2006年08月31日
香川県三豊市
この数日間、ブログを小休止して、静かに思索をしていた。
何事も、やり続けることが重要であるが、たまには何もしない時間があって
こそ、新たな発見もある。
「おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくな
る。それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、
それについてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。」
『知性について』 ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3 88頁
ショーペンハウエルは『哲学とその方法について』次のように云っている。
●思考(哲学)するために最初に求められる要件
1)心にかかるいかなる問いをも率直に問い出す勇気をもつこと
2)自明の理と思われるすべてのことを、あらためてはっきりと意識し、
そうすることによってそれを問題としてつかみなおすこと
3)本格的に思考(哲学)するためには、精神が本当の閑暇をもってい
なくてはならない
我々は「自明の理」、「常識」に捕らわれていないだろうか?
常識、コモンセンス(共通感覚)は、時代とともに変化するものである。
「自然は変化し続けるものであるが、人間はそれを拒む」
もっと自然を、もっと自然に、、。
●先日(28日)、香川県三豊市で講演してきた。
テーマは、「共生のまち作りを目指して」-地域活性化とICT-だった。
香川県三豊市は、弘法大師四国八十八ヶ所総本山がある善通寺市と、愛媛県
との県境に位置する観音寺市の間に挟まれた、四国の中でも独特な風景を持
った市である。ここは弘法大師の修行の場であるが、丘陵と不思議な形の山
々が並び、少し中国的な風景を感じる。なんだか、ゾクゾクする風景である。

三豊市は、高知から高松に行く時に、いつも高速道路で通過していたが、今
回初めて訪問してみて、こんなに不思議な場所(景色)があるのを知って感
動した。天然いやだに温泉・大師の湯も最高だった。

三豊市
http://www.city.mitoyo.lg.jp/
市長のちょっといい話も、是非、ご覧ください。
http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=1586
ふれあいパークみの
http://www.main.or.jp/iyadani/
●講演会の内容:
徳島県上勝町、山里の小さな町が今「奇跡のまち」として注目を集めている。
・四国有数の高齢化率と産業の低迷、過疎に悩む町に「奇跡の復活」をもた
らした仕掛け人横井氏が語る復活ストーリー。そして、これからのまち作
りとは。
・まち作りとは? 旺盛な探究心と並外れた行動力で平成維新を駆け抜ける。
地域興しに燃える人、平成の竜馬こと、坂本氏の提言とは。
全国を飛び回るまち作りの巨匠二人が、三豊市に会し「共生のまち作り」
とコミュニティー、そしてICTとの係わりを熱く語る。
主催:財団法人サービス公社みの
共催:三豊市・四国情報通信懇談会
後援:総務省四国総合通信局
協賛:四国新聞社・NTT西日本高松支店・㈱四電工・㈱富士通四国インフォ
テック・㈱五星 他
日時 2006年8月28日 (月)
14:00~17:10
場所 香川県三豊市三野町
ふれあいパークみの 「木香ホール」
対象 一般・企業・行政関係者
四国情報通信懇談会会員
13:00 受付開始
14:00 主催者挨拶 財団法人サービス公社みの理事長
14:10 来賓挨拶 三豊市長
四国総合通信局(挨拶及びミニ講演)
14:30 第1部
講演 講師:徳島県上勝町 ㈱いろどり取締役 横石知二氏
演題:「人が活き、まちが活きる」-活気を生み出すICT-
休憩
16:10 第2部
講演 講師:高知大学 国際・地域連携センター教授 坂本世津夫氏
演題:「今一度地域を洗濯いたし候」-地域再生と情報化-
17:10 閉会
17:30 交流会 場所:ふれあいパークみの 1F 三豊の間
ICTの活用法をテーマに講演会 SHIKOKU NEWS
http://www.shikoku-np.co.jp/news/print.aspx?id=20060828000405
何事も、やり続けることが重要であるが、たまには何もしない時間があって
こそ、新たな発見もある。
「おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくな
る。それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、
それについてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。」
『知性について』 ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3 88頁
ショーペンハウエルは『哲学とその方法について』次のように云っている。
●思考(哲学)するために最初に求められる要件
1)心にかかるいかなる問いをも率直に問い出す勇気をもつこと
2)自明の理と思われるすべてのことを、あらためてはっきりと意識し、
そうすることによってそれを問題としてつかみなおすこと
3)本格的に思考(哲学)するためには、精神が本当の閑暇をもってい
なくてはならない
我々は「自明の理」、「常識」に捕らわれていないだろうか?
常識、コモンセンス(共通感覚)は、時代とともに変化するものである。
「自然は変化し続けるものであるが、人間はそれを拒む」
もっと自然を、もっと自然に、、。
●先日(28日)、香川県三豊市で講演してきた。
テーマは、「共生のまち作りを目指して」-地域活性化とICT-だった。
香川県三豊市は、弘法大師四国八十八ヶ所総本山がある善通寺市と、愛媛県
との県境に位置する観音寺市の間に挟まれた、四国の中でも独特な風景を持
った市である。ここは弘法大師の修行の場であるが、丘陵と不思議な形の山
々が並び、少し中国的な風景を感じる。なんだか、ゾクゾクする風景である。

三豊市は、高知から高松に行く時に、いつも高速道路で通過していたが、今
回初めて訪問してみて、こんなに不思議な場所(景色)があるのを知って感
動した。天然いやだに温泉・大師の湯も最高だった。

三豊市
http://www.city.mitoyo.lg.jp/
市長のちょっといい話も、是非、ご覧ください。
http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=1586
ふれあいパークみの
http://www.main.or.jp/iyadani/
●講演会の内容:
徳島県上勝町、山里の小さな町が今「奇跡のまち」として注目を集めている。
・四国有数の高齢化率と産業の低迷、過疎に悩む町に「奇跡の復活」をもた
らした仕掛け人横井氏が語る復活ストーリー。そして、これからのまち作
りとは。
・まち作りとは? 旺盛な探究心と並外れた行動力で平成維新を駆け抜ける。
地域興しに燃える人、平成の竜馬こと、坂本氏の提言とは。
全国を飛び回るまち作りの巨匠二人が、三豊市に会し「共生のまち作り」
とコミュニティー、そしてICTとの係わりを熱く語る。
主催:財団法人サービス公社みの
共催:三豊市・四国情報通信懇談会
後援:総務省四国総合通信局
協賛:四国新聞社・NTT西日本高松支店・㈱四電工・㈱富士通四国インフォ
テック・㈱五星 他
日時 2006年8月28日 (月)
14:00~17:10
場所 香川県三豊市三野町
ふれあいパークみの 「木香ホール」
対象 一般・企業・行政関係者
四国情報通信懇談会会員
13:00 受付開始
14:00 主催者挨拶 財団法人サービス公社みの理事長
14:10 来賓挨拶 三豊市長
四国総合通信局(挨拶及びミニ講演)
14:30 第1部
講演 講師:徳島県上勝町 ㈱いろどり取締役 横石知二氏
演題:「人が活き、まちが活きる」-活気を生み出すICT-
休憩
16:10 第2部
講演 講師:高知大学 国際・地域連携センター教授 坂本世津夫氏
演題:「今一度地域を洗濯いたし候」-地域再生と情報化-
17:10 閉会
17:30 交流会 場所:ふれあいパークみの 1F 三豊の間
ICTの活用法をテーマに講演会 SHIKOKU NEWS
http://www.shikoku-np.co.jp/news/print.aspx?id=20060828000405
2006年08月26日
本物を見る
私は、芸術には全く素養がないので何とも言えないのですが、昔、ローマの
ヴァチカン美術館やフィレンツェのウフィッツィ美術館、アカデミアン美術
館、そしてミラノのブレラ美術館などを見てきました。


その後、イタリアには何度か出かけ、その他にも多くの美術館を見てきまし
た。
そこで、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」やピエロ・デラ・フランチ
ェスカの「ウルビーノ公の肖像」、その他ラファエロやレオナルド、ミケラ
ンジェロのダビデ像などを見ましたが、「・・・すごい!」の一言でした。



イタリアという国は、国すべてが芸術です。

しかし、反省するのはこれらの美術館をマラソンするように見たことです。
やはり、イタリアで一番はフィレンツェのウフィッツィ美術館だと思いまし
た。ここだけでも、本当にじっくり鑑賞するには1週間は毎日通わないと本
当のこと(絵の本質)は理解できないと感じました。
芸術を本当に理解するには「美術館めぐり」という訳にはなかなかいかない
ですね。充分な時間が必要です。
ただ、かけ足の「美術館めぐり」でも、「本物」はその大きさや作者のパワ
ーが確実に体感できますし、痛み具合などで歴史を目のあたりにできます。
それと、同時代の人々の雰囲気(世の中の風潮)などが読みとれます。
ブレラ美術館で見た絵画で縦4メートル・横6メートル程の絵画がありまし
た。確か、ジョヴァンニとジェンティーレ・ベッリーニのエジプトのアレキ
サンドリアにおける聖マルコの説教ではなかったかと思います。
その中に描かれた10センチメートル四方の中だけでも素晴らしい絵画です
が、写真では殆ど見ることができません。1ミリより小さな線で描かれてい
ます。筆遣いが見えてきます。
ブレラ美術館「エマオの晩餐」(カラバッジョ)

やはり、芸術も含め本当に大切なことは、その物(作品・商売でしたら商品
)に秘められているパワー(目に見えない、表現できないが素晴らしいもの
を感じさせる)、概念、方向性ではないかと感じました。
「本物」には、レプリカや写真とは全く違う何かがあると思います。
やはり、「本物」を見て、考えることは現在のビジネスにも通じると思いま
す。
ブレラ美術館には、17-18世紀頃のヴェネツィアを描いた作品が多数あ
りますが、ヴェネツィアの現在の風景と全く変わりません。凄いことです。
絵画を見ていまして、そこに描かれている人物よりも、背景の景色や建物に
非常に吸い込まれました。その風景に、一種のあこがれ、郷愁を感じます。
モナ・リザの背景にあるような田園風景です。トスカーナ地方などの風景で
す。宗教画で重要なことは、その絵画に描かれた概念であって、その絵画に
宗教的な概念(想い)が如何に込められているかが重要で、人物そのものよ
りも情景(シチュエーション)が大切ではないかと感じました。そして、そ
れは目に見えない意識の流れ(ストリーム)と言いますか、。
やはり、「美術館めぐり」も大変大事なことですが、一つの美術館をじっく
り見て、考えることは本当に大切なことだと思います。
エピソード
1.スリに出会いました
ローマの休日で、まずスリに出会いました。と言っても顔さえ合わせなかっ
たのですが。
ローマで地下鉄に乗りました。目的はローマで一番有名なジェラート屋さん
に行くためです。地下鉄は非常に混雑していて、手すりは頭の上、見事ズボ
ンのポケットから財布ごと、それも左右のポケットから抜かれました。
お見事!!
おかげで、リラ紙幣(当時はまだユーロではなかった)が全くなくなり、お
目当てのジェラートも口に入らず。一人だけ、財布をすられた人は食べまし
た。 涙、涙、涙。 ちなみに、すられたのは私ではありません。
教訓・・ローマの地下鉄は要注意!! 手は上げないように!
2.ハンドバッグをナイフで切られました
ローマの休日でスペイン広場に着いたときに、ハンドバッグが口を開けてい
ました(ナイフでバッさり)。 バッグが何かを言おうとしていましたが、
バッグに声なし。幸いな事にバッグの中にはもう一つ袋があり、中身の被害
はありませんでした。しかし無惨なバッグ(お気に入り)、翌日にはフラン
ケンシュタインになっていました。

教訓・・お出かけの時には、バッグの中にもう一つバッグを入れておきま
しょう!
おかげさまで、帰国して写真を見ると、全員ギクシャクしたスタイルで写真
に写っています。私は最たる者で、すべての持ち物を身体の前に抱え、非常
に不自然なスタイルと目つきで写真に写っておりました。
反省 最近は、旅行者のリュックサックも背中ではなく、腹の上に掛け
るのですね。最近はお腹が出てきたので、ちょうど乗っかります。
3.イタリアの列車は理由なく停車する
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅を定刻に出た列車は、途中、
ボローニャ、フェラーラを過ぎて、順調も順調、あと30分程でヴェネツィ
アというところ(パドヴァの手前)で突然停車、なかなか動きません。
100メートルほど動いては停車を3回ほど繰り返し、結局2時間停車する。
しかし、列車の中の人々は誰も文句は言わない。多くの観光客も事態をある
がままにとらえて、車掌に質問をしようともしない。おおらかな人々。
やはり、ここは大陸。
そのうちに、アメリカの観光客の団体か、「ハッピーバースデー・ツー・ユ
ー」のコーラスが始まり和気藹々の雰囲気になる。前の席のカップルも熱い
ムード。この時間をみんなが楽しんでいる様子。 グラーーツェ! サンキ
ュー! メルシー! の言葉が入り乱れ、国際的な雰囲気。
さすがに「ありがとう!」は無かった。
おかげさまで、ヴェネツィア到着は2時間遅れの午後6時半前。
日本人的感覚で、この出来事を2時間のロスと考える。 反省する。
ゴンドラに乗れず。

教訓・・物事はスケジュール通りには進まない。分刻みのスケジュールを
作る方に問題があるのではないか? あるがままに、時間を楽し
む心のゆとりが必要だと痛感する。もっと大らかに生きよう!
ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅からミラノに向かう列車の中で、若いイタ
リア人のカップルから、両手を鷲のように広げて、「ようこそイタリアへ!」
と日本語で歓迎される。
うーーーん、すごい国! 感動!
しかし、どうして日本人と解るのだろう?? 日本と。
イタリアの駅には改札も何もありません。 駅に入ると自分でスタンパー(
黄色い箱があります)に切符を突っ込んで刻印をしてから列車に乗り込みま
す。しかし、ルールを守らないときにはペナルティーは大きいと聞いていま
す。検札は必ず来ます。来なければラッキーと考えるのは日本人的な発想で
しょうか。 すべての大らかさは、厳しさの上に成り立っているのでしょう
ね。
4.サン・マルコ広場をマラソン
2時間ロスが災いか、過密なスケジュールが災いか、ホテルのチェックアウ
ト40分前にドゥカーレ宮殿に入りましたが、なんとすごい量の展示品。
宮殿の中をラットのごとく駆け回り、20分で出てきましたが、ホテルまで
マラソン。おかげでサン・マルコ広場を駆け抜けてしまいました。
後で聞いた話、この宮殿を見るには半日以上かかるとのこと、未練が残りま
した。他の観光客には牢獄の中を逃げ惑う「愚か者」に見えたことでしょう。
横には、「嘆きの橋」がありました。

教訓・・イタリアで走るのは悪いことをした人(どろぼう)だけだそうで
す。反省しています。
サン・マルコ広場は、夜になると大音楽会になります。カフェの4カ所ほど
で、それぞれ音楽会が始まります。素晴らしい演奏に耳を傾け、「いやー(
耳ではありません感嘆の言葉です)ヴェネツィアに居るのか・・」と深夜ま
で鑑賞しました。当然、無料です(立ち見席は)。広場を埋め尽くすほどの
観光客が、深夜まで音楽会を楽しんでいます。皇帝円舞曲などワルツが始ま
ると、多くの観客はカップルでダンスを踊ります。 ブラボー!!!!
こんな環境の中で生活ができたらと、ふと考えてしまいます。
そろそろ、こんな生活もいいかな?


