高である。


伝説
オーロラに向かって口笛をふいてはならない。
オーロラに向かって口笛を吹くと、オーロラが空から降りてきて子供達をさらっていくと言われている。
オーロラには、色々な伝説がある。エスキモーでは死霊の天国とも言われている。
これらは全て伝説ではあるが、オーロラを本当にみると、伝説も甚だ伝説とは思えない。
凄まじいスピードで踊り回るオーロラに、いつ呑み込まれるかという不安も感じるのである。
身体ではなく、魂をである。
成層圏にあるオーロラに音があるはずはないのであるが、口笛のような音を聞いたことがあるという人もいる。
だから、フィンランドではオーロラに向かって口笛を吹いてはいけないのである。友達と思って追いかけてくるのかもしれない。精神的な友達として。
それでは、キートス(ありがとうございました)。


撮影 中村脩さん
ところで、フィンランドは世界一子供を大切にする国だそうだ。クーサモ(リゾート地)のホテルに居たとき、ちょうど週末で、子供連れの家族が沢山きていた。子供のしつけはしっかりとできている。駄々をこねたり、泣きわめいたり、他人に迷惑をかける子供は皆無である。5歳くらいの子供に「グッド・モーニング」と言うと、ちゃんと英語で返事をかえしてくれる。さすがに、語学教育もしっかりとできている。フィンランドの公用語は、フィンランド語とスウェーデン語であるが、空港などの標記は全て、英語も含む3カ国語表示、国民はほとんど英語が話せるそうである。さすがに、幼児から語学教育・情操教育がしっかりとできている。
そのような国だからこそ、ノキアのような企業が生まれると思う(国家戦略もある)。しかし、テレビから車のタイヤまで売っているノキアは、日本では携帯電話しか知らなかったのだが、凄い企業である。
『ラップランド紀行』
1年以上も前から計画し、一度も会ったことのない人々がメールでプランを立てて、やっと成田空港とフィンランドのヘルシンキ空港で一同が会し、行って来たラップランド。旅行中には何一つトラブルもなく、我々を優しく受け入れてくれたラップランドの大地、そしてサーメ(原住民)の人々に感謝する。

そもそも、この計画はメル友から始まった。
欧州を代表するオランダの風景写真家マーティン・ケルス氏、日本のプロの写真家、日本内外を又にかけて活躍しているサボテン商人、そして医療法人の役員に、秘境を題材にする旅行記作家(ナショナルジオグラフィなどの執筆者)、8名が成田空港とヘルシンキ空港で集合し、仕事とはまったく関係なく、プライベートで神秘的なオーロラを見る旅に出かけた。
マーティン・ケルス氏
http://www.martinkers-foto.nl/
私たちが、フィンランド最北端のコテージ(Pakanajoki にあるコテージは、本当にフィンランドでも最北端の住居だそうで、あと5Km北はノルーウェーである)に入ったその日からオーロラは姿を見せてくれた。気温も、当初予想していたマイナス40度とは違い、マイナス15度程度と非常に温かく、そして完全に無風状態の中、電気も水も(雪と氷はあるが)何もない世界の中で過ごすことができた。
同時期に、フィンランドやノルーウェーなどへ多くの人々(日本人)がオーロラを見に来ていたそうだが、多分、殆どの日本人はオーロラを見る事ができずに帰国したようである。
オーロラを見るには色々な条件が重なる必要がある。
1.北極圏でも、更に北の方(北緯68度がオーロラ帯)
2.晴れている(雲がない)
3.気温が非常に低い(気温が低いと雲が出にくい)
4.月が出ていない
5.太陽風が活発に吹いている(黒点の活動)
6.大地・自然に感謝すること(心がけが重要)
などである。
オーロラ講座
http://www.moimoifinland.com/fourseasons/aurorafacts.html
多くの人々は、毎日曇り空で、見ることはできなかったようである。
(心が曇ると、オーロラも出ない)
フィンランド最大の湖、Inari湖(南北80km、最大幅40km)の北にあるセヴィティヤルビから、更に北にスノーモービル(昔はトナカイのソリ)で入り、パカナヨキ(ヨキ=川)という川のほとりのコテージに滞在したが、最初、到着した時は曇り空で、小雪もちらつき、空は何も見えなかった。
イナリ
http://www.moimoifinland.com/areas/inari.html
Pakanajoki のコテージ
http://www.villipohjola.com/item.asp?Section=14&Item=241
そこで、高知(土佐)から持っていった「司牡丹」(御神酒)を大地にまいて、天空に向かい「大地と神々に感謝します」お願いしたところ、不思議と無風の雪原に風が吹いて、空が開け、星が見えて、そしてオーロラが北の空から出現した。それも、通常のオーロラが出る時間帯(午後10時頃)とは違い、午後6時頃であった。これは、お祈りして10分後の出来事である。
現れたオーロラ

昔は、サーメ(ラップ人)のシャーマンがトナカイの皮でできた太鼓を鳴らしながら、お祈りをするとオーロラが現れたそうである。本当に、お稲荷(Inari)様ではないが、「お祈り」である。しかし、不思議である。この時から、私はサーメからシャーマンだと言われた。
翌日は、スノーモービルで更に15km移動して、タイガ(ツンドラの手前で、大地には松や白樺の針葉樹とコケだけが生えている。大小、石ころだらけでコケだらけの大地)の大地で、針葉樹林の間に、サーメの人々にテントを張ってもらって一緒に寝た。流石にマイナス20度の世界では、大地にトナカイの皮をしいただけでは、頭と足と背中が凍ってくる。そして、その夜は小雪が降って、かすかなオーロラしか見る事ができなかった。
ラップのテント