5.ミラノで再びスリに(手口が見え見え、でも怖い)
ミラノのスフォルツェスコ城の前でジプシーのスリに出会いました。
子供連れの女性が、左手に新聞を広げて「これを読んで下さい(と言ってい
るのかは理解できなかったのですが)」近づいていて、右手は鞄の中を開け
ようとしていました。すかさず、我が妻は状況を判断し、彼女の持っている
新聞を叩き大きな声で「ノー!!!!!!!」と、私は妻に首根っこを引っ
張られ、2~3歩あとずさり。
頭にきた私はジプシーの女性の方に進みましたが、見ると7人程のジプシー
に前を囲まれていまして、結局退散しました。
被害はなしでしたが、バッグの口が5センチほど空きかけていました。
再び、ドゥオーモの横のデパート(ラ・リナシェンテ)の前でも同じ状況に
なり、再度、妻に首根っこを引っ張られ助かりました。
教訓・・同じ手口には引っかからない。でも見知らぬ人から話しかけられ
た場合は注意しましょう。怒るときには日本語が最適です。
日本人の外国語は迫力に欠けます(私だけかも。反省)
本当は、スリはグループでやっていますので、気を取られた人(妻)も危険
でした。幸い被害はありませんでしたが。
その他の失敗談
ピザをたのんだところ、一枚の大きさが麦わら帽子より大きく満腹してダウ
ン。

料理を「おまかせ」したところ、すさまじい料理になってしまい前菜だけで
満腹し、すべての料理を食べてホテルの帰りダウン(イタリア人とは胃袋の
大きさが違う)。
メニューのエビの値段が安いので1匹たのんだところ、その値段はグラム当
たりの単価であった。太っ腹であったが、目ん玉が飛び出る。
夜、屋外(PATIO)で食事をし、すべての料理が出てくるまでに2時間。
おかげで風邪をひいてダウン(翌日、高熱が出て辞書を片手に薬局を走り回
る)。
やはり、「紅茶はポットの為に1杯」と言いますが、「旅行はホテルの為に
1泊」の必要性を痛感しました。すべて4つ星以上のホテルでしたが、誠に
残念でなりません。
最後に、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見るために、サンタ・マリア・デ
ッレ・グラツィエ教会にいきましたが、入り口の10メートル手前で非情に
も門が閉まり、「最後の晩餐」が「最後の祭り」になりました。
その時は、「最後の晩餐」は修復中で午後1時45分JUSTに閉門しまし
た。それ以後は修復作業をしていました。(現在は、修復も終わりました)
その後、何度かチャレンジしましたが、まだ「最後の晩餐」は見ていません。
一度は見てみたい。。。。

最後に
イタリア(ミラノ)からの帰りは20時間近くかかり(フランクフルト・ソ
ウル・関空経由)、飛行機の中から地上を10時間近くも見ていたら眠れな
くなってしまいました。でも、ゴビ砂漠は壮大な景色でした。
ノボシビルスクの夜景も見えました(多分そうだと思うのですが)。
北京のすぐ手前まで砂漠化しています。環境問題は深刻のようです。当時、
ヨーロッパの大気は排気ガスで真っ黒でした。本当に肺の中が真っ黒になり
そうなくらいに。オゾンの破壊さえなければ、日本は結構大気が綺麗ではな
いかと思いました。しかし、本当は目に見えない物質で環境破壊されている
のでしょうね。綺麗に見えていても。
旅行で感じた事は、物事の根本的な考え方(スタンス)がヨーロッパはまっ
たく違うということです。非常に合理的な考え方とシステムではないかと思
います。人々は悪いことはしないという前提に物事(システム)が作られて
いるように感じました。やはり、宗教・倫理観でしょうね。
改札のチェックはない等、すべてが簡素化されています。そして良い物を大
切にしています。日本では、悪いことが起こるという前提でシステムを組み
立て、綻びないように塗り固めますが、イタリアでは違うように感じました。
古い物(良い物)を大切にするって素晴らしいことだと思います。
それでも、成り立つ消費社会にしなければと思います。息の長い社会に。
今、再び大切な事は「人々の心に何を残すか」ではないかと思います。
それは本物です。
ヴァチカン美術館やフィレンツェのウフィッツィ美術館、アカデミアン美術
館、そしてミラノのブレラ美術館などを見てきました。


その後、イタリアには何度か出かけ、その他にも多くの美術館を見てきまし
た。
そこで、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」やピエロ・デラ・フランチ
ェスカの「ウルビーノ公の肖像」、その他ラファエロやレオナルド、ミケラ
ンジェロのダビデ像などを見ましたが、「・・・すごい!」の一言でした。



イタリアという国は、国すべてが芸術です。

しかし、反省するのはこれらの美術館をマラソンするように見たことです。
やはり、イタリアで一番はフィレンツェのウフィッツィ美術館だと思いまし
た。ここだけでも、本当にじっくり鑑賞するには1週間は毎日通わないと本
当のこと(絵の本質)は理解できないと感じました。
芸術を本当に理解するには「美術館めぐり」という訳にはなかなかいかない
ですね。充分な時間が必要です。
ただ、かけ足の「美術館めぐり」でも、「本物」はその大きさや作者のパワ
ーが確実に体感できますし、痛み具合などで歴史を目のあたりにできます。
それと、同時代の人々の雰囲気(世の中の風潮)などが読みとれます。
ブレラ美術館で見た絵画で縦4メートル・横6メートル程の絵画がありまし
た。確か、ジョヴァンニとジェンティーレ・ベッリーニのエジプトのアレキ
サンドリアにおける聖マルコの説教ではなかったかと思います。
その中に描かれた10センチメートル四方の中だけでも素晴らしい絵画です
が、写真では殆ど見ることができません。1ミリより小さな線で描かれてい
ます。筆遣いが見えてきます。
ブレラ美術館「エマオの晩餐」(カラバッジョ)

やはり、芸術も含め本当に大切なことは、その物(作品・商売でしたら商品
)に秘められているパワー(目に見えない、表現できないが素晴らしいもの
を感じさせる)、概念、方向性ではないかと感じました。
「本物」には、レプリカや写真とは全く違う何かがあると思います。
やはり、「本物」を見て、考えることは現在のビジネスにも通じると思いま
す。
ブレラ美術館には、17-18世紀頃のヴェネツィアを描いた作品が多数あ
りますが、ヴェネツィアの現在の風景と全く変わりません。凄いことです。
絵画を見ていまして、そこに描かれている人物よりも、背景の景色や建物に
非常に吸い込まれました。その風景に、一種のあこがれ、郷愁を感じます。
モナ・リザの背景にあるような田園風景です。トスカーナ地方などの風景で
す。宗教画で重要なことは、その絵画に描かれた概念であって、その絵画に
宗教的な概念(想い)が如何に込められているかが重要で、人物そのものよ
りも情景(シチュエーション)が大切ではないかと感じました。そして、そ
れは目に見えない意識の流れ(ストリーム)と言いますか、。
やはり、「美術館めぐり」も大変大事なことですが、一つの美術館をじっく
り見て、考えることは本当に大切なことだと思います。
エピソード
1.スリに出会いました
ローマの休日で、まずスリに出会いました。と言っても顔さえ合わせなかっ
たのですが。
ローマで地下鉄に乗りました。目的はローマで一番有名なジェラート屋さん
に行くためです。地下鉄は非常に混雑していて、手すりは頭の上、見事ズボ
ンのポケットから財布ごと、それも左右のポケットから抜かれました。
お見事!!
おかげで、リラ紙幣(当時はまだユーロではなかった)が全くなくなり、お
目当てのジェラートも口に入らず。一人だけ、財布をすられた人は食べまし
た。 涙、涙、涙。 ちなみに、すられたのは私ではありません。
教訓・・ローマの地下鉄は要注意!! 手は上げないように!
2.ハンドバッグをナイフで切られました
ローマの休日でスペイン広場に着いたときに、ハンドバッグが口を開けてい
ました(ナイフでバッさり)。 バッグが何かを言おうとしていましたが、
バッグに声なし。幸いな事にバッグの中にはもう一つ袋があり、中身の被害
はありませんでした。しかし無惨なバッグ(お気に入り)、翌日にはフラン
ケンシュタインになっていました。

教訓・・お出かけの時には、バッグの中にもう一つバッグを入れておきま
しょう!
おかげさまで、帰国して写真を見ると、全員ギクシャクしたスタイルで写真
に写っています。私は最たる者で、すべての持ち物を身体の前に抱え、非常
に不自然なスタイルと目つきで写真に写っておりました。
反省 最近は、旅行者のリュックサックも背中ではなく、腹の上に掛け
るのですね。最近はお腹が出てきたので、ちょうど乗っかります。
3.イタリアの列車は理由なく停車する
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅を定刻に出た列車は、途中、
ボローニャ、フェラーラを過ぎて、順調も順調、あと30分程でヴェネツィ
アというところ(パドヴァの手前)で突然停車、なかなか動きません。
100メートルほど動いては停車を3回ほど繰り返し、結局2時間停車する。
しかし、列車の中の人々は誰も文句は言わない。多くの観光客も事態をある
がままにとらえて、車掌に質問をしようともしない。おおらかな人々。
やはり、ここは大陸。
そのうちに、アメリカの観光客の団体か、「ハッピーバースデー・ツー・ユ
ー」のコーラスが始まり和気藹々の雰囲気になる。前の席のカップルも熱い
ムード。この時間をみんなが楽しんでいる様子。 グラーーツェ! サンキ
ュー! メルシー! の言葉が入り乱れ、国際的な雰囲気。
さすがに「ありがとう!」は無かった。
おかげさまで、ヴェネツィア到着は2時間遅れの午後6時半前。
日本人的感覚で、この出来事を2時間のロスと考える。 反省する。
ゴンドラに乗れず。

教訓・・物事はスケジュール通りには進まない。分刻みのスケジュールを
作る方に問題があるのではないか? あるがままに、時間を楽し
む心のゆとりが必要だと痛感する。もっと大らかに生きよう!
ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅からミラノに向かう列車の中で、若いイタ
リア人のカップルから、両手を鷲のように広げて、「ようこそイタリアへ!」
と日本語で歓迎される。
うーーーん、すごい国! 感動!
しかし、どうして日本人と解るのだろう?? 日本と。
イタリアの駅には改札も何もありません。 駅に入ると自分でスタンパー(
黄色い箱があります)に切符を突っ込んで刻印をしてから列車に乗り込みま
す。しかし、ルールを守らないときにはペナルティーは大きいと聞いていま
す。検札は必ず来ます。来なければラッキーと考えるのは日本人的な発想で
しょうか。 すべての大らかさは、厳しさの上に成り立っているのでしょう
ね。
4.サン・マルコ広場をマラソン
2時間ロスが災いか、過密なスケジュールが災いか、ホテルのチェックアウ
ト40分前にドゥカーレ宮殿に入りましたが、なんとすごい量の展示品。
宮殿の中をラットのごとく駆け回り、20分で出てきましたが、ホテルまで
マラソン。おかげでサン・マルコ広場を駆け抜けてしまいました。
後で聞いた話、この宮殿を見るには半日以上かかるとのこと、未練が残りま
した。他の観光客には牢獄の中を逃げ惑う「愚か者」に見えたことでしょう。
横には、「嘆きの橋」がありました。

教訓・・イタリアで走るのは悪いことをした人(どろぼう)だけだそうで
す。反省しています。
サン・マルコ広場は、夜になると大音楽会になります。カフェの4カ所ほど
で、それぞれ音楽会が始まります。素晴らしい演奏に耳を傾け、「いやー(
耳ではありません感嘆の言葉です)ヴェネツィアに居るのか・・」と深夜ま
で鑑賞しました。当然、無料です(立ち見席は)。広場を埋め尽くすほどの
観光客が、深夜まで音楽会を楽しんでいます。皇帝円舞曲などワルツが始ま
ると、多くの観客はカップルでダンスを踊ります。 ブラボー!!!!
こんな環境の中で生活ができたらと、ふと考えてしまいます。
そろそろ、こんな生活もいいかな?


5.ミラノで再びスリに(手口が見え見え、でも怖い)
ミラノのスフォルツェスコ城の前でジプシーのスリに出会いました。
子供連れの女性が、左手に新聞を広げて「これを読んで下さい(と言ってい
るのかは理解できなかったのですが)」近づいていて、右手は鞄の中を開け
ようとしていました。すかさず、我が妻は状況を判断し、彼女の持っている
新聞を叩き大きな声で「ノー!!!!!!!」と、私は妻に首根っこを引っ
張られ、2~3歩あとずさり。
頭にきた私はジプシーの女性の方に進みましたが、見ると7人程のジプシー
に前を囲まれていまして、結局退散しました。
被害はなしでしたが、バッグの口が5センチほど空きかけていました。
再び、ドゥオーモの横のデパート(ラ・リナシェンテ)の前でも同じ状況に
なり、再度、妻に首根っこを引っ張られ助かりました。
教訓・・同じ手口には引っかからない。でも見知らぬ人から話しかけられ
た場合は注意しましょう。怒るときには日本語が最適です。
日本人の外国語は迫力に欠けます(私だけかも。反省)
本当は、スリはグループでやっていますので、気を取られた人(妻)も危険
でした。幸い被害はありませんでしたが。
その他の失敗談
ピザをたのんだところ、一枚の大きさが麦わら帽子より大きく満腹してダウ
ン。

料理を「おまかせ」したところ、すさまじい料理になってしまい前菜だけで
満腹し、すべての料理を食べてホテルの帰りダウン(イタリア人とは胃袋の
大きさが違う)。
メニューのエビの値段が安いので1匹たのんだところ、その値段はグラム当
たりの単価であった。太っ腹であったが、目ん玉が飛び出る。
夜、屋外(PATIO)で食事をし、すべての料理が出てくるまでに2時間。
おかげで風邪をひいてダウン(翌日、高熱が出て辞書を片手に薬局を走り回
る)。
やはり、「紅茶はポットの為に1杯」と言いますが、「旅行はホテルの為に
1泊」の必要性を痛感しました。すべて4つ星以上のホテルでしたが、誠に
残念でなりません。
最後に、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見るために、サンタ・マリア・デ
ッレ・グラツィエ教会にいきましたが、入り口の10メートル手前で非情に
も門が閉まり、「最後の晩餐」が「最後の祭り」になりました。
その時は、「最後の晩餐」は修復中で午後1時45分JUSTに閉門しまし
た。それ以後は修復作業をしていました。(現在は、修復も終わりました)
その後、何度かチャレンジしましたが、まだ「最後の晩餐」は見ていません。
一度は見てみたい。。。。

最後に
イタリア(ミラノ)からの帰りは20時間近くかかり(フランクフルト・ソ
ウル・関空経由)、飛行機の中から地上を10時間近くも見ていたら眠れな
くなってしまいました。でも、ゴビ砂漠は壮大な景色でした。
ノボシビルスクの夜景も見えました(多分そうだと思うのですが)。
北京のすぐ手前まで砂漠化しています。環境問題は深刻のようです。当時、
ヨーロッパの大気は排気ガスで真っ黒でした。本当に肺の中が真っ黒になり
そうなくらいに。オゾンの破壊さえなければ、日本は結構大気が綺麗ではな
いかと思いました。しかし、本当は目に見えない物質で環境破壊されている
のでしょうね。綺麗に見えていても。
旅行で感じた事は、物事の根本的な考え方(スタンス)がヨーロッパはまっ
たく違うということです。非常に合理的な考え方とシステムではないかと思
います。人々は悪いことはしないという前提に物事(システム)が作られて
いるように感じました。やはり、宗教・倫理観でしょうね。
改札のチェックはない等、すべてが簡素化されています。そして良い物を大
切にしています。日本では、悪いことが起こるという前提でシステムを組み
立て、綻びないように塗り固めますが、イタリアでは違うように感じました。
古い物(良い物)を大切にするって素晴らしいことだと思います。
それでも、成り立つ消費社会にしなければと思います。息の長い社会に。
今、再び大切な事は「人々の心に何を残すか」ではないかと思います。
それは本物です。
2006年08月24日
愛媛ZIT
2004年9月、ネットワーク上で議論する場(プラットフォーム)として「愛媛
ZIT」というメーリングリストを立ち上げた。「愛媛ZIT」のZIT(ジット)と
は、「ジゲおこしインターネット協議会」の略称である。
ZITの本家本元である鳥取県では、「ジゲ」は「地域」を意味している。
鳥取県のZITは、インターネットの持つ無限の可能性を信じ、これを鳥取県へ
の観光客誘致・催事の告知をはじめ、「ジゲ(地域)おこし」の広報・コミュ
ニケーションに活用できないかを摸索することを主な目的とた活動である。
http://www.tottori.net/
愛媛ZITは、鳥取県の取り組みに習い、Webやメーリングリストを活用して、
愛媛県の地域おこしを如何に行うかを議論し、相互の情報交換を行い、地域
おこしを具体的に実践する組織になればと考えている。また、そうなること
を願っている。2005年3月には、正式に愛媛ZITの組織化も行われた。
最初、愛媛ZITのメーリングリストは4名からスタートした。
「小さく生んで大きく育てる」の精神である。最初から大がかりな組織や仕
組みを考えてしてしまうと成功しないのが常である。
2004年10月から、愛媛大学・地域情報学の月例研究会を中心に、愛媛県にお
いて地域おこしの核となる方々に参加いただき勉強会を開始した。
研究会のテーマは、「地域のおけるコミュニケーション力の向上」である。
http://www.sri.ehime-u.ac.jp/
ITを使ったコミュニケーションを進める上でも、やはり相互の立場を理解し
て、的確な言葉を使い、自分の意志を正確に伝えることができなければ、議
論は発展していかない。議論を発展させる為には、コミュニケーション能力
を如何にアップさせるかが一番重要となる。
この前提なくして、ITの利活用もないと考えている。
第一回目の研究会(2004年10月)では、鳥取県からZITの会長である小谷寛氏
をお招きして、メーリングリストを活用した地域活性化の取り組みについて
報告を頂いた。毎回、研究会では講師から 1時間30分程度の取り組み報告を
いただいたあと、その内容をもとに参加者全員で 1時間程度、侃々諤々の議
論を行った。議論は白熱し、 2時間30分という時間はあっという間に過ぎて
しまった。
第1回月例研究会の風景

議論していて感じたことであるが、松山は元来コミュニケーション力をもっ
た地域である。元々、俳句が盛んで、正岡子規や夏目漱石など文学的な土壌
のある地域である。それが理由かもしれないが、意見は端的にまとめられて
発言されるし、言葉の選び方、相手を理解する力が素晴らしい。
松山は、十分にコミュニケーション力を有した地域であると感じた。
議論を進める上でのポイント
議論を進めていく上で重要なことは、コーディネーターの役割である。
コーディネーターが議論のエッセンスをしっかりとまとめて、議論を前進・
発展させていくことが重要である。また、会議毎に一旦必ず議論をまとめ、
出きる限り次回に持ち越さないことである(後ろ戻りをさせないこと)。
研究会終了後には、メンバー同士の交流・情報交換を兼ねて懇親会も行った。
これが、愛媛ZIT のオフ会になった。顔と顔をつき合わせたコミュニケーシ
ョンは、議論をさらに深め、信頼関係も深め、メンバーそれぞれの持ち味と
役割も明確になっていく。
そして、さらなる議論は愛媛ZIT のメーリングリストで、ということで月例
例研究会への参加者にはメーリングリストへの参加をお願いしていった。
このようにして、メーリングリストの参加者を増やしていった。また、オフ
会のおかげで、メーリングリストでの議論もどんどん発展していった。
月例研究会・最終回(2005.1.21)の風景

メーリングリストを育てる
愛媛ZIT のメーリングリストは、参加者が新たな参加者を推薦(招待)する
という仕組みで、人材のネットワークを広げていっている。メンバー登録に
関しては、自動では行わず、管理者による登録にしている。
愛媛ZITのメンバー数は、現在(2006年8月) 150名程になり、まだまだ増加
を続けている。参加者は産学官民、そして世代も越えた、バランスの良い集
まりになっている。
世代を越えたコミュニケーションは、人材の育成にも最高の効果を与えてい
る。特に、多くの学生が参加することは、人材育成にも大きく寄与している。
メーリングリストでの議論であるが、一般的になかなか発言が出てこなかっ
たり、発言が一部の人々に限られる場合が多い。やはり、メーリングリスト
おいてもコーディネーションが重要である。意図的になりすぎず、的確に、
議論を前進させるようにコメントを入れ、話題を提供し、参加者を指名して
登場させることが重要である。コーディネーションも、一人ではなく何人か
で役割分担を行うのがベストである。
愛媛ZITでは、そのような役割分担が自然に出来上がったように感じる。
情報化も地域連携
愛媛ZITを立ち上げるにあたっては、ZITの本家本元である鳥取県ジゲおこし
インターネット協議会会長の小谷寛氏にお世話になった(システムも鳥取県
に間借りしている)。
中国・四国地域は従来より地域連携の取り組みが盛んな地域である。
今後、日本の各地域においても情報化における地域連携が加速していくもの
と考えている。
私自身、播磨や京都や千葉(館山)や桐生など、色々な地域と連携(情報交
換)しているが、これからは益々それぞれの地域がネットワークしあって、
それぞれ独自なコミュニティを形成し、地域の活性化が図られる時代になる
だろうと考えている。
再度になるが、地域の活性化を進める上で一番重要なことは、地域に暮らし
ている人々のコミュニケーション力を如何に高めるかである。さらには、地
域内だけではなく他地域とのコミュニケーション力を高めることが重要であ
る。
コミュニケーション力とは、
自分の気持ちや考えを、的確な表現と分量で伝えることのできる能力。
相手の意図や意識を読み解く能力である。
そのような能力を育成することが、結果的に地域の活性化に繋がると考えて
いる。ITの利活用を進めるにも、まずは地域内でのコミュニケーション力を
向上させることである。
今月末、東京において、愛媛ZIT東京交流会を開催する予定である。
ZIT(鳥取)、愛媛ZIT、広島ZIT、高知ZIT(まだ動いていない)と、 ZIT連
携も広がっている。そして人材のネットワークも広がっている。
愛媛ZIT交流会(オフ会)
ZIT」というメーリングリストを立ち上げた。「愛媛ZIT」のZIT(ジット)と
は、「ジゲおこしインターネット協議会」の略称である。
ZITの本家本元である鳥取県では、「ジゲ」は「地域」を意味している。
鳥取県のZITは、インターネットの持つ無限の可能性を信じ、これを鳥取県へ
の観光客誘致・催事の告知をはじめ、「ジゲ(地域)おこし」の広報・コミュ
ニケーションに活用できないかを摸索することを主な目的とた活動である。
http://www.tottori.net/
愛媛ZITは、鳥取県の取り組みに習い、Webやメーリングリストを活用して、
愛媛県の地域おこしを如何に行うかを議論し、相互の情報交換を行い、地域
おこしを具体的に実践する組織になればと考えている。また、そうなること
を願っている。2005年3月には、正式に愛媛ZITの組織化も行われた。
最初、愛媛ZITのメーリングリストは4名からスタートした。
「小さく生んで大きく育てる」の精神である。最初から大がかりな組織や仕
組みを考えてしてしまうと成功しないのが常である。
2004年10月から、愛媛大学・地域情報学の月例研究会を中心に、愛媛県にお
いて地域おこしの核となる方々に参加いただき勉強会を開始した。
研究会のテーマは、「地域のおけるコミュニケーション力の向上」である。
http://www.sri.ehime-u.ac.jp/
ITを使ったコミュニケーションを進める上でも、やはり相互の立場を理解し
て、的確な言葉を使い、自分の意志を正確に伝えることができなければ、議
論は発展していかない。議論を発展させる為には、コミュニケーション能力
を如何にアップさせるかが一番重要となる。
この前提なくして、ITの利活用もないと考えている。
第一回目の研究会(2004年10月)では、鳥取県からZITの会長である小谷寛氏
をお招きして、メーリングリストを活用した地域活性化の取り組みについて
報告を頂いた。毎回、研究会では講師から 1時間30分程度の取り組み報告を
いただいたあと、その内容をもとに参加者全員で 1時間程度、侃々諤々の議
論を行った。議論は白熱し、 2時間30分という時間はあっという間に過ぎて
しまった。
第1回月例研究会の風景

議論していて感じたことであるが、松山は元来コミュニケーション力をもっ
た地域である。元々、俳句が盛んで、正岡子規や夏目漱石など文学的な土壌
のある地域である。それが理由かもしれないが、意見は端的にまとめられて
発言されるし、言葉の選び方、相手を理解する力が素晴らしい。
松山は、十分にコミュニケーション力を有した地域であると感じた。
議論を進める上でのポイント
議論を進めていく上で重要なことは、コーディネーターの役割である。
コーディネーターが議論のエッセンスをしっかりとまとめて、議論を前進・
発展させていくことが重要である。また、会議毎に一旦必ず議論をまとめ、
出きる限り次回に持ち越さないことである(後ろ戻りをさせないこと)。
研究会終了後には、メンバー同士の交流・情報交換を兼ねて懇親会も行った。
これが、愛媛ZIT のオフ会になった。顔と顔をつき合わせたコミュニケーシ
ョンは、議論をさらに深め、信頼関係も深め、メンバーそれぞれの持ち味と
役割も明確になっていく。
そして、さらなる議論は愛媛ZIT のメーリングリストで、ということで月例
例研究会への参加者にはメーリングリストへの参加をお願いしていった。
このようにして、メーリングリストの参加者を増やしていった。また、オフ
会のおかげで、メーリングリストでの議論もどんどん発展していった。
月例研究会・最終回(2005.1.21)の風景

メーリングリストを育てる
愛媛ZIT のメーリングリストは、参加者が新たな参加者を推薦(招待)する
という仕組みで、人材のネットワークを広げていっている。メンバー登録に
関しては、自動では行わず、管理者による登録にしている。
愛媛ZITのメンバー数は、現在(2006年8月) 150名程になり、まだまだ増加
を続けている。参加者は産学官民、そして世代も越えた、バランスの良い集
まりになっている。
世代を越えたコミュニケーションは、人材の育成にも最高の効果を与えてい
る。特に、多くの学生が参加することは、人材育成にも大きく寄与している。
メーリングリストでの議論であるが、一般的になかなか発言が出てこなかっ
たり、発言が一部の人々に限られる場合が多い。やはり、メーリングリスト
おいてもコーディネーションが重要である。意図的になりすぎず、的確に、
議論を前進させるようにコメントを入れ、話題を提供し、参加者を指名して
登場させることが重要である。コーディネーションも、一人ではなく何人か
で役割分担を行うのがベストである。
愛媛ZITでは、そのような役割分担が自然に出来上がったように感じる。
情報化も地域連携
愛媛ZITを立ち上げるにあたっては、ZITの本家本元である鳥取県ジゲおこし
インターネット協議会会長の小谷寛氏にお世話になった(システムも鳥取県
に間借りしている)。
中国・四国地域は従来より地域連携の取り組みが盛んな地域である。
今後、日本の各地域においても情報化における地域連携が加速していくもの
と考えている。
私自身、播磨や京都や千葉(館山)や桐生など、色々な地域と連携(情報交
換)しているが、これからは益々それぞれの地域がネットワークしあって、
それぞれ独自なコミュニティを形成し、地域の活性化が図られる時代になる
だろうと考えている。
再度になるが、地域の活性化を進める上で一番重要なことは、地域に暮らし
ている人々のコミュニケーション力を如何に高めるかである。さらには、地
域内だけではなく他地域とのコミュニケーション力を高めることが重要であ
る。
コミュニケーション力とは、
自分の気持ちや考えを、的確な表現と分量で伝えることのできる能力。
相手の意図や意識を読み解く能力である。
そのような能力を育成することが、結果的に地域の活性化に繋がると考えて
いる。ITの利活用を進めるにも、まずは地域内でのコミュニケーション力を
向上させることである。
今月末、東京において、愛媛ZIT東京交流会を開催する予定である。
ZIT(鳥取)、愛媛ZIT、広島ZIT、高知ZIT(まだ動いていない)と、 ZIT連
携も広がっている。そして人材のネットワークも広がっている。
愛媛ZIT交流会(オフ会)
2006年08月23日
完成と未完成
「すげえものには手を出すな!」というのは、ウィトゲンシュタインのお得
意の言葉だったそうである(ノーマン・マルコム『ウィトゲンシュタイン』
天才哲学者の思い出 板坂元訳 平凡社ライブラリー P129)。
問題になっている事物がちゃんとしているから、これ以上手を加えるな、と
いった意味だそうである。
老子『道徳経』第四十五章「無の静寂」に下記が書かれている。
最も完成したものに達すると、
何も完成していないかのようである。
それを用いても尽きることはない。
最も充満したものに達すると、
まだ空虚のようである。
それを用いても限りがない。
このように、完全にまっすぐなものは曲がっているかのようである。
最も技量のあるものはくだらないかのようである。
最も雄弁な人は口がきけないかのようである。
こうして、静けさは動きにまさる。
寒さは暑さにまさる。
静けさは天下の模範となる。
人間は、完全、完璧を求めようとするが、そのようなものは神でもないかぎ
り不可能なことである。いつまで求めても、永遠に掴むことはできない。
庭をつくる場合、完璧に完成された庭よりも、年月が経つにつれ綺麗になる
庭の方が良い。
地域づくり、まちづくり、人づくりも同じではないか。
絵は絵筆をかさねる毎に良くなるが、言葉は言葉をかさねる毎に焦点がぼけ
ていく。
ルツェルンにある噴水(写真から水彩画風・セザンヌ風に)

ルツェルン(スイス)
http://www.myswiss.jp/jp.cfm/area/offer-Destinations-04Zentralschweiz-209605.html
意の言葉だったそうである(ノーマン・マルコム『ウィトゲンシュタイン』
天才哲学者の思い出 板坂元訳 平凡社ライブラリー P129)。
問題になっている事物がちゃんとしているから、これ以上手を加えるな、と
いった意味だそうである。
老子『道徳経』第四十五章「無の静寂」に下記が書かれている。
最も完成したものに達すると、
何も完成していないかのようである。
それを用いても尽きることはない。
最も充満したものに達すると、
まだ空虚のようである。
それを用いても限りがない。
このように、完全にまっすぐなものは曲がっているかのようである。
最も技量のあるものはくだらないかのようである。
最も雄弁な人は口がきけないかのようである。
こうして、静けさは動きにまさる。
寒さは暑さにまさる。
静けさは天下の模範となる。
人間は、完全、完璧を求めようとするが、そのようなものは神でもないかぎ
り不可能なことである。いつまで求めても、永遠に掴むことはできない。
庭をつくる場合、完璧に完成された庭よりも、年月が経つにつれ綺麗になる
庭の方が良い。
地域づくり、まちづくり、人づくりも同じではないか。
絵は絵筆をかさねる毎に良くなるが、言葉は言葉をかさねる毎に焦点がぼけ
ていく。
ルツェルンにある噴水(写真から水彩画風・セザンヌ風に)

ルツェルン(スイス)
http://www.myswiss.jp/jp.cfm/area/offer-Destinations-04Zentralschweiz-209605.html
2006年08月22日
与作ロード
かたしの下で

最近、四国の中山間は元気になっています。
東谷さんの「ごっくん馬路村」もそうですし、葉っぱをお金にかえた(今ま
で、タヌキさんにしかできなかった荒技)徳島県上勝町、そして「しずむ夕
日」で町を浮き上がらせた愛媛県双海町、直販でにぎわい「白壁の町」(町
並み)で有名な愛媛県内子町。
高知には、与作ロードという道があります(国道439号線沿いの市町村)。
与作といえば、「与作は木ーーを切る、ヘイヘイホーーーー、ヘイヘイホー」
の世界で、産業といえば林業・公共事業(土木)が中心の中山間ですが、最
近、文化や地場産業(お茶とか、和紙とか農業など)でどんどん元気になっ
てきています。
この439号線沿いの町は、特に神楽や踊りなど、民俗文化の宝庫です。
http://www.town.yusuhara.kochi.jp/sightseeing_miru_kagura03.html
http://www.sanson.or.jp/mura/mura105/niyodo2.html
私が思うに、この道は、修験者ロードではないかと思います。
修験者が、色々なものを伝えた道(断層ですから、温泉もあります)。
国道439号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93439%E5%8F%B7
与作ロードの中間に位置する「いの町」、この町の最大の産業は紙(和紙)
(お札の原料)であります。その、いの町でも北部の与作ロードが通ってい
る付近(吾北=ムササビの郷)は、地域活性化の活動が非常にさかんな地域
であります。
錫杖(しゃくじょう)かたしと言われる、大きな椿の下で、お祭りなども行わ
れていますし、最近では、パン(楽器)の学校なども開催されています。
http://www.town.ino.kochi.jp/gohoku/enonaka/p-kon02fa.htm
http://www.attaka.or.jp/feature/2006/spring_leisure/katashi.html
町村合併後のいの町で、現在、「いの町の宝を見つめ直そう」という取り組
みが行われています。
きっかけ(一つの方法・手段)として、11年前に吾北地区などでロケが行わ
れた映画 『絵の中のぼくの村』 に関する催しを進めています。

〔ぼっちり(丁度)7月末から高知県立美術館で
「激しく創った、田島征彦、征三の半世紀」展
が開催されています。
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/
この二人展とも連携して、いの町の取り組みは行われています。

9/2(土)には、高知県立美術館で映画『絵の中のぼくの村』の上映会が
2回行われます。
上映の合間の午後5時から6時まで、11年前のロケに関わった人に呼びかけ
て「映画のミニ同窓会」も計画中だそうです。東陽一監督や出演者など20
人程度集まる予定だそうです。
※映画「絵の中のぼくの村」には、昭和20年代の小学校と子どもたち、
高知県の田舎、川・山の自然や生き物とのつながりが描かれています。
これら一連の取り組みの中で、
「もんて来や!」
「懐かしいいの町へお帰り」「同窓会をいの町で!」
というようなメッセージを全国に発信したいと、いの町事務局の田岡さんは
考えています。
【いの町観光協会ブログもご覧ください】
↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/inokanko2006
※次もご覧ください。
http://www.town.ino.kochi.jp/shiki/shiki.html
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いの町観光協会事務局(いの町産業経済課)/田岡重雄
〒781-2110
高知県吾川郡いの町3626番地(ギャラリーコパ内)
℡893-1211 ℡893-1200 FAX893-1205
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いの町では、民泊も可能です。
http://inogt.jp/nouhaku/index.html
田舎に宿泊して、自然の風景や星空を眺める、蛙の声、セミの声以外には何
もない世界もいいものですよ。
ちょっと、高知へ来てみいや。

最近、四国の中山間は元気になっています。
東谷さんの「ごっくん馬路村」もそうですし、葉っぱをお金にかえた(今ま
で、タヌキさんにしかできなかった荒技)徳島県上勝町、そして「しずむ夕
日」で町を浮き上がらせた愛媛県双海町、直販でにぎわい「白壁の町」(町
並み)で有名な愛媛県内子町。
高知には、与作ロードという道があります(国道439号線沿いの市町村)。
与作といえば、「与作は木ーーを切る、ヘイヘイホーーーー、ヘイヘイホー」
の世界で、産業といえば林業・公共事業(土木)が中心の中山間ですが、最
近、文化や地場産業(お茶とか、和紙とか農業など)でどんどん元気になっ
てきています。
この439号線沿いの町は、特に神楽や踊りなど、民俗文化の宝庫です。
http://www.town.yusuhara.kochi.jp/sightseeing_miru_kagura03.html
http://www.sanson.or.jp/mura/mura105/niyodo2.html
私が思うに、この道は、修験者ロードではないかと思います。
修験者が、色々なものを伝えた道(断層ですから、温泉もあります)。
国道439号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93439%E5%8F%B7
与作ロードの中間に位置する「いの町」、この町の最大の産業は紙(和紙)
(お札の原料)であります。その、いの町でも北部の与作ロードが通ってい
る付近(吾北=ムササビの郷)は、地域活性化の活動が非常にさかんな地域
であります。
錫杖(しゃくじょう)かたしと言われる、大きな椿の下で、お祭りなども行わ
れていますし、最近では、パン(楽器)の学校なども開催されています。
http://www.town.ino.kochi.jp/gohoku/enonaka/p-kon02fa.htm
http://www.attaka.or.jp/feature/2006/spring_leisure/katashi.html
町村合併後のいの町で、現在、「いの町の宝を見つめ直そう」という取り組
みが行われています。
きっかけ(一つの方法・手段)として、11年前に吾北地区などでロケが行わ
れた映画 『絵の中のぼくの村』 に関する催しを進めています。

〔ぼっちり(丁度)7月末から高知県立美術館で
「激しく創った、田島征彦、征三の半世紀」展
が開催されています。
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/
この二人展とも連携して、いの町の取り組みは行われています。

9/2(土)には、高知県立美術館で映画『絵の中のぼくの村』の上映会が
2回行われます。
上映の合間の午後5時から6時まで、11年前のロケに関わった人に呼びかけ
て「映画のミニ同窓会」も計画中だそうです。東陽一監督や出演者など20
人程度集まる予定だそうです。
※映画「絵の中のぼくの村」には、昭和20年代の小学校と子どもたち、
高知県の田舎、川・山の自然や生き物とのつながりが描かれています。
これら一連の取り組みの中で、
「もんて来や!」
「懐かしいいの町へお帰り」「同窓会をいの町で!」
というようなメッセージを全国に発信したいと、いの町事務局の田岡さんは
考えています。
【いの町観光協会ブログもご覧ください】
↓ ↓ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/inokanko2006
※次もご覧ください。
http://www.town.ino.kochi.jp/shiki/shiki.html
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いの町観光協会事務局(いの町産業経済課)/田岡重雄
〒781-2110
高知県吾川郡いの町3626番地(ギャラリーコパ内)
℡893-1211 ℡893-1200 FAX893-1205
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いの町では、民泊も可能です。
http://inogt.jp/nouhaku/index.html
田舎に宿泊して、自然の風景や星空を眺める、蛙の声、セミの声以外には何
もない世界もいいものですよ。
ちょっと、高知へ来てみいや。
2006年08月21日
ペンとキーボード