ラップのテントの中では、暖をとるために焚き火をする。まきが白樺の木だったもので、完璧に人間燻製になってしまった。身体中がスモークサーモンの臭いである。しかし、あの様な煙の中で、ラップの人々はよく眠れるものである。肺の中は煙だらけである。それと、マイナス20度のタイガの大地に、トナカイの皮一枚である。当然、原住民は身体にトナカイの皮で作った衣服をまとっているので、暖かいのは当然である。こちらとしては、化学繊維の洋服では何とも対応できない。化学的な接着剤も、一瞬でバラバラとなる。したがって、高価な日本製の靴も、すぐにかかとなどがとれて、バラバラになってしまう。化学の弱さを感じる。
しかし、流石にまきを焚きすぎて、夜中には薪が無くなってしまったので、午前3時頃からまき割をした。大きな騒音だったが、しかし誰も「ウルサイ」という人は居なかった。それもそのはず、まきが無いと本当に寒いのである。眠気より、暖である。しかし、本当はあまりまきを使ってはいけなかった。薪となる木々は大切な資源である。10年たっても直径が5センチ~10センチにしかならない木々である。サーメの人々は無言だったが、反省しなければならない。それも、木々は倒木しか使ってはならないのである。これが決まり事である。
タイガでは、空気が非常に乾燥しているし、全てが凍っているので、まきも面白いように割れる。金属音を立てて割れる。金属バットでボールを打っているような音である。カキーーーン。
翌朝は野宿(テント)からコテージに戻り、夜、15km離れたセヴィティヤルビのレストランでディナーを食べた。その時(サーメの人々がダンスや歌を歌ってくれていた時に)、凄まじいオーロラが出現した。カーテンのようなオーロラや、トーン記号のようなオーロラや、そして大地から燃え上がるような激しいオーロラが出現した。その翌日、Inari湖の近くのコテージに移った時も、オーロラが出現した。ほぼ毎日のようにオーロラを見ることができたがが、普通はこんなことはないのかも知れない。原住民から、あなたはシャーマンだと言われてしまった。まさに、御神酒のお陰である。
大地から吹き上げるようなオーロラ

撮影 中村脩さん
さて、あの大地(雪原)にまいた御神酒であるが、翌朝見ると氷柱状態になって、大地に突き刺さっていた。雪(氷柱)をなめるとお酒の味がした。朝、顔を洗う時は、水がないので雪を顔に擦りつけて体温(顔の温度)で溶かして洗い(下手すると顔にヤスリをかけることになる)、歯磨きも雪をくわえて磨いた(パウダーである)。
食事であるが、「マイカップ」と「マイお皿」「マイ・スプーン」を使用し、使用後は洗わずに紙で拭くだけである。洗うと、水が氷になって汚れがとれなくなる。コーヒーも、スープも、全て同じカップ(自分自身の)を使うので、洗う必要もないのである。食器は高知から100円ショップで買って持って行ったが、プラスチック製のカップで正解であった。鉄製か陶器だと、唇に凍り付く。スープなど、食べた途端に食器が口に接着されてしまうのである。まさにアロンアルファー状態である。
食事が終わって、暖炉がある部屋の中でも、早く拭き取らないと凍ってしまう。カップを暖炉で暖めながら、拭き取るしかないのである。しかし、一度凍ったものは簡単には溶けないので、溶けだして衣服などが汚れる心配は皆無である。
日本から持っていった御神酒の司牡丹であるが、大地にテントを張って寝た時も、瓶の中は凍らなかった。マイナス20度では凍らないようである。ペットボトルのミネラルウォーターであるが、これは凍りついてしまった。少しだけ凍りかけたミネラルのボトルの蓋を開けた途端、一瞬にして中身が全て凍ったのには驚いた。ボトルの中は真空状態で凍っていなかったのであるが、空気に触れた途端に一瞬で凍りついてしまった。凄まじい状態で、爆発するかと思った。
それと、マイナス20度という温度は非常に気持ちがいい。サウナは100度でも大丈夫であるが、熱湯だと焼け死んでしまう。その逆で、まるで水分のない世界、非常に乾燥している世界で、水分があれば全て氷(ダイヤモンドダスト)になる世界では、マイナス20度でもさほど寒いとは感じない。ただ、焼けるような寒さと言うか、滅茶苦茶寒いのは事実であるが、あのような感覚は日本では経験出来ないであろう。水など直ぐに凍るし、吐く息も凍り付く。カメラのフィルムも凍って巻き取れないこともある。電池は半分ももたない。すぐに電池切れとなるが、温めると復活する。
しかし、皆一同に言ったのであるが、「ダイヤモンドダスト」という表現、そのようなものではないと感じる。ダイヤモンドでは表現できない、それ以上に綺麗なのである。とてもダストではなく、宝石である。そして、この大地に降る雪であるが、大きさはグラニュー糖の粒程度の大きさで、本当に「雪印」マークそのものの結晶状態で天空から降ってくる。全てが形が違う、本当に綺麗な結晶である。単結晶が天から降ってくるわけで、大地に降り積もった雪も粉(パウダー)状態。もし風でも吹けば、ものすごいことになるのも想像できるであろう。
凍結した道路では、ノーマルタイヤで時速100Kmで走ってもグリップが効いて滑らない。また、フィンランドには、どんな極限の大地にもサウナがある。フィンランドのサウナは、日本のようにあまり熱くはないが、焼いた石に水をかけた時には非常に熱くなる。そして、普通はサウナを暖めると同時に、横の釜で身体を洗うための水も沸かすのだが(当然、雪や氷から溶かすわけであるが)、下手をして、お湯を沸かす方の火が消えてしまった。勢いあまって水をかけてしまったのである。薪にである。結局、半分解けた水をかぶることになった。まだ溶けず氷もあったが、結構、ワイルドな経験だった。人間、限界をクリアーすれば、どんどん限界が無くなっていくものである。限界とは、自分で決めているだけのものかもしれない。限界は、超えることができるのである。
サウナで暖まって、そしてサウナ小屋から飛び出し、マイナス20度の雪原を裸で転げ回るのであるが、15秒が限界である。歩いていても、足の底が凍りつくので裸足では長時間ダメである(15秒が限度)。ただ、サウナで出た汗も一瞬で凍ってしまって粉状態になるので、裸で転げ回ると本当に気持ちがいい。フィンランドでは氷の張っていない湖に飛び込むということもやっているが、水が凍っていないということは、水温は0度以上であるので、水に飛び込んだ方が暖かいそうである。信じられないことであるが、暖かいそうである。日本では心臓麻痺かもしれない。
サウナ小屋

ラップランドで感じたことは、電気も何もない、音さえない世界は本当に過酷であるけど、美しい。例えられないくらいに美しい。これは、多分、経験した人にしか理解ができないことだと思う。
話は変わるが、物事、経験もせずに勝手に理解(解釈)するが、やはり何事も、自ら経験しなくては、机上論では何も出来ない(それは、本物ではない)と感じる。
あの、何もない世界の方が、綺麗で、幸せで、生きていると感じた。
人々の心も、本当に綺麗であった。
湖に50cm、穴をあけて釣りをした。大きなサーモンやマスが沢山いるとのことだったが、釣れなかった。