文章を書く時、ペンで書くのと、パソコンに向かってキーボードをたたくの
とでは、文章の内容、文の流れに大きな違いが出てくる。頭の中で考えてい
る想念を文字に変えるには、やはりペンの方が数段上手である。
ディスプレーに表示される文字には、活字以上の何物も情報が入っていない
が、ペンで書かれる文字には、非常に多くの情報が含まれている。
文字の勢い、大きさ、流れ、は文章を作成するのに本当に大切な情報である。
自分の心の中を表現するには、やはりペンが一番である。
頭の中の考えが、すらすら表現される。
パソコンを使って、キーボードから文字を打ち込む作業では、こうはいかない。
キーボードの打ちまちがえがないか、漢字変換のまちがいがないか、余計な心
配により、心の中をそのまま表現する作業には無理が生じると感じる。
やはり、ペンで書くのが一番である。
2006年08月20日
地域の自立
「地域の自立とはなにか!」-人づくり・まちづくり、仕組みづくり- と
題して、秋から公開講座をおこなうことにしました。
「地域の自立とはなにか」は、いつも考えているテーマですが、人づくり、
まちづくり、仕組みづくりのポイントを一言で言うと、
人づくり:人材とは、自分の役割を自分で判断(認識)し、行動できる人間
判断力、決断力、行動力に必要な正しい理解力・論理思考が必要
知識が基本ですが、それだけではダメ
まちづくり:みんなが参加すること、個々が有機的に繋がり、機能すること
仕組みづくり:気を育てる、気をおくる仕組み(プロデュース)
そして、コミュニケーション力ですが、
これは自分の気持ちや考えを、的確な表現と分量で伝えることのでき
る能力(語りすぎてもダメ、語らなくてもダメ)。
相手の意図や意識を読み解く能力です。
そのような能力を育成することが、結果的に地域の活性化に繋がります。
特に、魅力ある地域を形成するためには、地域において如何に知的能力とコ
ミュニケーション能力を高めるかが課題であります。
ICT(情報通信技術)の活用も重要であると同時に、如何に地域に「気」を
送るか(デジタルだけではなくアナログでも)、地域で「気を育てる仕組み」
が重要であります。
今回の講座では、これからの地域づくりについて、四国で活躍しているキー
マン(燃える人、カリスマ)に、それぞれの地域での取り組みをご紹介いた
だき、「人づくり・まちづくり、仕組みづくり」のポイントについて参加者
みんなで学ぶことにしました。
高知大学「秋の公開講座」
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06aki.html
第1回 地域におけるコミュニケーション力の向上(地域情報学) 坂本世津夫
http://www.sri.ehime-u.ac.jp/
第2回 愛媛県双海町「しずむ夕日が立ちどまるまち」のとりくみ 若松進一
http://www.yuuhi.jp/
http://www.yuuhi.jp/profile.html
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanko/03wakamatsu.htm
第3回 愛媛県内子町「内子フレッシュパークからり」のとりくみ 森本純一
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/ufufu/
http://www.kawanisi.jp/dai3/karari03.htm
第4回 高知県馬路村のとりくみ 東谷望史
http://www.yuzu.or.jp/
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanko/08toutani.htm
第5回 徳島県上勝町「いろどり」のとりくみ 横石知二
http://www.irodori.co.jp/
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_a3/5_houkoku/040408a/genki/kamikatsu.htm
http://www.nikkei.co.jp/digitalcore/local/18/
【参考資料】
財団法人えひめ地域政策研究センター
『舞たうん』第89号 平成18年7月発行
特集/地域の自立とはなにか!
http://www.ecpr.or.jp/work/mytown.html
高知大学では、下記のような取り組みも行っております。
ラジオ公開講座
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/radio/index.html
是非、お聴きください。
ジョイフルコンサートシリーズコーチ2006
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
地域で、気を育てる仕組みが重要ですね。
内子フレッシュパークからり
題して、秋から公開講座をおこなうことにしました。
「地域の自立とはなにか」は、いつも考えているテーマですが、人づくり、
まちづくり、仕組みづくりのポイントを一言で言うと、
人づくり:人材とは、自分の役割を自分で判断(認識)し、行動できる人間
判断力、決断力、行動力に必要な正しい理解力・論理思考が必要
知識が基本ですが、それだけではダメ
まちづくり:みんなが参加すること、個々が有機的に繋がり、機能すること
仕組みづくり:気を育てる、気をおくる仕組み(プロデュース)
そして、コミュニケーション力ですが、
これは自分の気持ちや考えを、的確な表現と分量で伝えることのでき
る能力(語りすぎてもダメ、語らなくてもダメ)。
相手の意図や意識を読み解く能力です。
そのような能力を育成することが、結果的に地域の活性化に繋がります。
特に、魅力ある地域を形成するためには、地域において如何に知的能力とコ
ミュニケーション能力を高めるかが課題であります。
ICT(情報通信技術)の活用も重要であると同時に、如何に地域に「気」を
送るか(デジタルだけではなくアナログでも)、地域で「気を育てる仕組み」
が重要であります。
今回の講座では、これからの地域づくりについて、四国で活躍しているキー
マン(燃える人、カリスマ)に、それぞれの地域での取り組みをご紹介いた
だき、「人づくり・まちづくり、仕組みづくり」のポイントについて参加者
みんなで学ぶことにしました。
高知大学「秋の公開講座」
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/2006/06aki.html
第1回 地域におけるコミュニケーション力の向上(地域情報学) 坂本世津夫
http://www.sri.ehime-u.ac.jp/
第2回 愛媛県双海町「しずむ夕日が立ちどまるまち」のとりくみ 若松進一
http://www.yuuhi.jp/
http://www.yuuhi.jp/profile.html
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanko/03wakamatsu.htm
第3回 愛媛県内子町「内子フレッシュパークからり」のとりくみ 森本純一
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/ufufu/
http://www.kawanisi.jp/dai3/karari03.htm
第4回 高知県馬路村のとりくみ 東谷望史
http://www.yuzu.or.jp/
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanko/08toutani.htm
第5回 徳島県上勝町「いろどり」のとりくみ 横石知二
http://www.irodori.co.jp/
http://www.shikoku.meti.go.jp/soshiki/skh_a3/5_houkoku/040408a/genki/kamikatsu.htm
http://www.nikkei.co.jp/digitalcore/local/18/
【参考資料】
財団法人えひめ地域政策研究センター
『舞たうん』第89号 平成18年7月発行
特集/地域の自立とはなにか!
http://www.ecpr.or.jp/work/mytown.html
高知大学では、下記のような取り組みも行っております。
ラジオ公開講座
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/radio/index.html
是非、お聴きください。
ジョイフルコンサートシリーズコーチ2006
http://www.kochi-u.ac.jp/~wwwlife/joyful/index.html
地域で、気を育てる仕組みが重要ですね。
内子フレッシュパークからり
2006年08月19日
利他心
台風一過、もうすぐ夜明けだが、見えてくる風景が楽しみだ。
しかし、稲の穂が、みな倒れているだろうとなと、、いささか心配である。
最近は、我が思索の空間(コテージ)で、古代から現在までの哲学者の本を
眺めている。樹立した本の中で、瞑想して、、、読むのではなく、眺めてい
るという表現が正しいと思う。

最近、眺めている本の中で、『ブッダの人と思想』中村元・田辺祥二著 NHK
ブックス 835 がある。
その中に下記が出ている。
人々は「わがものである」と執着したもののために悲しむ。
(自己の)所有しているものは常住ではないからである。
この世のものはただ変減するものである。
・・・人が「これはわがものである」と考えるもの、--
それは(その人の)死によって失われる。
われに従う人は、賢明にこの理を知って、わがものという
観念に屈してはならない。 (スッタニパータ)
「欲」と、そしてそれが得られない為の「怒り」は、ますます増幅させる力
がある。それに屈せず、心の平静を得ることが何よりも重要なことである。
と、考える毎日である。
我がものというのではなく、人々の為に、静かに・長く燃えたいと思うこの
頃である。
今日のブログは、短めに。。
庭の花々も雨に濡れ
しかし、稲の穂が、みな倒れているだろうとなと、、いささか心配である。
最近は、我が思索の空間(コテージ)で、古代から現在までの哲学者の本を
眺めている。樹立した本の中で、瞑想して、、、読むのではなく、眺めてい
るという表現が正しいと思う。

最近、眺めている本の中で、『ブッダの人と思想』中村元・田辺祥二著 NHK
ブックス 835 がある。
その中に下記が出ている。
人々は「わがものである」と執着したもののために悲しむ。
(自己の)所有しているものは常住ではないからである。
この世のものはただ変減するものである。
・・・人が「これはわがものである」と考えるもの、--
それは(その人の)死によって失われる。
われに従う人は、賢明にこの理を知って、わがものという
観念に屈してはならない。 (スッタニパータ)
「欲」と、そしてそれが得られない為の「怒り」は、ますます増幅させる力
がある。それに屈せず、心の平静を得ることが何よりも重要なことである。
と、考える毎日である。
我がものというのではなく、人々の為に、静かに・長く燃えたいと思うこの
頃である。
今日のブログは、短めに。。
庭の花々も雨に濡れ
2006年08月18日
龍馬の視線で・ウォーキング
今日の高知は、台風の影響で風雨が強くなっています。
午後は、太平洋を見ながら温泉に入ろうと思っておりましたが(今日は休暇)
これでは、露天風呂も爽快とうか、豪快ですね。
飛んできたものに当たらないように、注意、注意!
「燃える人の会」は、なんだか坂本龍馬さんの「海援隊」をイメージします。
33人というのも、良いですね。龍馬さんは、33歳でなくなりましたが、これ
から33人で、新たな地域おこしですね。アレキサンダー大王も、33歳で亡く
なったと思いますが、33は意味のある数字、大好きな数字です。
(地球33番地は、高知にあります。北緯33度、東経133度)
http://www.sunsuntv.co.jp/earth33/index.html
この数字が、増えていけばと願っています。燃える人の数が、。
先日(と言っても、もう2ヶ月近く前ですが)、龍馬さんの視線で、龍馬さ
んを育てた浦戸湾を見てきました。
桂浜周辺ウォーキング「龍馬を育てた浦戸湾を渡ろう」
開催日 5月28日(日)
集合時間 10:00
集合場所 高知県立坂本龍馬記念館
行程 記念館出発(10:00)
~浦戸大橋経由(徒歩)~種崎
~龍馬も遊んだ浦戸湾を渡船で渡る
(渡船)~御疊瀬(みませ)の港
~浦戸の漁港経由(徒歩)~桂浜龍馬像(記
念撮影)~記念館
到着後、桂浜荘で食事
坂本龍馬倶楽部・平成18年度定例総会の翌日、 5月28日(日)に、桂浜周辺
ウォーキング「龍馬を育てた浦戸湾を渡ろう」が開催されました。
ウォーキングの前日まで、雨の多い日々が続いていましたが、当日は日頃の
行いも良く、良いお天気に恵まれて、龍馬さんを育んだ浦戸湾を眺めながら、
ゆったりとした時間を過ごすことができました。日頃、時間に追われ、スピ
ードに追われている毎日、自らの足で歩いて、じっくりと眺め(観察)考え
ることは非常に重要なことだと、再び感じさせられたイベントでした。
龍馬さんの時代は、それなりに駆け足の時代だったかも知れませんが、自ら
の足で進み、自らの目で眺め、そして考えたからこそ、時代を変えることが
できたのではないかと思います。
日々忙しい中での 3時間のウォーキングでしたが、心の中を洗濯(日本を洗
濯とは言いませんが)するには充分だったと感じています。
是非、皆様も坂本龍馬記念館にこられた時は、今回歩いたコースを歩いてみ
てください。 何か、発見できると思います。龍馬さんの視線で。
さて、当日ですが、 9名の参加者がありました。開催日の 2週間前にコース
の下見(検証)を行った時は、生憎の雨でしたが、本番当日はお天気にも恵
まれ、予定どおり午前10時に坂本龍馬記念館を出発することができました。
坂本龍馬記念館の南側にあります日時計のところから山の尾根つたいに下り
ていくと(ここは長宗我部元親の居城跡)、昔、浦戸大橋の料金所があった
ところにでます。そこから浦戸大橋を渡るのですが、この橋は歩行者を前提
に造られていないため、小さな歩道を一列になって、わき見もせずに渡らな
くてはなりません。途中、橋の中間ぐらいに多少広くなった場所があり、こ
こから浦戸湾や土佐湾が眺められます。龍馬さんの時代は、このようなポジ
ションから眺めることはできなかったのでしょうが、橋から見下ろした海は、
龍馬さんも泣き出すほど汚れた海になっていました。少々暗い気持ちです。
http://www.katsurahama.jp/sansaku.html
そして、橋を一気に渡ると種崎千松公園(海水浴場)にでます。そこで、龍
馬の会では全国的に有名な橋本邦健さんと合流、記念撮影しました。
橋本さんは、高知市内の自宅から歩いてここまで来られたとのこと、流石、
ウォーキングのプロ(鬼ではなく、エビス様)です。
種崎は、昔は本当に綺麗な浜辺があり、ハマグリやアサリもいた海岸ですが、
今はコンクリートに覆われています。そのような風景を眺めながら、浦戸大
橋の下をくぐり抜けて種崎の渡船場(フェリー乗り場)に向かいました。
このフェリーですが、一応、県道になりますので、無料で通る(渡る)こと
ができます。昔は、自転車や人や、時には車など、多くの人々が利用してい
ましたが、今は、頭上に見える大橋ができたために、車は渡る(フェリーに
乗る)ことができませんし、利用者もかなり少なくなってきています。
現在、フェリーは1時間に1本程度しかなく、乗り遅れると1時間待ちになる
ということで、何が何でも11時までには乗り場に到着する必要がありました。
しかし、流石です。昨夜はかなりのお酒を呑んでいたにもかかわらず、みな
元気に10時55分にはフェリー乗り場に到着しました。
http://www.fune.co.jp/J-index/Z-teiki/JZ-N/JZ-N-124.html
そして待つこと10分、フェリーは対岸の御疊瀬(みませ)からゆっくりと到
着し、いざ対岸へ。昔、龍馬さんも船を漕いで渡ったと思いますが、ここは
結構潮の流れが速く、近いようで遠い対岸ですが、流石にフェリーは潮流に
ものともせずに、なんと5分程で渡ってしまいました。5分の船旅は、ちょっ
と淋しい感じもしましたが、海から眺める桂浜(浦戸)の風景、そして種崎
の風景、御疊瀬の風景、頭上には大橋も見えて、爽やかな風と潮の香りを感
じながらの5分間は最高でした。
http://kk460.qee.jp/pc/ROK/pr278.htm
龍馬さんの時代は、手こぎの小さな船だったでしょうけど、浦戸湾に船を浮
かべて、のんびり昼寝などしていたのではと思いながら、目標であった「浦
戸湾を渡ろう」は達成しました。
御疊瀬に着くなり、予定していなかった方向に皆が動きだし、本来は長浜川
(新川)にそって歩く予定が御疊瀬漁港の方に行ってしまいました。しかし、
途中、トンネルを抜けると御疊瀬小学校があり、ちょうど運動会も行われて
いて、小学校や民家に植えられた花々も楽しみながら、ちょっと回り道をし
てしまいました。そして、長浜の町にある宇賀神社の西側を左(南)に曲が
り、川(橋)をわたって、今度は浦戸側の海岸風景や港の風景を眺めながら、
「みまぁせーーー、みせーまぁしょーー、裏戸(浦戸)をあーーけてー」、
無事、午後 1時前には坂本龍馬像の前に全員到着しました。
御疊瀬、浦戸ですが、将来くるだろう南海大地震の大津波で大変なことにな
るのでは、とも考えながら(考えを未来にも馳せながら)、地域づくり、ま
ちづくりをどのようにしていけば良いのか、とも考えていました。
しかし、未来(津波)を考えた結果か、立派な家も朽ち果てて、再建されず
そのままになっているところもあります。古い神社なども幾つかありました。
龍馬さんの銅像前で記念撮影後、日頃運動していなく、使い果たした体力に、
再度アイスクリン(高知名物)でパワーを入れて、桂浜の山を駆け上り、桂
浜荘で打ち上げの昼食をとりました。
http://www.kochilife.com/~1kakeru1/
そして、午後2時過ぎから坂本龍馬記念館の見学が行われました。
おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくなる。
それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、それにつ
いてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。
『知性について』
ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3 88頁
たまには、日常から離れて、回りの風景をゆっくり自分自身で見ることが重
要ではないかと思います。同じことをやり続けていると、「道」が見えなく
なります。そういう意味では、龍馬さんの行動は参考になると思います。
是非、桂浜にこられた時には、このコースを歩いてみてください。 3時間程
度の小旅行です。
高知県立坂本龍馬記念館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~ryoma/
今度、北海道の幹事会の時に立ち寄った、坂本直行記念館とも関係する、
坂本直行展が、11月から開催されます。
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~ryoma/framepage.htm
桂浜周辺ウォーキング・マップ
午後は、太平洋を見ながら温泉に入ろうと思っておりましたが(今日は休暇)
これでは、露天風呂も爽快とうか、豪快ですね。
飛んできたものに当たらないように、注意、注意!
「燃える人の会」は、なんだか坂本龍馬さんの「海援隊」をイメージします。
33人というのも、良いですね。龍馬さんは、33歳でなくなりましたが、これ
から33人で、新たな地域おこしですね。アレキサンダー大王も、33歳で亡く
なったと思いますが、33は意味のある数字、大好きな数字です。
(地球33番地は、高知にあります。北緯33度、東経133度)
http://www.sunsuntv.co.jp/earth33/index.html
この数字が、増えていけばと願っています。燃える人の数が、。
先日(と言っても、もう2ヶ月近く前ですが)、龍馬さんの視線で、龍馬さ
んを育てた浦戸湾を見てきました。
桂浜周辺ウォーキング「龍馬を育てた浦戸湾を渡ろう」
開催日 5月28日(日)
集合時間 10:00
集合場所 高知県立坂本龍馬記念館
行程 記念館出発(10:00)
~浦戸大橋経由(徒歩)~種崎
~龍馬も遊んだ浦戸湾を渡船で渡る
(渡船)~御疊瀬(みませ)の港
~浦戸の漁港経由(徒歩)~桂浜龍馬像(記
念撮影)~記念館
到着後、桂浜荘で食事
坂本龍馬倶楽部・平成18年度定例総会の翌日、 5月28日(日)に、桂浜周辺
ウォーキング「龍馬を育てた浦戸湾を渡ろう」が開催されました。
ウォーキングの前日まで、雨の多い日々が続いていましたが、当日は日頃の
行いも良く、良いお天気に恵まれて、龍馬さんを育んだ浦戸湾を眺めながら、
ゆったりとした時間を過ごすことができました。日頃、時間に追われ、スピ
ードに追われている毎日、自らの足で歩いて、じっくりと眺め(観察)考え
ることは非常に重要なことだと、再び感じさせられたイベントでした。
龍馬さんの時代は、それなりに駆け足の時代だったかも知れませんが、自ら
の足で進み、自らの目で眺め、そして考えたからこそ、時代を変えることが
できたのではないかと思います。
日々忙しい中での 3時間のウォーキングでしたが、心の中を洗濯(日本を洗
濯とは言いませんが)するには充分だったと感じています。
是非、皆様も坂本龍馬記念館にこられた時は、今回歩いたコースを歩いてみ
てください。 何か、発見できると思います。龍馬さんの視線で。
さて、当日ですが、 9名の参加者がありました。開催日の 2週間前にコース
の下見(検証)を行った時は、生憎の雨でしたが、本番当日はお天気にも恵
まれ、予定どおり午前10時に坂本龍馬記念館を出発することができました。
坂本龍馬記念館の南側にあります日時計のところから山の尾根つたいに下り
ていくと(ここは長宗我部元親の居城跡)、昔、浦戸大橋の料金所があった
ところにでます。そこから浦戸大橋を渡るのですが、この橋は歩行者を前提
に造られていないため、小さな歩道を一列になって、わき見もせずに渡らな
くてはなりません。途中、橋の中間ぐらいに多少広くなった場所があり、こ
こから浦戸湾や土佐湾が眺められます。龍馬さんの時代は、このようなポジ
ションから眺めることはできなかったのでしょうが、橋から見下ろした海は、
龍馬さんも泣き出すほど汚れた海になっていました。少々暗い気持ちです。
http://www.katsurahama.jp/sansaku.html
そして、橋を一気に渡ると種崎千松公園(海水浴場)にでます。そこで、龍
馬の会では全国的に有名な橋本邦健さんと合流、記念撮影しました。
橋本さんは、高知市内の自宅から歩いてここまで来られたとのこと、流石、
ウォーキングのプロ(鬼ではなく、エビス様)です。
種崎は、昔は本当に綺麗な浜辺があり、ハマグリやアサリもいた海岸ですが、
今はコンクリートに覆われています。そのような風景を眺めながら、浦戸大
橋の下をくぐり抜けて種崎の渡船場(フェリー乗り場)に向かいました。
このフェリーですが、一応、県道になりますので、無料で通る(渡る)こと
ができます。昔は、自転車や人や、時には車など、多くの人々が利用してい
ましたが、今は、頭上に見える大橋ができたために、車は渡る(フェリーに
乗る)ことができませんし、利用者もかなり少なくなってきています。
現在、フェリーは1時間に1本程度しかなく、乗り遅れると1時間待ちになる
ということで、何が何でも11時までには乗り場に到着する必要がありました。
しかし、流石です。昨夜はかなりのお酒を呑んでいたにもかかわらず、みな
元気に10時55分にはフェリー乗り場に到着しました。
http://www.fune.co.jp/J-index/Z-teiki/JZ-N/JZ-N-124.html
そして待つこと10分、フェリーは対岸の御疊瀬(みませ)からゆっくりと到
着し、いざ対岸へ。昔、龍馬さんも船を漕いで渡ったと思いますが、ここは
結構潮の流れが速く、近いようで遠い対岸ですが、流石にフェリーは潮流に
ものともせずに、なんと5分程で渡ってしまいました。5分の船旅は、ちょっ
と淋しい感じもしましたが、海から眺める桂浜(浦戸)の風景、そして種崎
の風景、御疊瀬の風景、頭上には大橋も見えて、爽やかな風と潮の香りを感
じながらの5分間は最高でした。
http://kk460.qee.jp/pc/ROK/pr278.htm
龍馬さんの時代は、手こぎの小さな船だったでしょうけど、浦戸湾に船を浮
かべて、のんびり昼寝などしていたのではと思いながら、目標であった「浦
戸湾を渡ろう」は達成しました。
御疊瀬に着くなり、予定していなかった方向に皆が動きだし、本来は長浜川
(新川)にそって歩く予定が御疊瀬漁港の方に行ってしまいました。しかし、
途中、トンネルを抜けると御疊瀬小学校があり、ちょうど運動会も行われて
いて、小学校や民家に植えられた花々も楽しみながら、ちょっと回り道をし
てしまいました。そして、長浜の町にある宇賀神社の西側を左(南)に曲が
り、川(橋)をわたって、今度は浦戸側の海岸風景や港の風景を眺めながら、
「みまぁせーーー、みせーまぁしょーー、裏戸(浦戸)をあーーけてー」、
無事、午後 1時前には坂本龍馬像の前に全員到着しました。
御疊瀬、浦戸ですが、将来くるだろう南海大地震の大津波で大変なことにな
るのでは、とも考えながら(考えを未来にも馳せながら)、地域づくり、ま
ちづくりをどのようにしていけば良いのか、とも考えていました。
しかし、未来(津波)を考えた結果か、立派な家も朽ち果てて、再建されず
そのままになっているところもあります。古い神社なども幾つかありました。
龍馬さんの銅像前で記念撮影後、日頃運動していなく、使い果たした体力に、
再度アイスクリン(高知名物)でパワーを入れて、桂浜の山を駆け上り、桂
浜荘で打ち上げの昼食をとりました。
http://www.kochilife.com/~1kakeru1/
そして、午後2時過ぎから坂本龍馬記念館の見学が行われました。
おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくなる。
それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、それにつ
いてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。
『知性について』
ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3 88頁
たまには、日常から離れて、回りの風景をゆっくり自分自身で見ることが重
要ではないかと思います。同じことをやり続けていると、「道」が見えなく
なります。そういう意味では、龍馬さんの行動は参考になると思います。
是非、桂浜にこられた時には、このコースを歩いてみてください。 3時間程
度の小旅行です。
高知県立坂本龍馬記念館
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~ryoma/
今度、北海道の幹事会の時に立ち寄った、坂本直行記念館とも関係する、
坂本直行展が、11月から開催されます。
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~ryoma/framepage.htm
桂浜周辺ウォーキング・マップ
2006年08月17日
大三島・秘密会議
最近、自分自身の暮らしている地域、高知が輝いて見えるようになってきた。
昨年まで3年間暮らしていた愛媛と比べると高知は太陽光線がまるで違うた
め、自然の風景や町の色彩も愛媛とは随分と違うと感じる。
愛媛に居た時は、四国山脈を越えてきた太陽光線の影響で、山々の淡い「緑」
や海の「青」が本当に綺麗だと感じた。特に、南予の海岸線やしまなみの島
々に出かけて風景を眺めていると本当に綺麗だと感じる。このような場所で、
長期間滞在ができ、そして地域の暮らしにふれる機会があれば最高だと感じ
る。
昨年3月、高知に戻ってきてから、高知の自然風景や町の色彩・町並みもま
んざらではないと感じるようになってきた。その最大の理由は、自分自身の
「心」の変化にあると思う。自分自身の心に「不満」(欲)が無くなったの
が最大の理由ではないだろうか。愛媛で暮らしたお陰で、心が自然体になっ
た。愛媛という「他地域」を見てきたことも大きな要因であると感じている。
地域活性化で一番重要なことは、「我が地域」に自信をもつことである。
自分自身の暮らしている地域に、劣等感や不満を持っていては、地域は輝い
て見えないし、輝かない。自らの地域に誇りと自信を持つことが重要である。
その為には、まず自分自身の心の窓を開いて地域を再度眺めてみることであ
る。そして、地域の潜在的な力を自分自身で知ることが重要である。
単に眺めるのではなく、暮らしに溶け込むことが重要である。
3年前、愛媛(今治)と広島(尾道)を結ぶ「しまなみ」エリアで、地域資
源(観光資源・食材・暮らしや文化など)の発掘調査と具体的な地域活性化
の為のアクションが検討された。しまなみ海道の「魅力再発見」「交流活性
化」「情報発信」をめざして、しまなみ海道周辺地域が誇る地域資源と地域
活動を発掘し、その利活用方策を検討・発信することが目的であった。
いつも、いつも、同様の調査・検討が繰り返されているが、その検討結果が
次のアクションに本当に繋がり、具体的に活かされているかは少し疑問が残
る。いつも同じステップを踏んでいるだけで、次のステップに上がっていこ
うとしない。調査・検討結果が、そのままアクションに繋がらないことに歯
がゆさも感じている。
しまなみの資源を検討していて、このエリアの最大の資源は「暮らし」であ
ると感じた。観光資源として考えた場合でも、これからは風景や観光名所(
歴史建造物など)だけが資源ではなく、むしろ「暮らし」(生活)それ自体
が最大の観光資源になるのではないかと考えている。
特に、四国における観光は従来型の「通過型観光」ではなく、今後は「滞在
型観光」が重要である。松山には、上海やソウルからの航空便もある。
外国人観光客と、滞在型観光の組み合わせは面白いと思う。その為に、しま
なみの「暮らし」資源を如何に活用するかが今後のキーポイントである。
しまなみでの調査・検討を具体化する仕組みとして、大三島で「秘密会議」
という組織を立ち上げた。「秘密会議」とは、要は「井戸端会議」である。
まだまだ小さな集まりではあるが、一年に数回、大三島の「とある旅館」(
茶梅旅館)に人々が集まり、大三島の暮らしを肌で感じながら(時には満天
の星空を眺め、波の音を聞きながら)、大三島の活性化、資源活用について
議論を進めている。
茶梅旅館
http://simanami.com/chaume.htm
「秘密会議」の開催案内書は、「密告書」と呼ばれている。
活動を「密告」することで、関心のある人に直接繋いでメンバーを広めてい
っている。話題に興味を持たせることで、一人一人メンバーを繋いでいくの
である。
要は、「ここ(大三島)に来ないと何も分からないよ!」、「大三島で何か
が動いている!」、という雰囲気を作りだすことが重要だと考えている。
そして、「暮らし」を通じて人々の心を繋ぐことが、何よりも重要であると
感じている。
大三島秘密会議の様子
昨年まで3年間暮らしていた愛媛と比べると高知は太陽光線がまるで違うた
め、自然の風景や町の色彩も愛媛とは随分と違うと感じる。
愛媛に居た時は、四国山脈を越えてきた太陽光線の影響で、山々の淡い「緑」
や海の「青」が本当に綺麗だと感じた。特に、南予の海岸線やしまなみの島
々に出かけて風景を眺めていると本当に綺麗だと感じる。このような場所で、
長期間滞在ができ、そして地域の暮らしにふれる機会があれば最高だと感じ