それと、スノーモービルで移動中も、手袋をせずに、フルフェイスのヘルメットから顔を出していたが、大丈夫であった。また、寒いといっても、太陽が出ると温かく感じる(無風で、湿度もないので)。太陽も、午前10時ごろやっと出て、横にスライドして(上に上がらない)、午後3時過ぎには沈む(2月初旬)。日の出・日の入りの朝焼け、夕焼けは非常に長く、ピンク色で美しい。また朝のブルーの風景も最高である。


伝説
オーロラに向かって口笛をふいてはならない。
オーロラに向かって口笛を吹くと、オーロラが空から降りてきて子供達をさらっていくと言われている。
オーロラには、色々な伝説がある。エスキモーでは死霊の天国とも言われている。
これらは全て伝説ではあるが、オーロラを本当にみると、伝説も甚だ伝説とは思えない。
凄まじいスピードで踊り回るオーロラに、いつ呑み込まれるかという不安も感じるのである。
身体ではなく、魂をである。
成層圏にあるオーロラに音があるはずはないのであるが、口笛のような音を聞いたことがあるという人もいる。
だから、フィンランドではオーロラに向かって口笛を吹いてはいけないのである。友達と思って追いかけてくるのかもしれない。精神的な友達として。
それでは、キートス(ありがとうございました)。


撮影 中村脩さん
2006年09月11日
海士で燃える
9月8日~10日、隠岐・海士町で行われた、燃える人の同窓会、シンポジウム「立ち上がる隠岐~離島から日本を変える~」は、本当に素晴らしい取り組みであったと同時に、地域間交流の素晴らしさを十二分に実感させていただきました。
今回、海士町での取り組みに参加されました皆様、そしてご準備くださいました海士町や島根県庁の皆様、そして福間様、川本様、本当にありがとうございました。山内町長様はじめ、多くの皆様に感謝申し上げます。
また、今回は参加できなかった燃える人の皆様にも、暖かいご支援を感謝申し上げます。
今回の取り組みは、隠岐・海士町という素晴らしい自然環境、地理的にも、歴史的にも非常に重要な場所で、同窓会、シンポジウムを開催することができ、今後、燃える人の取り組み、そして地域の連携、人的連携にも大きな影響(成功事例として)を与えることと思います。
やはり、燃える人の活動は、「語るより示せ」ではないかと感じました。
なかなか、言葉では言い表せませんが、本当に素晴らしい取り組みでした。
私事ですが、島根の七類港と高知の間は、軽自動車で往復しました。馬路村の東谷様とも、是非一緒に自動車で行きたかったのですが、今回は残念です。
高知(我が家)から米子までは、本当に一直線で、高知道、高松道、瀬戸大橋(瀬戸中央)、山陽道、岡山道、中国道、米子道の各ジャンクションで曲がった以外は、ほとんど信号で右(左)折することもなく、本当に一直線でした。片道302Km、軽自動車で4時間30分でした。
隠岐からの帰りは、隠岐の西郷港で松井会長、関満博先生、松田様と別れた後は、フェリーでゆっくりと3時間休む(寝る)ことができて、午後5時30分に七類(本土)に到着してからは快適に運転して、高知までほぼ休むこと無く運転して帰ってきました。途中、蒜山PAでお土産(乳製品と二十世紀梨)を購入し(海士町でもさざえカレーなど沢山お土産を購入しましたが)、香川の豊浜で夕ご飯を食べ、午後10過ぎに高知に戻りつきました。とにかく、車の中は地域の食材で満杯になりました。
今回、海士町に出かけて、海士町の歴史・風土、自然環境、そして食材は、そのまま観光資源になりますし、むしろ隠岐の中では、海士町は最高のリゾート地だなと思いました。また、海士町ではIターン(商品開発研修生)で多くの若者が育っており、また山内町長さんをはじめ、役場の皆様、地域の皆様の生き生きした表情が印象的でした。素晴らしかったです。「海士人」をブランド化(海士から人材輩出)しては如何でしょう(人材育成は海士町で!!)。
これから、さらに地域の価値を高めていただければと思います。
燃える人の一人として、出来る限りのご支援をさせていただければと考えております。
参加者の皆様、本当にありがとうございました。
今回は参加できなかった皆様とも、是非、次回にはお会いしたいと思います。
燃える人・同窓会

燃える人・ご一行(後ろ姿)

素晴らしい風景(感嘆)

シンポジウム(素晴らしいパワー)

素晴らしい食材(本物は現地で食すこと)

ここはリゾート地だ!(海岸に別荘が欲しい)

三郎岩(豪快、海の中はお魚でいっぱい)

国賀海岸(雄大な景色)

牛と馬がお出迎え(国賀海岸)