る。
昨年3月、高知に戻ってきてから、高知の自然風景や町の色彩・町並みもま
んざらではないと感じるようになってきた。その最大の理由は、自分自身の
「心」の変化にあると思う。自分自身の心に「不満」(欲)が無くなったの
が最大の理由ではないだろうか。愛媛で暮らしたお陰で、心が自然体になっ
た。愛媛という「他地域」を見てきたことも大きな要因であると感じている。
地域活性化で一番重要なことは、「我が地域」に自信をもつことである。
自分自身の暮らしている地域に、劣等感や不満を持っていては、地域は輝い
て見えないし、輝かない。自らの地域に誇りと自信を持つことが重要である。
その為には、まず自分自身の心の窓を開いて地域を再度眺めてみることであ
る。そして、地域の潜在的な力を自分自身で知ることが重要である。
単に眺めるのではなく、暮らしに溶け込むことが重要である。
3年前、愛媛(今治)と広島(尾道)を結ぶ「しまなみ」エリアで、地域資
源(観光資源・食材・暮らしや文化など)の発掘調査と具体的な地域活性化
の為のアクションが検討された。しまなみ海道の「魅力再発見」「交流活性
化」「情報発信」をめざして、しまなみ海道周辺地域が誇る地域資源と地域
活動を発掘し、その利活用方策を検討・発信することが目的であった。
いつも、いつも、同様の調査・検討が繰り返されているが、その検討結果が
次のアクションに本当に繋がり、具体的に活かされているかは少し疑問が残
る。いつも同じステップを踏んでいるだけで、次のステップに上がっていこ
うとしない。調査・検討結果が、そのままアクションに繋がらないことに歯
がゆさも感じている。
しまなみの資源を検討していて、このエリアの最大の資源は「暮らし」であ
ると感じた。観光資源として考えた場合でも、これからは風景や観光名所(
歴史建造物など)だけが資源ではなく、むしろ「暮らし」(生活)それ自体
が最大の観光資源になるのではないかと考えている。
特に、四国における観光は従来型の「通過型観光」ではなく、今後は「滞在
型観光」が重要である。松山には、上海やソウルからの航空便もある。
外国人観光客と、滞在型観光の組み合わせは面白いと思う。その為に、しま
なみの「暮らし」資源を如何に活用するかが今後のキーポイントである。
しまなみでの調査・検討を具体化する仕組みとして、大三島で「秘密会議」
という組織を立ち上げた。「秘密会議」とは、要は「井戸端会議」である。
まだまだ小さな集まりではあるが、一年に数回、大三島の「とある旅館」(
茶梅旅館)に人々が集まり、大三島の暮らしを肌で感じながら(時には満天
の星空を眺め、波の音を聞きながら)、大三島の活性化、資源活用について
議論を進めている。
茶梅旅館
http://simanami.com/chaume.htm
「秘密会議」の開催案内書は、「密告書」と呼ばれている。
活動を「密告」することで、関心のある人に直接繋いでメンバーを広めてい
っている。話題に興味を持たせることで、一人一人メンバーを繋いでいくの
である。
要は、「ここ(大三島)に来ないと何も分からないよ!」、「大三島で何か
が動いている!」、という雰囲気を作りだすことが重要だと考えている。
そして、「暮らし」を通じて人々の心を繋ぐことが、何よりも重要であると
感じている。
大三島秘密会議の様子
2006年08月17日
古典と読書
旅することは、考えることである。
また、考えることは旅することでもある。 時間の旅
温故知新と言われるが、何事も「古きを温めて、新しきを知る」である。
古典には、不変の真理が含まれている。
読書は、単に読むのではなく、自分の頭で思索することが重要である。
これがなければ、ただ単に他人の思想が頭脳に流れ込むだけである。
自分の頭で考えることが重要である。 地域づくりも。
しかし、夏(休み)と言えば、読書ですね。
一生に三回は同じ本を読み返すことをお勧めします。
「分かった」と思っていても、まだまだ分かっていないこともあります。
キケローが言うように、分かったということが分かる判断基準が一番重要で
はないかと思います。
たまには、古典を読んでみませんか?
『読書について』他二篇 ショウペンハウエル著 斎藤忍随訳
岩波文庫 青632-2
●思索
数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、
数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめる。5頁
自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りして
も、いくども考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い。 5頁
自ら思索することと読書とでは精神に及ぼす影響において信じがたいほど大
きなひらきがある。 6頁
読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。絶え
ず読書を続けて行けば、仮借することなく他人の思想が我々の頭脳に流れ込
んでくる。 11頁
凡庸な書籍哲学者と自ら思索する者との関係は、歴史研究家と目撃者とのそ
れに等しい。 13頁
世間普通の人たちはむずかしい問題の解決にあたって、熱意と性急のあまり
権威ある言葉を引用したがる。 19頁
ほとんどの思想は、思索の結果、その思想にたどりついた人にとってのみ価
値をもつ。 21頁
●読書について
無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。 127頁
読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考
えた過程を反復的にたどるにすぎない。 127頁
ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考え
る力を失っていく。つねに乗り物を使えば、ついには歩くことを忘れる。
128頁
良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力
には限りがあるからである。 13頁
昔の偉大なる天才的著作家を論じた書物が、次々とあらわれている。主題と
して選ばれる著作家は時によってさまざまである。ところで一般読者は、こ
のような雑書を読むが、肝心の著作家その人が書いたものは読まない。それ
というのも新刊書だけを読もうとするからである。 135頁
「努めて古人を読むべし。真に古人の名に値する古人を読むべし。今人の古
人を語る言葉、さらに意味なし。」 シュレーゲル 135頁
『知性について』 ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3
●哲学とその方法について
哲学するために最初に求められる二つの要件は、第一に、心にかかるいかな
る問いをも率直に問い出す勇気をもつことである。そして第二は、自明の理
と思われるすべてのことを、あらためてはっきりと意識し、そうすることに
よってそれを問題としてつかみ直すということである。本格的に哲学するた
めには、精神が本当の閑暇をもっていなくてはならない。 11頁
●知性について
おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくなる。
それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、それにつ
いてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。 88頁
知性の理解力は、外延量ではなくて、内包量である。だから、この点におい
ては、一人の人が平気で一万人に対抗することができるし、幾千人の愚物を
集めても、ただひとりの賢者に及ばないのである。 110頁
世界にぎっしり詰まっている厄介なぼんくら頭たちに何が本当にかけている
かというと、それは二つのよく似通った能力で、すなわち判断力と、自分の
思想をもつ能力である。 110頁
人間は、何かあるものを崇拝したがるものである。ただ、彼らの崇拝は、た
いていお門違いのところで立ちどまっていて、やがて後世の人々がその間違
いを直すまで、そこに停滞しつづける。 146頁
『自省録』 マルクス・アウレーリウス著 神谷美恵子訳
岩波文庫 青610-1
何かをするときいやいやながらするな、利己的な気持ちからするな、無思慮
にするな、心にさからってするな。君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。
34頁
すべて心をみだすような考えや親しみのうすい考えを追い払って抹殺し、た
だちに心の平安にはいるのはなんとたやすいことであろう。 63頁
もっともよい復讐の方法は自分までも同じような行為をしないことだ。
82頁
他人のいうことに注意する習慣をつけよ。そして出来るかぎりその人の魂の
中に入りこむようにせよ。 99頁
会話に際しては人のいうことに注意していなくてはならない。またあらゆる
行動に際しては、その結果生じてくることに注意していなくてはならない。
後者においてはそれがどんな目的に関連しているかを最初から見抜くこと、
前者においては、その意味がなんであるかと注意すること。 102頁
顔に怒りの色のあらわれているのは、ひどく自然に反することで、それがし
ばしば見られるときには、美は死んで行き、ついには全く再燃も不可能なほ
どに消滅してしまう。 107頁
想像力を抹殺せよ。人形のように糸にあやつられるな。時を現在にかぎれ。
君、または他人に起こっている事柄を認識せよ。君の眼前にあるものを原因
と素材とに区別し分析せよ。最期の時を考えよ。人が過ちを犯したら、その
過ちは、これを犯した人のもとに留めておくがよい。 109頁
すべて君の見ているものはまもなく消滅してしまい、その消滅すところを見
ている人間自身もまもなく消滅してしまう。 155頁
哲学するには、君の存在あるがままの生活状態ほど適しているものはほかに
ないのだ。このことがなんとはっきり思い知られることか。 184頁
主観を外に放り出せ。そうすれば君は助かる。誰が放り出すのを妨げるのだ。
207頁
『人生の短さについて』他二篇 セネカ著 茂手木元蔵訳
岩波文庫 青607-1
●人生の短さについて
人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことも
完成できるほど豊富に与えられている。 9頁~10頁
何ゆえにわれわれは自然に対して不平を言うのか。自然は好意をもって振舞
ってくれている。人生は使い方を知れば長い。だが世の中には飽くことを知
らない貧欲に捕らわれている者もいれば、無駄な努力をしながら厄介な骨折
り仕事に捕らわれている者もある。 10頁
自分自身のために暇をもてない人間が、他人の横柄さをあえて不満とする資
格があろうか。 13頁
かつて光り輝いた天才のすべては、この一つの主題(人生)について意見を
同じくしている。 13頁
多忙な人間には何ごとも十分に成し遂げることは不可能である。 22頁
生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。多くの大偉人は一切の邪魔物を退
け、財産も公職も快楽も捨てたうえ、ただ、いかに生きるかを知ろうとする。
22頁
●幸福な人生について
幸福な人生とは、公正で確実な判断に基づく安定した不変の生活である。そ
のときには、心は全く澄みわたり、あらゆる悪からも開放され、深手はおろ
か、かすり傷さえも免れるであろうし、また自己の立場に常に立ち、たとえ
運命が怒って攻撃しようとも、自己の座を固守するであろう。
130頁~131頁
『孤独な散歩者の夢想』 ルソー著 今野一雄訳
岩波文庫 青623-1
魂が十分に強固な地盤をみいだして、そこにすっかり安住し、そこに自らの
全存在を集中して、過去を呼び起こす必要もなく未来を思いわずらう必要も
ないような状態、時間は魂にとってなんの意義ももたないような状態、いつ
までも現在がつづき、しかもその持続を感じさせず、継起のあとかたもなく、
欠乏や享有の、快楽や苦痛の、願望や恐怖のいかなる感情もなく、ただわた
したちが現存するという感情だけあって、この感情だけで魂の全体を満たす
ことができる、こういう状態があるとすれば、この状態が続くかぎり、そこ
にある人は幸福な人と呼ぶことができよう。 87頁~88頁
見ることは、考えることである
考えることは、構想することである(構築) セザンヌ
『ゲーテとの対話』 エッカーマン 著 山下 肇 訳
岩波文庫 32-409-1 上
文字とは何か?(言葉とは何か)
価値ありと、あるいは珍しいとおもったら何らかの体験をかならず文字で書
き写してみて自分のものにせずには気がすまない。 11頁
絵の場合とは話が別だよ。詩はね、同じ言葉というものでできている以上、
また言葉を一つ附けたせば、他の言葉が死んでしまうのだ。 85頁
ほんとうに他人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけな
い。間違ったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行うようにす
ればいい。大事なのは、破壊することではなくて、人間が純粋な喜びを覚え
るようなものを建設することだからだ。 187頁
『弁論家について』 キケロー著 大西英文訳
岩波文庫 下
すると、ユーリウスが言った、
「どうだろう、私が気の利いた言辞の学術など何もないと言うアントーニウ
スの意見に同感だとすれば。」 こう言われてスルピキウスが黙り込んでし
まうと、クラックスが言った、
「まるで、アントーニウスが今まで長々と語ってきた事柄そのものには何か
の学術があるみたいだね。しかし、それは、本人も言ったように、弁論で有
効なさまざまな事柄のある種の実践的規則にすぎないのだよ。それが雄弁家
を創り出せるというのなら、雄弁家でない人など、どこにいるだろう。とい
うのも、そうした実践的規則を、あるいは容易に、あるいは何らかの方法で
修得できない人など一人もいないだろうからだ。しかし、思うに、そうした
規則に含まれている意義とか有益性といったものはじつはこういう点にある
のではないか、つまり、われわれは学術に導かれて何を語るべきかを発見す
るに至るということではなく、われわれが天性によって達成するもの、研鑽
によって達成するもの、実践によって達成するものが正しいものであるとわ
れわれが確信したり、間違ったものであると理解したりするのは、それと比
較して、判断ができる基準が何であるかをわれわれが学んだときに初めて可
能となる。
キケロー著『弁論家について』岩波文庫 下巻 10ページ
ウィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』岩波文庫 序文
「およそ語られうることは明晰に語られうる。
そして、論じえないことについては、人は沈黙せねばならない」
我が思索空間(コテージ)
また、考えることは旅することでもある。 時間の旅
温故知新と言われるが、何事も「古きを温めて、新しきを知る」である。
古典には、不変の真理が含まれている。
読書は、単に読むのではなく、自分の頭で思索することが重要である。
これがなければ、ただ単に他人の思想が頭脳に流れ込むだけである。
自分の頭で考えることが重要である。 地域づくりも。
しかし、夏(休み)と言えば、読書ですね。
一生に三回は同じ本を読み返すことをお勧めします。
「分かった」と思っていても、まだまだ分かっていないこともあります。
キケローが言うように、分かったということが分かる判断基準が一番重要で
はないかと思います。
たまには、古典を読んでみませんか?
『読書について』他二篇 ショウペンハウエル著 斎藤忍随訳
岩波文庫 青632-2
●思索
数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、
数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめる。5頁
自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りして
も、いくども考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い。 5頁
自ら思索することと読書とでは精神に及ぼす影響において信じがたいほど大
きなひらきがある。 6頁
読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。絶え
ず読書を続けて行けば、仮借することなく他人の思想が我々の頭脳に流れ込
んでくる。 11頁
凡庸な書籍哲学者と自ら思索する者との関係は、歴史研究家と目撃者とのそ
れに等しい。 13頁
世間普通の人たちはむずかしい問題の解決にあたって、熱意と性急のあまり
権威ある言葉を引用したがる。 19頁
ほとんどの思想は、思索の結果、その思想にたどりついた人にとってのみ価
値をもつ。 21頁
●読書について
無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。 127頁
読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考
えた過程を反復的にたどるにすぎない。 127頁
ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考え
る力を失っていく。つねに乗り物を使えば、ついには歩くことを忘れる。
128頁
良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力
には限りがあるからである。 13頁
昔の偉大なる天才的著作家を論じた書物が、次々とあらわれている。主題と
して選ばれる著作家は時によってさまざまである。ところで一般読者は、こ
のような雑書を読むが、肝心の著作家その人が書いたものは読まない。それ
というのも新刊書だけを読もうとするからである。 135頁
「努めて古人を読むべし。真に古人の名に値する古人を読むべし。今人の古
人を語る言葉、さらに意味なし。」 シュレーゲル 135頁
『知性について』 ショーペンハウエル著 細谷貞雄訳
岩波文庫 青632-3
●哲学とその方法について
哲学するために最初に求められる二つの要件は、第一に、心にかかるいかな
る問いをも率直に問い出す勇気をもつことである。そして第二は、自明の理
と思われるすべてのことを、あらためてはっきりと意識し、そうすることに
よってそれを問題としてつかみ直すということである。本格的に哲学するた
めには、精神が本当の閑暇をもっていなくてはならない。 11頁
●知性について
おなじ物を長く見つめていると、眼が痛くなって、もう何も見えなくなる。
それと同じように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、それにつ
いてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。 88頁
知性の理解力は、外延量ではなくて、内包量である。だから、この点におい
ては、一人の人が平気で一万人に対抗することができるし、幾千人の愚物を
集めても、ただひとりの賢者に及ばないのである。 110頁
世界にぎっしり詰まっている厄介なぼんくら頭たちに何が本当にかけている
かというと、それは二つのよく似通った能力で、すなわち判断力と、自分の
思想をもつ能力である。 110頁
人間は、何かあるものを崇拝したがるものである。ただ、彼らの崇拝は、た
いていお門違いのところで立ちどまっていて、やがて後世の人々がその間違
いを直すまで、そこに停滞しつづける。 146頁
『自省録』 マルクス・アウレーリウス著 神谷美恵子訳
岩波文庫 青610-1
何かをするときいやいやながらするな、利己的な気持ちからするな、無思慮
にするな、心にさからってするな。君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。
34頁
すべて心をみだすような考えや親しみのうすい考えを追い払って抹殺し、た
だちに心の平安にはいるのはなんとたやすいことであろう。 63頁
もっともよい復讐の方法は自分までも同じような行為をしないことだ。
82頁
他人のいうことに注意する習慣をつけよ。そして出来るかぎりその人の魂の
中に入りこむようにせよ。 99頁
会話に際しては人のいうことに注意していなくてはならない。またあらゆる
行動に際しては、その結果生じてくることに注意していなくてはならない。
後者においてはそれがどんな目的に関連しているかを最初から見抜くこと、
前者においては、その意味がなんであるかと注意すること。 102頁
顔に怒りの色のあらわれているのは、ひどく自然に反することで、それがし
ばしば見られるときには、美は死んで行き、ついには全く再燃も不可能なほ
どに消滅してしまう。 107頁
想像力を抹殺せよ。人形のように糸にあやつられるな。時を現在にかぎれ。
君、または他人に起こっている事柄を認識せよ。君の眼前にあるものを原因
と素材とに区別し分析せよ。最期の時を考えよ。人が過ちを犯したら、その
過ちは、これを犯した人のもとに留めておくがよい。 109頁
すべて君の見ているものはまもなく消滅してしまい、その消滅すところを見
ている人間自身もまもなく消滅してしまう。 155頁
哲学するには、君の存在あるがままの生活状態ほど適しているものはほかに
ないのだ。このことがなんとはっきり思い知られることか。 184頁
主観を外に放り出せ。そうすれば君は助かる。誰が放り出すのを妨げるのだ。
207頁