ホテルの部屋から

マリンポートホテル海士

http://www.oki-ama.com/
今回、海士町での取り組みに参加されました皆様、そしてご準備くださいました海士町や島根県庁の皆様、そして福間様、川本様、本当にありがとうございました。山内町長様はじめ、多くの皆様に感謝申し上げます。
また、今回は参加できなかった燃える人の皆様にも、暖かいご支援を感謝申し上げます。
今回の取り組みは、隠岐・海士町という素晴らしい自然環境、地理的にも、歴史的にも非常に重要な場所で、同窓会、シンポジウムを開催することができ、今後、燃える人の取り組み、そして地域の連携、人的連携にも大きな影響(成功事例として)を与えることと思います。
やはり、燃える人の活動は、「語るより示せ」ではないかと感じました。
なかなか、言葉では言い表せませんが、本当に素晴らしい取り組みでした。
私事ですが、島根の七類港と高知の間は、軽自動車で往復しました。馬路村の東谷様とも、是非一緒に自動車で行きたかったのですが、今回は残念です。
高知(我が家)から米子までは、本当に一直線で、高知道、高松道、瀬戸大橋(瀬戸中央)、山陽道、岡山道、中国道、米子道の各ジャンクションで曲がった以外は、ほとんど信号で右(左)折することもなく、本当に一直線でした。片道302Km、軽自動車で4時間30分でした。
隠岐からの帰りは、隠岐の西郷港で松井会長、関満博先生、松田様と別れた後は、フェリーでゆっくりと3時間休む(寝る)ことができて、午後5時30分に七類(本土)に到着してからは快適に運転して、高知までほぼ休むこと無く運転して帰ってきました。途中、蒜山PAでお土産(乳製品と二十世紀梨)を購入し(海士町でもさざえカレーなど沢山お土産を購入しましたが)、香川の豊浜で夕ご飯を食べ、午後10過ぎに高知に戻りつきました。とにかく、車の中は地域の食材で満杯になりました。
今回、海士町に出かけて、海士町の歴史・風土、自然環境、そして食材は、そのまま観光資源になりますし、むしろ隠岐の中では、海士町は最高のリゾート地だなと思いました。また、海士町ではIターン(商品開発研修生)で多くの若者が育っており、また山内町長さんをはじめ、役場の皆様、地域の皆様の生き生きした表情が印象的でした。素晴らしかったです。「海士人」をブランド化(海士から人材輩出)しては如何でしょう(人材育成は海士町で!!)。
これから、さらに地域の価値を高めていただければと思います。
燃える人の一人として、出来る限りのご支援をさせていただければと考えております。
参加者の皆様、本当にありがとうございました。
今回は参加できなかった皆様とも、是非、次回にはお会いしたいと思います。
燃える人・同窓会

燃える人・ご一行(後ろ姿)

素晴らしい風景(感嘆)

シンポジウム(素晴らしいパワー)

素晴らしい食材(本物は現地で食すこと)

ここはリゾート地だ!(海岸に別荘が欲しい)

三郎岩(豪快、海の中はお魚でいっぱい)

国賀海岸(雄大な景色)

牛と馬がお出迎え(国賀海岸)

ホテルの部屋から

マリンポートホテル海士

http://www.oki-ama.com/
2006年09月07日
テレワークの勧め
ICT(情報通信技術)の進展により、生活環境も仕事環境も大きく変化している。従来のワークスタイル・ライフスタイルを変えて、自然豊かな環境で、時間の流れの違いを感じながら仕事をしてみては如何だろう。頭の活性化はもとより、素晴らしいアイデアもわいてくるのではないだろうか。是非、都会?のオフィスを出て自然の中で仕事をしてみることをお勧めする。とは言いながら、なかなか変わらないのが制度と意識である。まだまだ出勤簿にハンコを押さなければ出勤とみなされないのが現実である。早く、制度も意識も変えさせたい。
1980年、米国の未来学者アルビン・トフラー氏が『第三の波』で情報化社会の到来を予言している。その中に「エレクトロニック・コテージ」ということが書かれている。訳書では、コテージを「住宅」と訳しているが、コテージという響きからは、それは単に「自宅」というメインの「家」だけではなく、山荘、別荘などで仕事をすることがイメージさせられる。
テレワークとは、「情報通信技術(IT)を利用した場所・時間にとらわれない働き方」。仕事をするのに一番重要な事は、柔軟な発想=思考である。そして、豊富な情報・知識とそれらを再構成できる能力(智恵)。今は、豊富な知識や情報を得るために一定の場所に居る必要はなくなった。情報通信技術が発達し、高速なネットワークが整備されてきた現在、仕事をしたり考えたりという作業は都会のオフィスに居る必要性はまったくない。むしろ、自宅や自然豊かな場所で仕事を行うのが一番良いのではないかと考えている。「時間と場所を選ばずに」と言うよりか「時間と場所を自分自身で選択して」仕事をしてみては如何だろう。
21世紀はまさに、自宅もしくはコテージ(山荘風の建物=隠れ家)で仕事をすることにより新たな発想の転換が可能になるのではないかと考えている。初夏を迎え深緑が美しい季節、パソコンやメモリースティックを持って自然の中に出かけてみては如何だろう。
社団法人日本テレワーク協会
http://www.japan-telework.or.jp/
スイス グリンデルワルト Grindelwald

スイス政府観光局
http://www.myswiss.jp/area/06/grindelwald.htm
1980年、米国の未来学者アルビン・トフラー氏が『第三の波』で情報化社会の到来を予言している。その中に「エレクトロニック・コテージ」ということが書かれている。訳書では、コテージを「住宅」と訳しているが、コテージという響きからは、それは単に「自宅」というメインの「家」だけではなく、山荘、別荘などで仕事をすることがイメージさせられる。
テレワークとは、「情報通信技術(IT)を利用した場所・時間にとらわれない働き方」。仕事をするのに一番重要な事は、柔軟な発想=思考である。そして、豊富な情報・知識とそれらを再構成できる能力(智恵)。今は、豊富な知識や情報を得るために一定の場所に居る必要はなくなった。情報通信技術が発達し、高速なネットワークが整備されてきた現在、仕事をしたり考えたりという作業は都会のオフィスに居る必要性はまったくない。むしろ、自宅や自然豊かな場所で仕事を行うのが一番良いのではないかと考えている。「時間と場所を選ばずに」と言うよりか「時間と場所を自分自身で選択して」仕事をしてみては如何だろう。
21世紀はまさに、自宅もしくはコテージ(山荘風の建物=隠れ家)で仕事をすることにより新たな発想の転換が可能になるのではないかと考えている。初夏を迎え深緑が美しい季節、パソコンやメモリースティックを持って自然の中に出かけてみては如何だろう。
社団法人日本テレワーク協会
http://www.japan-telework.or.jp/
スイス グリンデルワルト Grindelwald

スイス政府観光局
http://www.myswiss.jp/area/06/grindelwald.htm
2006年09月06日
情報検索と考える力
いくら情報化社会になったとは言っても、やはり重要なのはリアルな経験である。実体験に裏打ちされた知識でないと、文字になった知識だけでは本当の世界は理解できない。
私は、旅が大好きである。私にとって旅は、知識を知恵に変える為にも重要な作業である。最近では、インターネット検索によるネットサーフィンとリアルな旅(経験)を組み合わせることで、昔では考えられないほど沢山の知識を知恵に変えることが可能となった。しかし、その前提として、良い知識と、良い経験が重要である。知識は、良い経験を経て意識の中に定着し、その演繹が知恵となる。
スイスにて(昔は坊主頭だった)

ショーペンハウアーが『読書について』の中(冒頭)で述べているが、「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、知識のばあいも事情はまったく同様である。いかに多量にかき集めても、自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りしても、いくども考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い」のである。
「読書で生涯をすごし、さまざまな本から知識をくみとった人は、旅行案内書をいく冊も読んで、ある土地に精通した人のようなものである。こういう人は報告すべき材料をいろいろ持ち合わせているが、その土地の様子についてはまとまった知識も、明瞭な基礎的知識もまったく欠いている。これと対照的なのが生涯を思索に費やした人で、いわば自分でその土地に旅した人の立場にある。そういう人だけが問題の土地を真の意味で知り、その土地の事情についてもまとまった知識をもち、実際、我が家にあるように精通しているのである。」
ショーペンハウエル著 『読書について』(思索) 岩波文庫 13頁
重要なことは、思索することである。自分自身の頭で。
旅して考えることである。ゲーテやニーチェのように。
ブリエンツ湖(インターラーケンの近くにて) この静けさは最高である。

しかし、便利になったものである。昔だったら、旅行するとなると旅行会社に出かけてパンフレットを入手したり、旅行ガイドブックを書店で購入して、色々と旅行計画を立てていた。しかし、今ではインターネット検索やエンカルタ総合大百科などを活用することで、目的地の情報は自宅に居ながらにして入手できる。おまけに、インターネットでホテルの宿泊予約も可能である。
旅(リアルな経験)をする場合、予備知識は非常に重要である。旅する地域の歴史や風土などを事前に知っていれば、旅した時に現地の人々との会話にも花が咲く。知識の本当の意味も確認もできる。どのような人々がその地域とかかわっていたのか、歴史上の人物などを知っておくことも非常に重要である。
これらの情報は、インターネットの「検索エンジン」と言われるものを使うことで入手が可能となる。Yahooやgoo、Googleなどである。検索で重要なことは、検索するときに入力する「単語」である。効率よく、的確な情報にたどりつけるかは、検索時に入力する「単語」と、「単語の組み合わせ」が重要となる。この単語を如何に発想(想像)できるかが、各自(人間)の検索能力にもかかわってくる。その為には、日頃から色々な知識(情報)を入手して、自分自身で発想するトレーニングが重要である。何事も、考えぬくことである。
私は、いつも二つの単語を組み合わせて検索している。単語を並べる順番も重要である。例えば、「愛媛 温泉」とか、「南予 夕日」とか、二つの単語を全角のスペースで区切って入力し検索している。色々な単語を組み合わせることで情報が絞られてくる。インターネット検索は本当に便利である。
一般的にはあまりされないかも知れないが、たとえば自分自身の名前とか、自社の会社名で検索してみるのも面白い。自分自身の情報がどのように出てくるのか確認してみると良い。これは逆に言うと、企業などはどのような形式で情報を出せば、相手の検索に引っかかってくるのか(ヒットするのか)という知恵にもなる。やはり、情報の発信方法(内容)が重要なのである。
ちなみに、私の名前「坂本 世津夫」で検索するとYahooで282件の情報が出てくる。自分自身の活動を振り返るにも良いし、色々な活動を再チェックすることができる。企業の場合も、例えば計画している自社のプロジェクトと同じような取り組みが他でも行われていないかチェックすることも可能である。また、学生が企業訪問する時など、事前に情報を知ってから訪問するのと、何も知識がないまま訪問するのとでは、成果に大きく影響するのではないかと思う。
是非、検索を駆使して、的確な情報管理、情報活用(発信)ができればと考えている。
おまけ
例えば、外国の検索サイト(イタリアとかフィンランドとか)で、日本語で検索してみるのも面白い。意外な情報が出てくる時がある。また、地域を本当に知るには、旅行から戻ってきてからが勝負である。旅行に行く前にはまるで頭に入らなかった情報が、旅行後にはすらすらと頭の中に入るようになる。外国旅行も、帰国後に情報検索するとベストである。どんどん情報が見えてくる。そして、情報も生きた情報となる(単なる文字知識ではなく)。
マッターホルン(この静けさも最高である)

私は、旅が大好きである。私にとって旅は、知識を知恵に変える為にも重要な作業である。最近では、インターネット検索によるネットサーフィンとリアルな旅(経験)を組み合わせることで、昔では考えられないほど沢山の知識を知恵に変えることが可能となった。しかし、その前提として、良い知識と、良い経験が重要である。知識は、良い経験を経て意識の中に定着し、その演繹が知恵となる。
スイスにて(昔は坊主頭だった)

ショーペンハウアーが『読書について』の中(冒頭)で述べているが、「数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、知識のばあいも事情はまったく同様である。いかに多量にかき集めても、自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りしても、いくども考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い」のである。
「読書で生涯をすごし、さまざまな本から知識をくみとった人は、旅行案内書をいく冊も読んで、ある土地に精通した人のようなものである。こういう人は報告すべき材料をいろいろ持ち合わせているが、その土地の様子についてはまとまった知識も、明瞭な基礎的知識もまったく欠いている。これと対照的なのが生涯を思索に費やした人で、いわば自分でその土地に旅した人の立場にある。そういう人だけが問題の土地を真の意味で知り、その土地の事情についてもまとまった知識をもち、実際、我が家にあるように精通しているのである。」
ショーペンハウエル著 『読書について』(思索) 岩波文庫 13頁
重要なことは、思索することである。自分自身の頭で。
旅して考えることである。ゲーテやニーチェのように。
ブリエンツ湖(インターラーケンの近くにて) この静けさは最高である。