『人生の短さについて』他二篇 セネカ著 茂手木元蔵訳
岩波文庫 青607-1
●人生の短さについて
人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことも
完成できるほど豊富に与えられている。 9頁~10頁
何ゆえにわれわれは自然に対して不平を言うのか。自然は好意をもって振舞
ってくれている。人生は使い方を知れば長い。だが世の中には飽くことを知
らない貧欲に捕らわれている者もいれば、無駄な努力をしながら厄介な骨折
り仕事に捕らわれている者もある。 10頁
自分自身のために暇をもてない人間が、他人の横柄さをあえて不満とする資
格があろうか。 13頁
かつて光り輝いた天才のすべては、この一つの主題(人生)について意見を
同じくしている。 13頁
多忙な人間には何ごとも十分に成し遂げることは不可能である。 22頁
生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。多くの大偉人は一切の邪魔物を退
け、財産も公職も快楽も捨てたうえ、ただ、いかに生きるかを知ろうとする。
22頁
●幸福な人生について
幸福な人生とは、公正で確実な判断に基づく安定した不変の生活である。そ
のときには、心は全く澄みわたり、あらゆる悪からも開放され、深手はおろ
か、かすり傷さえも免れるであろうし、また自己の立場に常に立ち、たとえ
運命が怒って攻撃しようとも、自己の座を固守するであろう。
130頁~131頁
『孤独な散歩者の夢想』 ルソー著 今野一雄訳
岩波文庫 青623-1
魂が十分に強固な地盤をみいだして、そこにすっかり安住し、そこに自らの
全存在を集中して、過去を呼び起こす必要もなく未来を思いわずらう必要も
ないような状態、時間は魂にとってなんの意義ももたないような状態、いつ
までも現在がつづき、しかもその持続を感じさせず、継起のあとかたもなく、
欠乏や享有の、快楽や苦痛の、願望や恐怖のいかなる感情もなく、ただわた
したちが現存するという感情だけあって、この感情だけで魂の全体を満たす
ことができる、こういう状態があるとすれば、この状態が続くかぎり、そこ
にある人は幸福な人と呼ぶことができよう。 87頁~88頁
見ることは、考えることである
考えることは、構想することである(構築) セザンヌ
『ゲーテとの対話』 エッカーマン 著 山下 肇 訳
岩波文庫 32-409-1 上
文字とは何か?(言葉とは何か)
価値ありと、あるいは珍しいとおもったら何らかの体験をかならず文字で書
き写してみて自分のものにせずには気がすまない。 11頁
絵の場合とは話が別だよ。詩はね、同じ言葉というものでできている以上、
また言葉を一つ附けたせば、他の言葉が死んでしまうのだ。 85頁
ほんとうに他人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけな
い。間違ったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行うようにす
ればいい。大事なのは、破壊することではなくて、人間が純粋な喜びを覚え
るようなものを建設することだからだ。 187頁
『弁論家について』 キケロー著 大西英文訳
岩波文庫 下
すると、ユーリウスが言った、
「どうだろう、私が気の利いた言辞の学術など何もないと言うアントーニウ
スの意見に同感だとすれば。」 こう言われてスルピキウスが黙り込んでし
まうと、クラックスが言った、
「まるで、アントーニウスが今まで長々と語ってきた事柄そのものには何か
の学術があるみたいだね。しかし、それは、本人も言ったように、弁論で有
効なさまざまな事柄のある種の実践的規則にすぎないのだよ。それが雄弁家
を創り出せるというのなら、雄弁家でない人など、どこにいるだろう。とい
うのも、そうした実践的規則を、あるいは容易に、あるいは何らかの方法で
修得できない人など一人もいないだろうからだ。しかし、思うに、そうした
規則に含まれている意義とか有益性といったものはじつはこういう点にある
のではないか、つまり、われわれは学術に導かれて何を語るべきかを発見す
るに至るということではなく、われわれが天性によって達成するもの、研鑽
によって達成するもの、実践によって達成するものが正しいものであるとわ
れわれが確信したり、間違ったものであると理解したりするのは、それと比
較して、判断ができる基準が何であるかをわれわれが学んだときに初めて可
能となる。
キケロー著『弁論家について』岩波文庫 下巻 10ページ
ウィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』岩波文庫 序文
「およそ語られうることは明晰に語られうる。
そして、論じえないことについては、人は沈黙せねばならない」
我が思索空間(コテージ)
2006年08月16日
コミュニケーション力
最近では、メーリングリストなど、ネットワーク上で議論するケースが多く
なった(オンライン会議)。顔を見合わせたリアルな会議(オフライン会議)
は、時間や場所の調整など非常に苦労するが、オンライン会議では、時間や
場所に関係なく、誰とでも議論することが可能である。
しかし、オフライン会議であっても、オンライン会議であっても、会議を成
功させる為には、やはりそこに参加しているメンバーの「コミュニケーショ
ン力(対話力)」が重要である。コミュニケーション力が無ければ、便利な
オンライン会議も、場合によっては無駄話の宝庫となってしまうか、何も議
論されずに終わってしまう。やはり重要なことは、議論の目的・方向性を共
有することと(意識)、相手の考え、相手の心を読み解く能力(聞く耳)、
そして的確な言葉で自分自身の考えを示す能力(思考=論理の構成能力)が
必要である。
いくらネットワーク環境が整備されて便利な時代になったとは言っても、こ
のコミュニケーション力を高めなければ地域の課題は解決しない。これから
如何に地域のコミュニケーション力を向上させるかが、地域活性化のポイン
トとなる。オンラインとオフライン(交流会)の併用も有効な手段である。
話しは変わるが、一般にICT(情報通信技術)を活用したコミュニケーシ
ョンでは感情(心)を伝えることが難しいと言われる。しかし、私はそうは
思わない。文字列と文字列の間に感情を読みとることができるし、画像や音
声など、色々なメディアが使える現在では、新たな表現力も可能である。
オンラインでコミュニケーションを進める上でも、やはり文脈を理解し、相
互の立場を理解して、的確な言葉を使い、自分の意志(意味)を正確に伝え
ることができなければ、議論は発展しない。議論を発展させる為には、コミ
ュニケーション力を如何にレベルアップさせるかが重要となる。
聞く耳をもつ(見る目をもつ)
哲学的な話で恐縮だが、マルクス・アウレーリウスの『自省録』(神谷美恵
子訳・岩波文庫)という本の中に、次のようなことが書かれている。「会話
に際しては人のいうことに注意していなくてはならない。またあらゆる行動
に際しては、その結果生じてくることに注意していなくてはならない。後者
においてはそれがどんな目的に関連しているかを最初から見抜くこと、前者
においては、その意味がなんであるかと注意すること」と。
このように、会話の中の真の意味を読み解く能力がコミュニケーション力の
基本である。要は、じっくりと意味を考えることである。電子メールやメー
リングリストでの会話など、便利性はあっても、便利な中にもじっくりと時
間をかけて考える、相手の心を読み解く(理解する)作業が重要である。
また、ピカソのキュービズムに影響を与えた画家セザンヌは次のように言っ
ている。「見ることは、考えることである。考えることは、構想することで
ある(構築)」と。
物事を、ただ単純に眺めるのではなく、色々と吟味しながら考えてみる。
想いをめぐらしてみる。自然の風景や町並みを見る場合もそうである。
そうした中で、自分自身の考えを作りあげていく。見て(聞いて)、考え(
構想し)て、自分の中で考えを作りあげる(構築)。
この作業過程があってこそ、真の見る目を養うことができるのである。
「見て、考えて、構築する」、この循環は個人の能力を高めるには非常に重
要な作業である。
この能力を、個人だけではなく地域レベルで高めていくことができれば、地
域は輝きだし、自ら動きだす(自立する)と私は考えている。
いま地域に求められているのは、地域での対話力・コミュニケーション力を
如何に高めるかである。如何にして「知」のネットワークを形成していくか
が求められているのである。
目には眼帯、耳をふさいで、「あっかんべー」
なった(オンライン会議)。顔を見合わせたリアルな会議(オフライン会議)
は、時間や場所の調整など非常に苦労するが、オンライン会議では、時間や
場所に関係なく、誰とでも議論することが可能である。
しかし、オフライン会議であっても、オンライン会議であっても、会議を成
功させる為には、やはりそこに参加しているメンバーの「コミュニケーショ
ン力(対話力)」が重要である。コミュニケーション力が無ければ、便利な
オンライン会議も、場合によっては無駄話の宝庫となってしまうか、何も議
論されずに終わってしまう。やはり重要なことは、議論の目的・方向性を共
有することと(意識)、相手の考え、相手の心を読み解く能力(聞く耳)、
そして的確な言葉で自分自身の考えを示す能力(思考=論理の構成能力)が
必要である。
いくらネットワーク環境が整備されて便利な時代になったとは言っても、こ
のコミュニケーション力を高めなければ地域の課題は解決しない。これから
如何に地域のコミュニケーション力を向上させるかが、地域活性化のポイン
トとなる。オンラインとオフライン(交流会)の併用も有効な手段である。
話しは変わるが、一般にICT(情報通信技術)を活用したコミュニケーシ
ョンでは感情(心)を伝えることが難しいと言われる。しかし、私はそうは
思わない。文字列と文字列の間に感情を読みとることができるし、画像や音
声など、色々なメディアが使える現在では、新たな表現力も可能である。
オンラインでコミュニケーションを進める上でも、やはり文脈を理解し、相
互の立場を理解して、的確な言葉を使い、自分の意志(意味)を正確に伝え
ることができなければ、議論は発展しない。議論を発展させる為には、コミ
ュニケーション力を如何にレベルアップさせるかが重要となる。
聞く耳をもつ(見る目をもつ)
哲学的な話で恐縮だが、マルクス・アウレーリウスの『自省録』(神谷美恵
子訳・岩波文庫)という本の中に、次のようなことが書かれている。「会話
に際しては人のいうことに注意していなくてはならない。またあらゆる行動
に際しては、その結果生じてくることに注意していなくてはならない。後者
においてはそれがどんな目的に関連しているかを最初から見抜くこと、前者
においては、その意味がなんであるかと注意すること」と。
このように、会話の中の真の意味を読み解く能力がコミュニケーション力の
基本である。要は、じっくりと意味を考えることである。電子メールやメー
リングリストでの会話など、便利性はあっても、便利な中にもじっくりと時
間をかけて考える、相手の心を読み解く(理解する)作業が重要である。
また、ピカソのキュービズムに影響を与えた画家セザンヌは次のように言っ
ている。「見ることは、考えることである。考えることは、構想することで
ある(構築)」と。
物事を、ただ単純に眺めるのではなく、色々と吟味しながら考えてみる。
想いをめぐらしてみる。自然の風景や町並みを見る場合もそうである。
そうした中で、自分自身の考えを作りあげていく。見て(聞いて)、考え(
構想し)て、自分の中で考えを作りあげる(構築)。
この作業過程があってこそ、真の見る目を養うことができるのである。
「見て、考えて、構築する」、この循環は個人の能力を高めるには非常に重
要な作業である。
この能力を、個人だけではなく地域レベルで高めていくことができれば、地
域は輝きだし、自ら動きだす(自立する)と私は考えている。
いま地域に求められているのは、地域での対話力・コミュニケーション力を
如何に高めるかである。如何にして「知」のネットワークを形成していくか
が求められているのである。
目には眼帯、耳をふさいで、「あっかんべー」
2006年08月16日
南イタリアから学ぶ地域づくり
旅することは考えること!
はじめに
いま、人々の価値観が大きく変わろうとしている。産業や技術の発展など経
済的な豊かさから、精神的な意味も含めた生活の豊かさ(生活の質)へと変
化してきている。こらから時代、地域のブランド化を考える上で、「暮らし」
・「文化」は大きなキーワードとなる。
他者の目
「旅することは考えること」である。時間のゆるすかぎり、色々なものを自
分自身の感性で感じ取る。そして考える。南予には、「旅行」ではなく「旅」
が似合っている。「滞在型の旅」、考える空間である。地域の良さは、旅人
(他者)の目を通してみないと分からないものがある。そこに住んでいる人
々も、色々な地域を旅してみてはじめて、自らの地域を理解(評価)できる
のかもしれない。ブランドを考える場合も、他者の目は非常に重要である。
他者の目を増やすためにも、是非、南予との交流人口(国際交流)を増やし
たいと考えている。その仕組みづくりが、地域の活性化、ブランド化には重
要であると考えている。
南イタリアから学ぶ
比較し学ぶには、まず気候や風土、景観の似かよった地域が一番である。
南イタリアは、大地に石灰岩がゴロゴロころがっている。人々は長い年月を
かけて、畑の中から石灰岩をひろい出し、自分自身の土地を囲うように石垣
を築いている。この風景は、ちょうど南予のミカン畑に築かれた石垣のよう
である。南予と違い、そこに植えられているのはオリーブとブドウ、そして
トマトである。オリーブは、古木になればなるほどオイルの品質がよくなる
と言われる。そういう意味では、新たな農産物を作りあげるには長い年月が
必要である。しかし、こらからの気候変化や環境の変化を考えると、新たな
農産物を模索することも重要ではないかと考える。
■アルベロベッロ
南イタリアは、歴史の重なりや生活文化に裏打ちされた都市が面白い。歴史
的な建物をうまく修復・再生し、暮らしを見せることで町自体をブランド化
している。アルベロベッロは、この地方独特のとんがり屋根の白い家(トゥ
ルッリ)が建ち並ぶ町として有名である。可愛らしい「おとぎの国」をイメ
ージさせる家々が立ち並び、なだらかな斜面いっぱいに広がっている。まる
でキノコの群生のようである。風景は、どこか内子の町並と似ている。アル
ベロベッロは、世界遺産にも登録されている。
■カプリ島
ナポリの南、ナポリの町からも見える距離にある小さな島。紺碧の海と島の
斜面に点在する白い家(別荘)、一年中咲き乱れる花々、そして「青の洞窟」
で有名な島である。船着き場から島の頂上まで、絶壁にへばりついた小さな
道をオープンカーで一気に登ると、そこには別世界の町がある。この島は、
ローマ時代から別荘地として栄えた島で、サンダルや家具(木工細工)など
の手工品が沢山製造販売されている。また、山頂には多くのブランド店が建
ち並んでいる。カプリ島はレモンのお酒、レモンチェロでも有名である。
お酒をブランド化する上で、容器(瓶)のデザインなども素晴らしい。また、
青の洞窟は、紺碧の海と、洞窟の中に差し込んでくる光が、海水と石灰岩の
白に反射して素晴らしいブルーを作り出している。色彩というのもブランド
化には重要な要素である。海の青さや夕焼けもそうかもしれない。
南予にも素晴らしい色彩が沢山ある。
南イタリアの食文化
暮らしを楽しむのに一番重要な要素は食事(食材)である。南イタリアを旅
して感じるのは、各地域に独特の形状をしたパスタがあることである。マカ
ロニタイプのものから、貝殻タイプ、耳たぶ、餃子の小さいような形まで、
色々な形状のパスタが存在する。同じ食材でも、色々な形状を考えることで、
新たな面白みがでるのではないかと思う。そういう意味で、バラエティーに
富んだ食材、料理は重要である。
新しい町づくり
日本の集落は平地(河川の近くや海岸線など)にあるのが一般的であるが、
ヨーロッパの集落は山頂などに多い。南予には宇和海という素晴らしい景観
がある。この景観を最大限に活かすには、ある程度高い位置から眺める三次
元的な視点が必要ではないかと思う。この意味で、カプリ島山頂の風景は非
常に参考になる。出来れば、宇和海という素晴らしい景観を活かした町づく
り(ニュータウン)を、少し高い場所(山の中腹や山頂)でおこなうのも面
白いのではないかと思う。
最後に
地域をブランド化していくには、地域が一枚岩にならなくてはならない。
地域に暮らしている人々が一体にならなくてはならない。
地域の情報をみんなが共有し、自ら語れる地域にしていかなければならない。
南予が素晴らしい地域になることを願っているし、応援していきたいと考え
ている。
青の洞窟(カプリ島・イタリア)
はじめに
いま、人々の価値観が大きく変わろうとしている。産業や技術の発展など経
済的な豊かさから、精神的な意味も含めた生活の豊かさ(生活の質)へと変
化してきている。こらから時代、地域のブランド化を考える上で、「暮らし」
・「文化」は大きなキーワードとなる。
他者の目
「旅することは考えること」である。時間のゆるすかぎり、色々なものを自
分自身の感性で感じ取る。そして考える。南予には、「旅行」ではなく「旅」
が似合っている。「滞在型の旅」、考える空間である。地域の良さは、旅人
(他者)の目を通してみないと分からないものがある。そこに住んでいる人
々も、色々な地域を旅してみてはじめて、自らの地域を理解(評価)できる
のかもしれない。ブランドを考える場合も、他者の目は非常に重要である。
他者の目を増やすためにも、是非、南予との交流人口(国際交流)を増やし
たいと考えている。その仕組みづくりが、地域の活性化、ブランド化には重
要であると考えている。
南イタリアから学ぶ
比較し学ぶには、まず気候や風土、景観の似かよった地域が一番である。
南イタリアは、大地に石灰岩がゴロゴロころがっている。人々は長い年月を
かけて、畑の中から石灰岩をひろい出し、自分自身の土地を囲うように石垣
を築いている。この風景は、ちょうど南予のミカン畑に築かれた石垣のよう
である。南予と違い、そこに植えられているのはオリーブとブドウ、そして
トマトである。オリーブは、古木になればなるほどオイルの品質がよくなる
と言われる。そういう意味では、新たな農産物を作りあげるには長い年月が
必要である。しかし、こらからの気候変化や環境の変化を考えると、新たな
農産物を模索することも重要ではないかと考える。
■アルベロベッロ
南イタリアは、歴史の重なりや生活文化に裏打ちされた都市が面白い。歴史
的な建物をうまく修復・再生し、暮らしを見せることで町自体をブランド化
している。アルベロベッロは、この地方独特のとんがり屋根の白い家(トゥ
ルッリ)が建ち並ぶ町として有名である。可愛らしい「おとぎの国」をイメ
ージさせる家々が立ち並び、なだらかな斜面いっぱいに広がっている。まる
でキノコの群生のようである。風景は、どこか内子の町並と似ている。アル
ベロベッロは、世界遺産にも登録されている。
■カプリ島
ナポリの南、ナポリの町からも見える距離にある小さな島。紺碧の海と島の
斜面に点在する白い家(別荘)、一年中咲き乱れる花々、そして「青の洞窟」
で有名な島である。船着き場から島の頂上まで、絶壁にへばりついた小さな
道をオープンカーで一気に登ると、そこには別世界の町がある。この島は、
ローマ時代から別荘地として栄えた島で、サンダルや家具(木工細工)など
の手工品が沢山製造販売されている。また、山頂には多くのブランド店が建
ち並んでいる。カプリ島はレモンのお酒、レモンチェロでも有名である。
お酒をブランド化する上で、容器(瓶)のデザインなども素晴らしい。また、
青の洞窟は、紺碧の海と、洞窟の中に差し込んでくる光が、海水と石灰岩の
白に反射して素晴らしいブルーを作り出している。色彩というのもブランド
化には重要な要素である。海の青さや夕焼けもそうかもしれない。
南予にも素晴らしい色彩が沢山ある。
南イタリアの食文化
暮らしを楽しむのに一番重要な要素は食事(食材)である。南イタリアを旅
して感じるのは、各地域に独特の形状をしたパスタがあることである。マカ
ロニタイプのものから、貝殻タイプ、耳たぶ、餃子の小さいような形まで、
色々な形状のパスタが存在する。同じ食材でも、色々な形状を考えることで、
新たな面白みがでるのではないかと思う。そういう意味で、バラエティーに
富んだ食材、料理は重要である。
新しい町づくり
日本の集落は平地(河川の近くや海岸線など)にあるのが一般的であるが、
ヨーロッパの集落は山頂などに多い。南予には宇和海という素晴らしい景観
がある。この景観を最大限に活かすには、ある程度高い位置から眺める三次
元的な視点が必要ではないかと思う。この意味で、カプリ島山頂の風景は非
常に参考になる。出来れば、宇和海という素晴らしい景観を活かした町づく
り(ニュータウン)を、少し高い場所(山の中腹や山頂)でおこなうのも面
白いのではないかと思う。
最後に
地域をブランド化していくには、地域が一枚岩にならなくてはならない。
地域に暮らしている人々が一体にならなくてはならない。
地域の情報をみんなが共有し、自ら語れる地域にしていかなければならない。
南予が素晴らしい地域になることを願っているし、応援していきたいと考え
ている。
青の洞窟(カプリ島・イタリア)
2006年08月16日
理にかなう(自然から学ぶ)
「ものごと」には道理があります。
理にかなうことが、無理がないことです。
「無理をしないで下さいね」とは、「理にかなわない=理ではない=ことを
しないで下さいね」、ということで、何もしないということではありません。