しかし、便利になったものである。昔だったら、旅行するとなると旅行会社に出かけてパンフレットを入手したり、旅行ガイドブックを書店で購入して、色々と旅行計画を立てていた。しかし、今ではインターネット検索やエンカルタ総合大百科などを活用することで、目的地の情報は自宅に居ながらにして入手できる。おまけに、インターネットでホテルの宿泊予約も可能である。
旅(リアルな経験)をする場合、予備知識は非常に重要である。旅する地域の歴史や風土などを事前に知っていれば、旅した時に現地の人々との会話にも花が咲く。知識の本当の意味も確認もできる。どのような人々がその地域とかかわっていたのか、歴史上の人物などを知っておくことも非常に重要である。
これらの情報は、インターネットの「検索エンジン」と言われるものを使うことで入手が可能となる。Yahooやgoo、Googleなどである。検索で重要なことは、検索するときに入力する「単語」である。効率よく、的確な情報にたどりつけるかは、検索時に入力する「単語」と、「単語の組み合わせ」が重要となる。この単語を如何に発想(想像)できるかが、各自(人間)の検索能力にもかかわってくる。その為には、日頃から色々な知識(情報)を入手して、自分自身で発想するトレーニングが重要である。何事も、考えぬくことである。
私は、いつも二つの単語を組み合わせて検索している。単語を並べる順番も重要である。例えば、「愛媛 温泉」とか、「南予 夕日」とか、二つの単語を全角のスペースで区切って入力し検索している。色々な単語を組み合わせることで情報が絞られてくる。インターネット検索は本当に便利である。
一般的にはあまりされないかも知れないが、たとえば自分自身の名前とか、自社の会社名で検索してみるのも面白い。自分自身の情報がどのように出てくるのか確認してみると良い。これは逆に言うと、企業などはどのような形式で情報を出せば、相手の検索に引っかかってくるのか(ヒットするのか)という知恵にもなる。やはり、情報の発信方法(内容)が重要なのである。
ちなみに、私の名前「坂本 世津夫」で検索するとYahooで282件の情報が出てくる。自分自身の活動を振り返るにも良いし、色々な活動を再チェックすることができる。企業の場合も、例えば計画している自社のプロジェクトと同じような取り組みが他でも行われていないかチェックすることも可能である。また、学生が企業訪問する時など、事前に情報を知ってから訪問するのと、何も知識がないまま訪問するのとでは、成果に大きく影響するのではないかと思う。
是非、検索を駆使して、的確な情報管理、情報活用(発信)ができればと考えている。
おまけ
例えば、外国の検索サイト(イタリアとかフィンランドとか)で、日本語で検索してみるのも面白い。意外な情報が出てくる時がある。また、地域を本当に知るには、旅行から戻ってきてからが勝負である。旅行に行く前にはまるで頭に入らなかった情報が、旅行後にはすらすらと頭の中に入るようになる。外国旅行も、帰国後に情報検索するとベストである。どんどん情報が見えてくる。そして、情報も生きた情報となる(単なる文字知識ではなく)。
マッターホルン(この静けさも最高である)

2006年09月05日
高知ジョイフルコンサート
地域を活性化(元気に)させるには、そこに暮らしている人々の心が明るくならなくてはいけない。
経済的な活力も確かに必要(重要)ではあるが、同時に文化的な面でも、生活が潤い、心が潤うのでなければ地域に花はさかない。人々の心が潤うことにより、地域は次第に元気になり、経済(産業)にも活力が生まれてくる。
今年度より、クラシック音楽によって地域を活性化しようと「高知ジョイフルコンサートシリーズ」という取り組みをスタートさせた。高知大学、高知県立美術館、高知新聞社が連携して、「高知ジョイフルコンサートシリーズ」の実行委員会組織である「ジョイフルコンサートコーチ」を立ち上げた。
今回の取り組みは、教育(コーチ)という面で地域の演奏家や学生も随時参加して、一流の演奏家と共演することによってレベルの向上をはかることを最大の目的としている。単なるコンサートではない。同時に、質の高い音楽(プロフェッショナルな音楽)、楽しい演奏会を企画することによってクラシック音楽を身近にしたいと考えている。一般的にクラシック音楽と言えば少々堅苦しい感じがするが、できるだけ気軽にクラシックの演奏会に出かけられるようにすることで聴衆の拡大を図ると同時に、地域の社交・交流の広がりを意図している。
言い換えれば、「高知ジョイフルコンサートシリーズ」を開催する目的は、プロのクラシック音楽(プロレベルの、質の高い音楽にふれることを)を通じて、地域の文化意識を向上させると同時に、地域の演奏家や学生などが随時参加し、一流の演奏家と共演することで、技術レベルの向上をはかることにある。さらには、音楽を通じて、色々な組織や人材が交流し、連携する土壌をつくることにあります。まさに、交流の場、社交の場の形成である。
高知県立美術館ホールは、定員が399名(399席)である。ジョイフルコンサートのチケットは3回通し券で1万円であった。3月末からこのチケットの販売を開始したのであるが、いや、販売を開始する以前の企画段階から、「高知ではクラシックコンサートで1万円のチケットは売れるはずがない」と、皆から無謀さを指摘された。また、初回がコンサートが5月の連休明けだったこともあり、「連休中に小遣いを使い果たしている人々が、そして連休で疲れた人々が集まるはずがない」とも言われた。そして、「せめて、3回バラバラのチケットで3300円ならまだしも、1万円とは・・・」。批判ばかりである。
結果は、チケットは1ヶ月で完売した。色々な組織や人々の連携、口コミ、マスコミ(報道関係者)の協力、そして何よりも成功させようという人々の心が、この無謀な計画を成功させた。コンサートの前日、5月9日には、リハーサル風景を公開した。高額なチケットを購入できない子供たちの為に、またプロのクラシック音楽を制作段階の雰囲気も一緒に体感してもらおうと、リハーサルも公開した。そして、5月10日の第1回コンサート(オーケストラ)では、誰もが感嘆の声もらすほど素晴らしい演奏がおこなわれた。当日はひどい雨であったが、会場はほぼ満席となった。みんなが感動の言葉を語ってくれた。コンサート終了後、午後9時からは演奏者と一緒になって美術館ホールの踊り場で交流会も開催した。演奏者も観客も、お互いが興奮状態にある中での交流会は、何よりも素晴らしい。子供達も、技術的な質問をしていた。
リハーサル風景



ものごとには仕組みが重要である。1回限りの限定ものでは得られないものがシリーズにはある。シリーズにすることで可能となる。もし、今回のコンサートが3回バラバラであったならば、予算的にも第1回目のコンサートでこれだけの感動を与えることはできなかったであろう。シリーズもので年間予算が確保できたからこそ、人々に感動を与える価値のあるコンサートができたと思う。参加者からは、第1回目のコンサートだけで、チケットを購入した価値は十分にあるという意見も多かった。
本番

しかし、チケットが完売するまでは背水の陣であった。資金が先に準備されているのではない。チケットが完売させなければ赤字となる。チケットを売り上げるまでは、個人的に資金を出し替えなければならない。そして、チケットは第1回目のコンサートまでに売り切らなければ、以後は売れない。しかし、幸なことに、チケットは4月末には完売したのである。色々な方々の協力、連携があってこそである。完売した時には、本当に涙がでる想いであった、感激した(これで自腹を切らずにすむと)。
色々な取り組みであるが、単発でおこなうのではなく、ストーリー性を持たせて、多くの人々と連携して実行するのが何よりも重要であると思う。
本日、ジョイフルコンサート第2回目(9月)の運営会議をおこなった。そして、来年度の企画もおこなった。5名程度のスタッフで運営しているが、やはりプロの仕事は素晴らしいと感じる。本日の会議も40分程度で終了した。チェックポイントだけ詰めれば、確実に実行できる。さすが、プロである。
何事も、やってみなければ分からない。批判ばかりでやらないよりも。
成功させるだけの努力と、智恵が必要である。
ジョイフルコンサートコーチ
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
高知県立美術館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/%7Emuseum/joyful/joyfulnewpage1.htm
交流会
経済的な活力も確かに必要(重要)ではあるが、同時に文化的な面でも、生活が潤い、心が潤うのでなければ地域に花はさかない。人々の心が潤うことにより、地域は次第に元気になり、経済(産業)にも活力が生まれてくる。
今年度より、クラシック音楽によって地域を活性化しようと「高知ジョイフルコンサートシリーズ」という取り組みをスタートさせた。高知大学、高知県立美術館、高知新聞社が連携して、「高知ジョイフルコンサートシリーズ」の実行委員会組織である「ジョイフルコンサートコーチ」を立ち上げた。
今回の取り組みは、教育(コーチ)という面で地域の演奏家や学生も随時参加して、一流の演奏家と共演することによってレベルの向上をはかることを最大の目的としている。単なるコンサートではない。同時に、質の高い音楽(プロフェッショナルな音楽)、楽しい演奏会を企画することによってクラシック音楽を身近にしたいと考えている。一般的にクラシック音楽と言えば少々堅苦しい感じがするが、できるだけ気軽にクラシックの演奏会に出かけられるようにすることで聴衆の拡大を図ると同時に、地域の社交・交流の広がりを意図している。
言い換えれば、「高知ジョイフルコンサートシリーズ」を開催する目的は、プロのクラシック音楽(プロレベルの、質の高い音楽にふれることを)を通じて、地域の文化意識を向上させると同時に、地域の演奏家や学生などが随時参加し、一流の演奏家と共演することで、技術レベルの向上をはかることにある。さらには、音楽を通じて、色々な組織や人材が交流し、連携する土壌をつくることにあります。まさに、交流の場、社交の場の形成である。
高知県立美術館ホールは、定員が399名(399席)である。ジョイフルコンサートのチケットは3回通し券で1万円であった。3月末からこのチケットの販売を開始したのであるが、いや、販売を開始する以前の企画段階から、「高知ではクラシックコンサートで1万円のチケットは売れるはずがない」と、皆から無謀さを指摘された。また、初回がコンサートが5月の連休明けだったこともあり、「連休中に小遣いを使い果たしている人々が、そして連休で疲れた人々が集まるはずがない」とも言われた。そして、「せめて、3回バラバラのチケットで3300円ならまだしも、1万円とは・・・」。批判ばかりである。
結果は、チケットは1ヶ月で完売した。色々な組織や人々の連携、口コミ、マスコミ(報道関係者)の協力、そして何よりも成功させようという人々の心が、この無謀な計画を成功させた。コンサートの前日、5月9日には、リハーサル風景を公開した。高額なチケットを購入できない子供たちの為に、またプロのクラシック音楽を制作段階の雰囲気も一緒に体感してもらおうと、リハーサルも公開した。そして、5月10日の第1回コンサート(オーケストラ)では、誰もが感嘆の声もらすほど素晴らしい演奏がおこなわれた。当日はひどい雨であったが、会場はほぼ満席となった。みんなが感動の言葉を語ってくれた。コンサート終了後、午後9時からは演奏者と一緒になって美術館ホールの踊り場で交流会も開催した。演奏者も観客も、お互いが興奮状態にある中での交流会は、何よりも素晴らしい。子供達も、技術的な質問をしていた。
リハーサル風景



ものごとには仕組みが重要である。1回限りの限定ものでは得られないものがシリーズにはある。シリーズにすることで可能となる。もし、今回のコンサートが3回バラバラであったならば、予算的にも第1回目のコンサートでこれだけの感動を与えることはできなかったであろう。シリーズもので年間予算が確保できたからこそ、人々に感動を与える価値のあるコンサートができたと思う。参加者からは、第1回目のコンサートだけで、チケットを購入した価値は十分にあるという意見も多かった。
本番

しかし、チケットが完売するまでは背水の陣であった。資金が先に準備されているのではない。チケットが完売させなければ赤字となる。チケットを売り上げるまでは、個人的に資金を出し替えなければならない。そして、チケットは第1回目のコンサートまでに売り切らなければ、以後は売れない。しかし、幸なことに、チケットは4月末には完売したのである。色々な方々の協力、連携があってこそである。完売した時には、本当に涙がでる想いであった、感激した(これで自腹を切らずにすむと)。
色々な取り組みであるが、単発でおこなうのではなく、ストーリー性を持たせて、多くの人々と連携して実行するのが何よりも重要であると思う。
本日、ジョイフルコンサート第2回目(9月)の運営会議をおこなった。そして、来年度の企画もおこなった。5名程度のスタッフで運営しているが、やはりプロの仕事は素晴らしいと感じる。本日の会議も40分程度で終了した。チェックポイントだけ詰めれば、確実に実行できる。さすが、プロである。
何事も、やってみなければ分からない。批判ばかりでやらないよりも。
成功させるだけの努力と、智恵が必要である。
ジョイフルコンサートコーチ
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
高知県立美術館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/%7Emuseum/joyful/joyfulnewpage1.htm
交流会
2006年09月05日
「食」を通じて、文化・教育・産業を考える
昔、南イタリア・シチリア・マルタ島を旅したことがある。そこで感じたことは、暮らし(人生)を楽しむのに一番重要な要素は食事・食材であるということである。これは南イタリアに限らず、ヨーロッパの諸国すべてがそうであると感じる。食事は、人間が生きていくために無くてはならない行為である。食事には単に「生きるための栄養を摂取する行為」というだけではなくもっともっと深い意味が存在する。それは、文化伝承の場であり、コミュニケーションの場であり、次世代の人材を育む「教育の場」そのものである。食事は、人々が「生きるための智恵(頭の栄養)を摂取する場」でもある。
マルタ島