理にかなった行動をしていると、無理がないですね。
サーミのコーヒー
サーミ(ラップランドの原住民(げんじゅうみん))の人々は、トナカイを追
って原野で野宿をする時などにコーヒーを沸(わ)かします。
モミの木(マキ)に火を付けて、その上に長い白樺(しらかば)の枝(腕の太
さ程度)の先に「やかん」をつるしてお湯を沸かします。「やかん」は日本
の「やかん」と違い、平べったい鍋(なべ)に口と蓋(ふた)を取り付けたよう
な「やかん」です。火に当たる面積を広くして早くお湯が沸くように工夫(
くふう)されています。
白樺の枝を使うには理由があります。皮のついた白樺は燃えにくいからです
(生活の知恵(ちえ))。お湯が沸くと、右手にコーヒーの粉の入った袋を持
ち、左手の手のひらにコーヒーの粉を山盛りにして、人数分だけ「やかん」
に入れます。 その時に歌う歌があります。多分、一杯、二杯と数えて
いる、「数え歌」だと思います。そして、コーヒーの粉の入った「やかん」
を再び火にかけます。「やかん」は沸騰(ふっとう)して口からコーヒーが溢
(あふ)れます。そうしたら、「やかん」を火から下ろします。この時に、コ
ーヒーをマイカップに入れようとすると叱(しか)られます。
「待て!」・・・ しばらくするとコーヒーの粉はやかんの下に沈みます。
コーヒーをカップに注ぐ前に、「やかん」の蓋を棒の先で二度、コンコンと
叩(たた)きます(儀式(ぎしき)ですね)。「もういいかい・・」。やっとコ
ーヒーをカップに注ぎます。それも注意して、うわずみだけ入れるように、
細心(さいしん)の注意で注ぎます。最初に入れたカップには、「やかん」の
口に入っていたコーヒーの粉がいっぱい入ります。
こうして飲むコーヒー、最高です。なんとも言えない幸せを感じます。
でも、カップの底には、それでも一センチ程のコーヒーの粉が残っています。
やはり、全ての作業には儀式のようなものがあり、それが理にかなっている
のです。マキに火を付けるにも素晴らしい方法があります。マキの「真ん中」
をナイフで裂(さ)いて、その部分を重ね、マッチで火を付けます。日本人で
は気が付かないと思います。
こうして自然を楽しみ、自然と共存(きょうぞん)して生きる、何もない世界
ですが、本当の幸せを感じます。
オーロラも揺(ゆ)れていました。
理にかなうことが、無理がないことです。
「無理をしないで下さいね」とは、「理にかなわない=理ではない=ことを
しないで下さいね」、ということで、何もしないということではありません。
理にかなった行動をしていると、無理がないですね。
サーミのコーヒー
サーミ(ラップランドの原住民(げんじゅうみん))の人々は、トナカイを追
って原野で野宿をする時などにコーヒーを沸(わ)かします。
モミの木(マキ)に火を付けて、その上に長い白樺(しらかば)の枝(腕の太
さ程度)の先に「やかん」をつるしてお湯を沸かします。「やかん」は日本
の「やかん」と違い、平べったい鍋(なべ)に口と蓋(ふた)を取り付けたよう
な「やかん」です。火に当たる面積を広くして早くお湯が沸くように工夫(
くふう)されています。
白樺の枝を使うには理由があります。皮のついた白樺は燃えにくいからです
(生活の知恵(ちえ))。お湯が沸くと、右手にコーヒーの粉の入った袋を持
ち、左手の手のひらにコーヒーの粉を山盛りにして、人数分だけ「やかん」
に入れます。 その時に歌う歌があります。多分、一杯、二杯と数えて
いる、「数え歌」だと思います。そして、コーヒーの粉の入った「やかん」
を再び火にかけます。「やかん」は沸騰(ふっとう)して口からコーヒーが溢
(あふ)れます。そうしたら、「やかん」を火から下ろします。この時に、コ
ーヒーをマイカップに入れようとすると叱(しか)られます。
「待て!」・・・ しばらくするとコーヒーの粉はやかんの下に沈みます。
コーヒーをカップに注ぐ前に、「やかん」の蓋を棒の先で二度、コンコンと
叩(たた)きます(儀式(ぎしき)ですね)。「もういいかい・・」。やっとコ
ーヒーをカップに注ぎます。それも注意して、うわずみだけ入れるように、
細心(さいしん)の注意で注ぎます。最初に入れたカップには、「やかん」の
口に入っていたコーヒーの粉がいっぱい入ります。
こうして飲むコーヒー、最高です。なんとも言えない幸せを感じます。
でも、カップの底には、それでも一センチ程のコーヒーの粉が残っています。
やはり、全ての作業には儀式のようなものがあり、それが理にかなっている
のです。マキに火を付けるにも素晴らしい方法があります。マキの「真ん中」
をナイフで裂(さ)いて、その部分を重ね、マッチで火を付けます。日本人で
は気が付かないと思います。
こうして自然を楽しみ、自然と共存(きょうぞん)して生きる、何もない世界
ですが、本当の幸せを感じます。
オーロラも揺(ゆ)れていました。
2006年08月15日
「動」と「静」、土佐
もう6年も前のことであるが、6月3日(本能寺の変の翌日)、生まれて初
めて近江の坂本を訪れた。日吉大社に立ち寄り、大社の受け付けで教えてい
ただいた道をたどり西教寺を訪問した。
日吉大社(東本宮)から西教寺に向かう途中、のどかな田園風景の中、道ば
たに石地蔵(千体地蔵)があった。ベンチに腰をかけて、眼下に広がる琵琶
湖を眺めていると、多分、光秀もこの道を通り、ここで琵琶湖を眺めたので
はないかと、ふと感じた。
私が住む高知県南国市領石は、坂本龍馬の先祖が住んでいた才谷とは目と鼻
の先の距離である。我が家から少し西には、長曽我部元親の居城・岡豊城跡
がある。また、2キロメートルほど奥には亀岩というところがあり、昔ここ
には坂本城もあった。坂本龍馬の先祖も同じ一族で、今も坂本神社がある。
小さな神社ではあるが。土佐と近江の坂本との関係は、今を遡ること440
年ほど前、長曽我部元親の奥方として、明智光秀の重臣斉藤内蔵助利三の妹、
菜菜さんが土佐に嫁いできた時からである。仲人は、明智光秀だったそうで
ある。
利三の娘はお福さんと云い、後の春日局である。本能寺の変のあと、お福さ
んは叔母の菜菜さんをたよって土佐に逃げ落ちている。そして8年間、土佐
の地で過ごしている。岡豊城と亀岩の間には参勤交代の道があり、今も我が
家の下には当時のままの道が少しだけであるが残っている。お福さんも、多
分この道を通って、神祭の時などには亀岩まで出かけていったのではないか
と思う。亀岩は、近江の坂本との関係で、当時土佐に来た人々が住み着いた
のではないかと考えている。今も、亀岩に住んでいる人々の姓は殆どが坂本
である。
いつの世も「動」と「静」がある。「動」だけ見ていては本当のことが見え
ない。本当の「動」は「静」の中に秘められたパワーが重要ではないかと感
じるが、光秀も同じことを考えていたのではないかと、ふと考えている。
今は、「功名が辻」が放送されているが、。。
めて近江の坂本を訪れた。日吉大社に立ち寄り、大社の受け付けで教えてい
ただいた道をたどり西教寺を訪問した。
日吉大社(東本宮)から西教寺に向かう途中、のどかな田園風景の中、道ば
たに石地蔵(千体地蔵)があった。ベンチに腰をかけて、眼下に広がる琵琶
湖を眺めていると、多分、光秀もこの道を通り、ここで琵琶湖を眺めたので
はないかと、ふと感じた。
私が住む高知県南国市領石は、坂本龍馬の先祖が住んでいた才谷とは目と鼻
の先の距離である。我が家から少し西には、長曽我部元親の居城・岡豊城跡
がある。また、2キロメートルほど奥には亀岩というところがあり、昔ここ
には坂本城もあった。坂本龍馬の先祖も同じ一族で、今も坂本神社がある。
小さな神社ではあるが。土佐と近江の坂本との関係は、今を遡ること440
年ほど前、長曽我部元親の奥方として、明智光秀の重臣斉藤内蔵助利三の妹、
菜菜さんが土佐に嫁いできた時からである。仲人は、明智光秀だったそうで
ある。
利三の娘はお福さんと云い、後の春日局である。本能寺の変のあと、お福さ
んは叔母の菜菜さんをたよって土佐に逃げ落ちている。そして8年間、土佐
の地で過ごしている。岡豊城と亀岩の間には参勤交代の道があり、今も我が
家の下には当時のままの道が少しだけであるが残っている。お福さんも、多
分この道を通って、神祭の時などには亀岩まで出かけていったのではないか
と思う。亀岩は、近江の坂本との関係で、当時土佐に来た人々が住み着いた
のではないかと考えている。今も、亀岩に住んでいる人々の姓は殆どが坂本
である。
いつの世も「動」と「静」がある。「動」だけ見ていては本当のことが見え
ない。本当の「動」は「静」の中に秘められたパワーが重要ではないかと感
じるが、光秀も同じことを考えていたのではないかと、ふと考えている。
今は、「功名が辻」が放送されているが、。。
2006年08月14日
高知の観光スポット
スローライフ、スローフードが見直される中、最近では観光も通過型の観光
から滞在型の観光にシフトしています。高知県は、四国の中でも特に海から
山までの自然が豊で四季それぞれ色々な表情をみせてくれます。
今回は、その中でも特に、高知の自然を十二分に満喫できる観光スポット、
仁淀川町の「ゆの森」「しのなの郷」「吾川スカイパーク」をご紹介させて
いただきます。
仁淀川町は、高知から松山に向かう国道33号線の沿線上にあります。
高知からも、松山からも1時間半(65km)のところにありますが、仁淀川町は、
山間部(四国のど真ん中)にありながらADSLの高速回線が使えると同時に、
山村自然楽校「しもなの郷」(しもなのさと)では無線LANのフリースポ
ットも準備されています。長期滞在には最適です。
また、秋には素晴らしい紅葉と渓谷美で有名な中津渓谷の入り口には、全国
的にも非常に有名な宿泊施設である「中津渓谷 ゆの森」があります。
ここは、土日や休日の予約はいつも満杯の状況にありますが、とにかくロッ
ジ風の宿舎に泊まって、のんびりと川のせせらぎを聞きながら、露天風呂の
温泉に入ると、日頃の疲れや雑踏を忘れリフレッシュすると思います。
そして、山の中で味わえる素晴らしい料理(地産地消)も非常に人気があり、
毎日限定のランチも最高です。
「中津渓谷 ゆの森」を少し奥に入ると、旧下名野川小学校を改造した宿泊
施設「しもなの郷」があります。ここでは特に、山菜の天麩羅や、アメゴの
塩焼き、そして地元の食材をつかった料理を楽しみながら、満天の星空を眺
めてみては如何でしょう。是非、連泊することをお勧めします。
1泊2食付きで5千円ちょっとですので、最高です。
さらに名野川を奥に行くと、明神山の麓、吾川スカイパークに出ます。ここ
のロッジも長期滞在が可能です(1泊大人3,150円)。秋には、神楽も行われ
ています。また、パラグライダーの基地にもなっており、講習も行っていま
す。
仁淀川町の観光・行事・史跡情報
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/
中津渓谷 ゆの森
〒781-1741 高知県吾川郡仁淀川町名野川258-1
TEL 0889-36-0680
http://homepage3.nifty.com/yunomori/
山村自然楽校「しもなの郷」(しもなのさと)
(旧下名野川小学校を改造した宿泊施設)
〒781-1762高知県吾川郡吾川村下名野川619番地
TEL 0889-36-0005
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/nagameru04.php#02
これからの地域づくりは、「はこもの」ではなく、冬ソナではないですが、
「心に中」に作るものだと思います。
是非、土佐にもお越し下さい。
から滞在型の観光にシフトしています。高知県は、四国の中でも特に海から
山までの自然が豊で四季それぞれ色々な表情をみせてくれます。
今回は、その中でも特に、高知の自然を十二分に満喫できる観光スポット、
仁淀川町の「ゆの森」「しのなの郷」「吾川スカイパーク」をご紹介させて
いただきます。
仁淀川町は、高知から松山に向かう国道33号線の沿線上にあります。
高知からも、松山からも1時間半(65km)のところにありますが、仁淀川町は、
山間部(四国のど真ん中)にありながらADSLの高速回線が使えると同時に、
山村自然楽校「しもなの郷」(しもなのさと)では無線LANのフリースポ
ットも準備されています。長期滞在には最適です。
また、秋には素晴らしい紅葉と渓谷美で有名な中津渓谷の入り口には、全国
的にも非常に有名な宿泊施設である「中津渓谷 ゆの森」があります。
ここは、土日や休日の予約はいつも満杯の状況にありますが、とにかくロッ
ジ風の宿舎に泊まって、のんびりと川のせせらぎを聞きながら、露天風呂の
温泉に入ると、日頃の疲れや雑踏を忘れリフレッシュすると思います。
そして、山の中で味わえる素晴らしい料理(地産地消)も非常に人気があり、
毎日限定のランチも最高です。
「中津渓谷 ゆの森」を少し奥に入ると、旧下名野川小学校を改造した宿泊
施設「しもなの郷」があります。ここでは特に、山菜の天麩羅や、アメゴの
塩焼き、そして地元の食材をつかった料理を楽しみながら、満天の星空を眺
めてみては如何でしょう。是非、連泊することをお勧めします。
1泊2食付きで5千円ちょっとですので、最高です。
さらに名野川を奥に行くと、明神山の麓、吾川スカイパークに出ます。ここ
のロッジも長期滞在が可能です(1泊大人3,150円)。秋には、神楽も行われ
ています。また、パラグライダーの基地にもなっており、講習も行っていま
す。
仁淀川町の観光・行事・史跡情報
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/
中津渓谷 ゆの森
〒781-1741 高知県吾川郡仁淀川町名野川258-1
TEL 0889-36-0680
http://homepage3.nifty.com/yunomori/
山村自然楽校「しもなの郷」(しもなのさと)
(旧下名野川小学校を改造した宿泊施設)
〒781-1762高知県吾川郡吾川村下名野川619番地
TEL 0889-36-0005
http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/kanko/nagameru04.php#02
これからの地域づくりは、「はこもの」ではなく、冬ソナではないですが、
「心に中」に作るものだと思います。
是非、土佐にもお越し下さい。
2006年08月14日
旅することは、考えること(北海道)
先日は、北海道の糠平温泉(上士幌町)で、「地域産業おこしに燃える人の
会」幹事会が行われまして、はるばる、北海道のど真ん中(帯広から大雪山
の方角=北に70Km程度のところ)に行ってきました。
25年ぶりの北海道、帯広は最高でした。
北緯が上がると、写真に撮った時の色彩も非常に綺麗になります。
また、午前4時前から朝が明けるのには感動しました(午前3時50分には、
夜が明けてきました)。高知とは1時間以上の違いがあります(夜明けが早
いと、得した気分)。しかし、北海道の色彩は本当に綺麗ですね。
帯広の居酒屋さんで、「ポイントカードをお作りします」と言われましたが
「前回は25年前に来ましたので、次回は25年後ですが、良いですか?」
と言ってしまいました。「また是非おこし下さい」とにこやかに言われ、こ
れまた感動!(結局、ポイントカードは作りませんでしたけど)。
そして、居酒屋にあったお酒、土佐のお酒(司牡丹)が筆頭にあったのにも
感動。そして、海産物の美味しいのにも感動、お蕎麦も最高(新得蕎麦)で
した。
こうして、いつもとは違う土地で感動すると、再度、リフレッシュというか
燃え出しますね。「旅することは、考えること。」ですね。
糠平(上士幌町)に行く前に、帯広のちょっと南にあります、幸福駅(今は
廃線で駅はないのですが)と、その南にあります、坂本直行記念館に立ち寄
りました。
坂本直行記念館は、かしわの木々の中にあり、まさに柏餅の葉っぱが一杯で、
北海道は、どこも木々の中に畑や家があり(暴風・防雪ですね)、夏は素晴
らしい環境だなと思いました、が、冬は風雪で大変でしょうね。木々の中に
ある、自然食品のレストランも最高でした。自然が「スパイス」になってい
ますね。森林の中で食べる食事は最高です。
でも、どうしてか無性に柏餅が食べたくなりました。 葉っぱの影響か!
坂本直行さんのように、大自然の中で考え、生活するのは、厳しいですが、
素晴らしいと思います。そろそろ脱世俗、自然にあこがれます(燃え尽き症
候群??)。
坂本直行さん
http://www.tanukikoji.or.jp/matsuyama/chokou/
中札内村役場
http://www.vill.nakasatsunai.hokkaido.jp/
上士幌町役場
http://www.kamishihoro.jp/
糠平温泉では、ペンション「森のふくろう」に泊まり、燃える人の仲間と一
緒にバーベキューをしながら、これからの地域づくりについて語り合いまし
た。(バーベキューのお世話をしてましたので、あまり会話には参加できな
かったのが残念ですが、北海道の食材とは対話しました。流石、あんたは
ホタテだ!!とか)
http://www5.ocn.ne.jp/~mfukurou/
ということで、8月から「地域産業おこしに燃える人の会」が組織化し、活
動を開始しました。これから一気にパワーアップしたいと思います。
会」幹事会が行われまして、はるばる、北海道のど真ん中(帯広から大雪山
の方角=北に70Km程度のところ)に行ってきました。
25年ぶりの北海道、帯広は最高でした。
北緯が上がると、写真に撮った時の色彩も非常に綺麗になります。
また、午前4時前から朝が明けるのには感動しました(午前3時50分には、
夜が明けてきました)。高知とは1時間以上の違いがあります(夜明けが早
いと、得した気分)。しかし、北海道の色彩は本当に綺麗ですね。
帯広の居酒屋さんで、「ポイントカードをお作りします」と言われましたが
「前回は25年前に来ましたので、次回は25年後ですが、良いですか?」
と言ってしまいました。「また是非おこし下さい」とにこやかに言われ、こ
れまた感動!(結局、ポイントカードは作りませんでしたけど)。
そして、居酒屋にあったお酒、土佐のお酒(司牡丹)が筆頭にあったのにも
感動。そして、海産物の美味しいのにも感動、お蕎麦も最高(新得蕎麦)で
した。
こうして、いつもとは違う土地で感動すると、再度、リフレッシュというか
燃え出しますね。「旅することは、考えること。」ですね。
糠平(上士幌町)に行く前に、帯広のちょっと南にあります、幸福駅(今は
廃線で駅はないのですが)と、その南にあります、坂本直行記念館に立ち寄
りました。
坂本直行記念館は、かしわの木々の中にあり、まさに柏餅の葉っぱが一杯で、
北海道は、どこも木々の中に畑や家があり(暴風・防雪ですね)、夏は素晴
らしい環境だなと思いました、が、冬は風雪で大変でしょうね。木々の中に
ある、自然食品のレストランも最高でした。自然が「スパイス」になってい
ますね。森林の中で食べる食事は最高です。
でも、どうしてか無性に柏餅が食べたくなりました。 葉っぱの影響か!
坂本直行さんのように、大自然の中で考え、生活するのは、厳しいですが、
素晴らしいと思います。そろそろ脱世俗、自然にあこがれます(燃え尽き症
候群??)。
坂本直行さん
http://www.tanukikoji.or.jp/matsuyama/chokou/
中札内村役場
http://www.vill.nakasatsunai.hokkaido.jp/
上士幌町役場
http://www.kamishihoro.jp/
糠平温泉では、ペンション「森のふくろう」に泊まり、燃える人の仲間と一
緒にバーベキューをしながら、これからの地域づくりについて語り合いまし
た。(バーベキューのお世話をしてましたので、あまり会話には参加できな
かったのが残念ですが、北海道の食材とは対話しました。流石、あんたは
ホタテだ!!とか)
http://www5.ocn.ne.jp/~mfukurou/
ということで、8月から「地域産業おこしに燃える人の会」が組織化し、活
動を開始しました。これから一気にパワーアップしたいと思います。
2006年08月13日
「燃える人の会」活動開始
「地域産業おこしに燃える人」に選定されて3年が経過した。この3年間、地域には少しずつ綺麗な色彩が広がり、輝きだしているのを感じる。地域の活力は、やはりそこに住んでいる人々の輝きである。今までは、地域づくりを国や自治体の政策にまかせ、依存していたが、これからは自らの力で地域をつくって行かなければならない。また、それが可能な時代である。
いつも「地域の自立とはなにか」と考えている。魅力ある地域をつくるためには、地域において如何に知的能力とコミュニケーション能力を高めるかが重要な課題である。現在は、情報化時代である。ICT(情報通信技術)の活用も重要であると同時に、如何に地域に「気」を送るか(デジタルだけではなくアナログでも)、地域で「気を育てる仕組み」が重要である。
この「燃える人の会」が、ICTを活用してネットワークし、日本の各地域の産業おこしやまちづくり、人づくりに寄与していくことができれば、これほど素晴らしいことはないと思う。
「地域産業おこしに燃える人の会」の活動、スタートである。
いつも「地域の自立とはなにか」と考えている。魅力ある地域をつくるためには、地域において如何に知的能力とコミュニケーション能力を高めるかが重要な課題である。現在は、情報化時代である。ICT(情報通信技術)の活用も重要であると同時に、如何に地域に「気」を送るか(デジタルだけではなくアナログでも)、地域で「気を育てる仕組み」が重要である。
この「燃える人の会」が、ICTを活用してネットワークし、日本の各地域の産業おこしやまちづくり、人づくりに寄与していくことができれば、これほど素晴らしいことはないと思う。
「地域産業おこしに燃える人の会」の活動、スタートである。