地域ならではの食材と料理
地域にあるバラエティに富んだ食材と料理法を見直すことは、地域活性化の上で大きなポイントとなる。地域にはここでしか味わえない料理というものがある。また、食材には旬というものがある。地域でしか味わえないものを見直す、地域を売りにすることは非常に重要である。

ヨーロッパには、スペインの生ハムやスイスのチーズなど、そこに出向かなければ味わえないものが沢山ある。防腐や防疫の関係で輸出できないものや、生産量が少量のために地域で味わうだけしか確保できないものがある(ワインなども)。ヨーロッパの各地では、それらを観光の目玉にしている。それらを目当てに、多くの国々から観光客が押し寄せてくるのがヨーロッパであると感じる。これからは、「食材」「料理」に地域という付加価値を付け、多くの地域から人々を引き寄せることが重要である。

お互いの顔が見える関係「地産地消」
「グルメとは、美食をすることではなく、食材の本来の味(旬)を理解することである」と聞いたことがある。これからは、本当の安全を知ることも重要である。安全で安心な食材を得るためには、やはり生産者と消費者がお互いの顔が見える関係にあるのがベストである。旬の食材、本当の味は、やはり食材が生産されたその場(地域)で食される(消費される)のが一番である。同時に、食す人の顔がみえれば、それを生産する人々にも、新たな活力、安全に対する意識も生まれるはずである。お互いの顔が見える関係、「地産地消」の関係が、地域を活性化する一つの手段になると考えている。
「おきゃく」文化
土佐(高知)の最大の文化は「おきゃく」である。昔は、お祭りなどがあれば、近所の人々や親戚の人々などが総出で料理を準備する(こしらえる)習慣があった。それは、世代を越えた交流の場であり、料理法を伝授する場でもあった。土佐人は、「おきゃく」をすることでコミュニケーションを図り、地域文化(家庭の文化)の伝承を行い、そして生きる活力を得ていた。その「おきゃく」文化が、食事の西洋化、それもアメリカ的な食事(ファースト・フード)とともに薄れていったと感じている。高知にかぎらず、地域が再び活力をとりもどすには、「おきゃく」という文化を再考し、再興する必要性があると感じている。
食の安全と健康を考えるシンポジウムにて


愛媛の「芋たき」も、素晴らしい「おきゃく」文化である。3年間愛媛に住んで居たが、「芋たき」を一度しか味わうことができなかったのが心残りである。中秋の名月を眺めながら、重信川の河原で食した「芋たき」は最高であった。
芋たき風景

やがて日が暮れて

食事はコミュニケーションの場、教育の場
食事は、「何を食べるかではなく、誰と食べるか」である。家庭での食事も、また色々な会議のあとの交流会・懇親会も、誰と一緒に食事をし、何を会話するかが重要である。食事の意味・意義を見直すこと、特に「食育」は、次世代の人材育成という意味でも非常に重要である。これからは、「食育」をテーマとした観光があっても良いのではないかと考えている。
マルタ島

地域ならではの食材と料理
地域にあるバラエティに富んだ食材と料理法を見直すことは、地域活性化の上で大きなポイントとなる。地域にはここでしか味わえない料理というものがある。また、食材には旬というものがある。地域でしか味わえないものを見直す、地域を売りにすることは非常に重要である。

ヨーロッパには、スペインの生ハムやスイスのチーズなど、そこに出向かなければ味わえないものが沢山ある。防腐や防疫の関係で輸出できないものや、生産量が少量のために地域で味わうだけしか確保できないものがある(ワインなども)。ヨーロッパの各地では、それらを観光の目玉にしている。それらを目当てに、多くの国々から観光客が押し寄せてくるのがヨーロッパであると感じる。これからは、「食材」「料理」に地域という付加価値を付け、多くの地域から人々を引き寄せることが重要である。

お互いの顔が見える関係「地産地消」
「グルメとは、美食をすることではなく、食材の本来の味(旬)を理解することである」と聞いたことがある。これからは、本当の安全を知ることも重要である。安全で安心な食材を得るためには、やはり生産者と消費者がお互いの顔が見える関係にあるのがベストである。旬の食材、本当の味は、やはり食材が生産されたその場(地域)で食される(消費される)のが一番である。同時に、食す人の顔がみえれば、それを生産する人々にも、新たな活力、安全に対する意識も生まれるはずである。お互いの顔が見える関係、「地産地消」の関係が、地域を活性化する一つの手段になると考えている。
「おきゃく」文化
土佐(高知)の最大の文化は「おきゃく」である。昔は、お祭りなどがあれば、近所の人々や親戚の人々などが総出で料理を準備する(こしらえる)習慣があった。それは、世代を越えた交流の場であり、料理法を伝授する場でもあった。土佐人は、「おきゃく」をすることでコミュニケーションを図り、地域文化(家庭の文化)の伝承を行い、そして生きる活力を得ていた。その「おきゃく」文化が、食事の西洋化、それもアメリカ的な食事(ファースト・フード)とともに薄れていったと感じている。高知にかぎらず、地域が再び活力をとりもどすには、「おきゃく」という文化を再考し、再興する必要性があると感じている。
食の安全と健康を考えるシンポジウムにて


愛媛の「芋たき」も、素晴らしい「おきゃく」文化である。3年間愛媛に住んで居たが、「芋たき」を一度しか味わうことができなかったのが心残りである。中秋の名月を眺めながら、重信川の河原で食した「芋たき」は最高であった。
芋たき風景

やがて日が暮れて

食事はコミュニケーションの場、教育の場
食事は、「何を食べるかではなく、誰と食べるか」である。家庭での食事も、また色々な会議のあとの交流会・懇親会も、誰と一緒に食事をし、何を会話するかが重要である。食事の意味・意義を見直すこと、特に「食育」は、次世代の人材育成という意味でも非常に重要である。これからは、「食育」をテーマとした観光があっても良いのではないかと考えている。



